第96話 調味料の恐怖

カレーはスパイスの塊。最初にキクスイの草原で作った時はミズーリと騎士のアリスさんがおかしくなったが、さもありなん。

調味料の絶対数が少なく、食材の品種改良という概念自体がない世界だしね。

各種スパイス・小麦粉・肉野菜全てが、文字通り別世界の美味しさな訳だ。

例えそこらのコンビニで買えるお手軽ルーであっても、そこには企業努力が固まっている訳だし。

一度賞味済みのミズーリ以外は全員涙を流している。そういえば最近ミズーリは食べても暴れませんね。

「トールのご飯に私の味覚がマッチして来ただけよ。食べた事の無いご飯出されたら、どうなっちゃうか、今でもわかんないよ。だからトールさん、よろしくね。」

私は別に食通ではありませんから、私の知ってる料理なんてたかが知れてますよ。

行きつけだった定食屋、中華屋、チェーン店、居酒屋メニューとコンビニ弁当くらい。あれ?結構ネタはあるな。 

「楽しみにしてますよ。トールさん。」

「あ、なんか羨ましいです。旦那様。私にも私にも食べさせて下さい。ご奉仕でお返しいたしますからぁ。」

そしていつもの馬鹿話。それがいつもの私達。大量虐殺をした私達の素は、下ネタと食い物で馬鹿話をしている馬鹿だと言う事。

何よりも自分達の姫さまが積極的に私とミズーリに絡んでいる事が、仲間を大量虐殺した私達への得体の知れない絶望的な恐怖感を消してくれる。

それまで見せた事のない姫さんの自然な笑顔に、今まで食べた事の無い味に、一同から少しずつ笑みが溢れ出した。

そうとも、私とミズーリは敵対しない者にわざわざちょっかいを出す程暇じゃ無い。

いや、暇なんだけど。

暇なんだから心安らかに暮らしたい。

ミズーリを天界へ帰すと言う大命題がある以上、今後も山の様にトラブルがあるし、人も沢山殺すだろう。

けど、そうで無い時間くらいは仲間と笑っていたいよね。


皆が食べ終えるのを見極めると、次の仕事に入ります。

「姫さん。厨房の責任者を呼んで下さい。」

「分かりました。でも私は姫さんじゃなくミクですからね。」

あゝ面倒くさい。

「マリンさん。こちらに。」

「は、はい。」

中年女性がおずおずと私達の前に立ちました。

「今日の晩御飯は何ですか?」

「乾燥猪肉の塩炒めに野菜スープとパンです。」

うわ、味気無さそう。

「乾燥肉はそのまま炒めずに、もっと薄切りにしなさい。そして塩は控えめに揉み込むだけにして、これで炒めます。」

私が万能さんから出したのは醤油。しかもドラム缶サイズ。これだけあれは足りるだろう。鉄板に乾燥肉を乗せて醤油を掛け回す。実際にその量を実践で理解してもらい、試食してもらうとマリンさんは腰を抜かしてしまった。

勿論、残りの肉にうちの馬鹿姉妹が飛びかかるが放っておく。

野菜スープには片隅に転がっていた猪の骨を煮込んで出汁を取らせて、そのスープに塩を振り、更にそのスープで具となる野菜を煮込ませる。これで野菜の旨味も出てくる。パンはやたら固く食べにくいので、さっと水に潜らせると軽く焼き直す。

これだけの手間で、こんな悪質な料理もわりかし食べれる様になるのです。

乾燥肉の醤油炒めを食べたショックで床に転がったままのマリンさんに、パンと野菜スープを試食してもらうと、美味しいです美味しいです、とまた泣き出したので成功でしょう。

オマケでバターの塊を牛一頭分つけときましょうか。バターってこの世界にもありますよね。

「塩を混ぜないのに、こんな美味しいバターは無いです。旦那様。」

ですか。

「マリンさん。私達に協力してくれるのならば、美味しい味の材料を沢山あげますよ。

辛いの甘いの酸っぱいのしょっぱいの。沢山、沢山ね。ご飯が美味しくなりますよ。」

マリンさんは土下座したまま何度も頭を下げ出しました。

試食コーナーに集っている馬鹿姉妹の襟を掴むと引きずったまま厨房から退散する。

ここからは彼ら彼女らの仕事だ。

邪魔しちゃいけない。

「そうそう、カピタンさん。献立表と現時点の兵糧一覧を後で用意して下さい。出来れば晩御飯の後でコマクサ派の文官と共にね。私達は駐屯地の端っこの家にいますから。」

「家ですか?」

「家です。これから建てます。」

「はあ。」

理解出来てなさそうだ。そりゃあね。


なるべく人気の少ない空き地を見つけると家を展開します。玄関を開けるとチビが飛び付いて来ました。ただいまチビちゃん。

一日お留守番ご苦労様でした。

ワン(任せなさい)

早速ご飯をあげますね。

「トール。私達もご飯。」

さっきカレーライスを食べたでしょう。

「あれはあれ。私達のご飯は、私達家族で食べないとダメでしょ。それにトールは食べてないでしょ。」

「ミズーリ様…」

「何?ミク。」

「私も家族、なんですか?」

「当たり前でしょ。トールのご飯を食べてトールと同じベッドで寝る。トールが家族として認めてくれたから出来る事よ。」

「感激です旦那様。嬉しくて泣いちゃいそうです。」

あーまた何かこう、湿っぽくなるのは嫌だなぁなんとなく。という訳で悪ふざけタイム。

「ミク!椅子!」

「!。旦那様喜んで!」

姫さんが自分からマッサージチェアに沈んで行った。ご飯を食べ終わったチビが早速揶揄いに走る。足裏舐め舐めワン。

「あひゃあああああ〜。」

「完全にミクを飼い慣らしたわね。」

「こんなとこ、軍の偉いさんに見られたら大問題になりかねないけどね。」

「それよりトールは早くご飯を食べちゃいなさい。」

久しぶりのオカンミズーリさん登場。作るのも食べるのも私なんですけどね。


とは言うものの、お昼のBBQが結構重かったので軽く済ませましょう。

薄切りの耳なし食パンで、ベーコン・レタス・トマトを挟んだBLTサンド(トマト多め)で抑えて。コーヒーを楽しむ方をメインにしましょうか。


…何故君達が食卓についているのですか?

「私とトールは一蓮托生でしょ。」

「私と旦那様は家族です。家族なら食事も一緒です。」

さっき賄いカレーを食べたでしょうに。

「あ、トール。ちょっと待って。」

ミズーリが虚空に向かって何か唱えます。

万能さんから出して貰ったものは、なんとコーヒーミルとコーヒー豆でした。モカですね。

「コーヒーは時々トールにご馳走になるけど、色々調べて色々試してみたくなったの。いつもの粉も良いけど、今夜は豆から挽いてみましょう。因みにトールの好きな深煎り焙煎です。」

それは楽しみですね。

「とても良い香りですが、何ですかこの茶色いの。」

「ミクにはまだ早い飲み物よ。処女はミルクでも飲んでなさい。」

「それは旦那様n」

おっと危ない。今のは許容範囲を超えるとこだった。

冷蔵庫から新鮮・そのままでも甘い牛乳と砂糖を出してテーブルに乗せて見たけど、意外な事に姫さんはブラックにハマった。

「ミルクと一緒に飲んでも美味しいんですが、混ぜ物入れると匂いが薄まる様な気がして、何も入れない方が苦いけど美味しいです。」

お子ちゃま女神ミズーリさんは砂糖たっぷりカフェ・オ・レの方が好きなのにね。

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