第97話 文官さんいらっしゃい

チビが私の足元で、私の足の甲に頭を乗せて寝ています。おかげで動けません。 

ミズーリと姫さんが羨ましそうに、テーブルの下を覗いて、主従の寛ぎを眺めています。

そんなふうに、私達がのんびりとコーヒーブレイクを楽しんでいると、玄関の扉がノックされました。

姫さんが出迎えようと立ち上がりますが、ちょっと思い付いたので、手で制します。

手桶に水を汲み、姫さんの前に置きます。

「姫さん。桶に呼びかけてみて下さい。」

「え?は、はい。」

姫さんは桶を覗き込むと。

「どちら様ですか?」

玄関の外かはどよめきと、姫さんを呼ぶ悲鳴が聞こえます。

「あの、旦那様?何が起こっているんでしょうか。」

姫さんは顔にでっかい?を書いてます。


「姫さん。桶の中に何が見えますか?」

「へ?あれ、あれ。カピタンさんです。他にも数人の顔見知りの方が桶の中にいます。大変です旦那様。早く桶から出してあげないと。」

あちらからは、突然木の扉に姫さんの顔が浮かび出した訳で。姫さんが木に閉じ込められたとでも見えるのかな。

「落ち着きない姫さん。彼らの背後に何が見えますか?」

「え?あ?そ、外です。駐屯地の景色が見えます。旦那様?これなんなんですか?」

「私の国では防犯対策に使われていたインターフォンという技術です。これでやり取りをすれば来客者が誰なのか、家の中にいたまま確認できる訳です。」

「なるほど、暗殺防止にいいですね。」

暗殺者はあまり呼び鈴鳴らさないと思いますが。

「ではもう一つ。扉を自動で開けるので、必ず靴を脱いで入って来る様に伝えて下さい。」

「じ、じどお?」

姫さんの精神がそろそろ幼児退行化し始めたのでミズーリにフォローを任せて、万能さんと自動ドアの方法について素早く協議をする。

いずれドア自体の改修を考えるにしろ、今は蝶番を活かした開戸のまま自動化すると決まりました。

動力は万能の力、シリンダー錠に変わる鍵は私と私の家族の意思。

そろそろ前世のテクノロジーを平気で凌駕し始めてますが、何、最初から物理法則を無視する力だ。今更気にしない気にしない。

ミズーリに喝を入れられた姫さんが桶に向かい入室を促すと同時にドアを開けてみます。

カピタンさんを含めて総勢4人は恐る恐る顔を出し、姫さんに土間で靴を脱げと言われ全員の背筋が伸びました。ぴょんて。

知らない部外者の気配にチビが警戒し出したので、姫さんが抱き上げると、仕方ないですねと姫さんの顔を一舐めして大人しく腕の中で昼寝の続きに入るようで。チビもすっかり姫さんを家族として受け入れた様ですね。


カピタンさん達は毛足の長い超高級絨毯に悪戦苦闘しながら、なんとか私達が寛いでいるテーブルまで辿り着きました。

姫さんは凛とした顔で一同を出迎えましたが、胸元でいびきをかいているチビで緊張感はカケラもありません。

「姫閣下。こちらが先程お命ぜられた献立表及び糧秣在庫管理簿となります。そして後方3名が我が主の申せられたコマクサ侯爵に近い高級文官だったのですが。」

「が?」

思わず私が口を挟んじゃった。

「は!。私は東部方面軍において先任参謀を務めますイリスと申します。隊では兵站及び作戦立案を仰せ付かる文官の長であります。」

「はあ。」

「カピタン将軍より話はお聞きしています。我が東部方面軍最高司令官たる姫閣下が貴方様に臣下の礼を取られている以上、私達が貴方様の幕に入る事は当然の事であります。」

「本音は?」

「あんな美味しいご飯を頂けるなら、我ら東部方面軍はいくらでも貴方様の犬になる所存であります。」

「…カピタンさん?これなぁに?」

「閣下が悪いんですぞ。今日の夕食に閣下の一手間が加わったおかげで、食堂で皆号泣しております。閣下が作られた食事を食べた者は二度と閣下以外の食事が摂れない身体になっておるのです。」

知らんがな知らんがな。調味料以外は全部当地の食材だぞ。いくらなんでもだらしが無さ過ぎやしないか帝国軍人。文官制圧の為に二の矢三の矢を考えていたのに、全部無駄になったじゃないか。あと、民間人の私を閣下とか呼ばない様に。


ほら、かつての地球でもスパイスとお茶欲しさが大航海時代を招いたじゃないですか


それはそうだけど。食欲が原動力となった歴史の変換点はいくつかあったけど


胃袋を掴むのは…


あゝ万能うるさいうるさい

いやあ、多少は出るであろう反対派を軸にコマクサの野郎(会った事無いけどね)を引っ掻き回す算段だったのになぁ。

「何?トール。やるの?」

「最終的にはそうなるとして、いくつか手順を飛ばす必要が出て来るな。」

話が物騒な方に流れて行くのを素早く察知したのだろう。イリスさんが口を挟んできた。

「さすがに帝国への叛旗となると、私達も協力しかねます。」

「イリス君と言ったっけ。君に問おう。もし仮に、一国を相手にしても絶対に勝てる、味方が誰も傷つかない、そんな戦争を見てみたくないか?」

「そんな馬鹿な事が…

「姫さんなカピタンさんは身をもって経験した事実ですけどね。」

「……。」

「まぁ、そんな事は明後日考えれば良い。今、私達が考えねばならない事は。何か分かるかな姫さん。」

「…朝ごはん?」

「正解。…ハイハイ、カピタンさんもイリスさんもそんな顔しない。全員、姫さんの顔見なさい。」

姫さんはチビを抱きしめる事で、この上なく幸せになって、のんべんだらりんとした顔をしている。そんな気の抜けた顔は初めて見るのだろう。何とも言えない表情をして私の顔を見て返している。

どう判断したらよいのか、困っているのだろう。

「私は何も強要しないよ。私が目指すところは姫さんが幸せに笑っていられる未来と場所を構築する事だ。私達の邪魔をしなければ東部方面軍に手を出すつもりは一切無い。逆に私達を手伝ってくれるなら、そのリスク以上のリターンを約束する。勿論、姫さんにだって、帝国皇女或いは帝国軍人としての義務を果たしたいのならば止やしない。姫さんをここに戻して私達はまたただの旅人に戻るし、私達の邪魔をするならばどうなるかは君の目が見ているね。」

姫さんはチビをひとしきり眺めると、花の咲く様な笑顔を一同に見せてくれる。

「私は帝国第四皇女ですし、帝国軍人としての役割を熟知しております。しかし、それ以外の事は何一つ知らない、何一つ出来ない哀れな女です。でも、旦那様はこの3日間で私に色々な事を教えて下さいました。私が夢を見て良い事も教えて下さいました。いつの日か、旦那様とミズーリ様は帝国を離れてしまわれるでしょう。でも、旦那様は私に、私達に、帝国に未来への種を蒔いて下さると約束して頂きました。ならば私の決意は、命果つるまで旦那様のお手伝いをするだけです。それが、私と帝国の未来に繋がる事を。旦那様、私は知っていますよ。」

へー。姫さん、実は良い女じゃないか。みんなポーっとしちゃってるぞ。

と言う訳で。今のうちに解さーん。

あ、カピタンさんは残ってね。

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