第95話 駐屯地ご飯
私達は今、東部方面軍指揮官室にいる。
何故か。
あのままだと兵隊さん達全員がコレットの街までついてきちゃうからだ。
さすがに人数が多すぎて、末端まで制御し切れない。いや、私達なら出来なくもないけど、面倒くさいじゃん。
そうしてたら、最後方を指揮してた東部方面軍五将最後の1人、サクライさんが合流した。私の顔を見た瞬間に土下座しながら近寄って来るという、薄気味悪い登場をした年配の男性だった。
私達の話を聞くと開口一番、
「ならば我らの駐屯地においで願えば良いではありませんか。」
と言い出したので、そうする事にした。
朝決めた指針では近寄らないと決めた筈なんだけど。
捕まろうと思ったら捕まえちゃうし。
近寄らない様にしようとしたら招待されちゃうし。
世の中はままならないなぁ。
「本当よねぇ。」
いや、ミズーリ。本来なら君が余計な事をやらかさなければ、私は今頃、日本で心健やかにサラリーマン生活を送って、奥さんの1人もそろそろ考え始めていたんですが。後輩ちゃん、元気かなぁ。早く新しい恋愛見つけて欲しいな。
「今だって、女神にお姫様にと、上質な嫁候補・妾候補が勢揃いじゃん。なんなら、アリスって言ったっけ、キクスイで鬼から逃げて来た娘。あの女騎士だってトールになら靡くわよ。」
「なんですって。旦那様にはキクスイ国に現地妻がいると言うのですか。」
内緒話のはずなのに姫さんが後半部分だけデビルイヤーになっちゃた。
まったく、人聞きの悪い事を一国の姫さんが言うんじゃありません!
「ならば、私にも帝国の現地妻の可能性がある訳ですね。それなら頑張ろうと言う気にもなるものです。」
「ここの女性兵くらいまとめて食べちゃえるのがトールという男よ。気をやり過ぎて、気を失う覚悟くらいはしておきなさい。」
「覚悟なら既に済んでおります。目指せ一姫二太郎以下8人。」
一姫二太郎を何故知ってる?あと8人も?目標二桁?
「姫閣下はどうなされたのだ?」
下ネタ満載姫の有り様に、カピタンさんが頭を抱えている。
彼は将軍相当のお偉いさんであると同時に、帝国皇女たる姫さんの秘書と教育係も務めているらしい。確かに3日前までは凛々しい姫武将だったのでしょうね。虫みたいに木に引っかかってましたけど。
あ、それじゃさっきのゼル君と同じだ。
なんかね、ごめんなさい、色々彼女の開けてはいけない扉を片っ端から開けたのは私達です。
でもね、今の姫さんの姿は皇女でも軍人でもない彼女の地ですよ。
よく笑いよく泣いてよく食べて(よく悶えて)、下ネタにも積極的に対応して仲間との縁と空気を何よりも大切にする。
そんなただの女の子です。
「そうは申されましても、姫閣下は皇族であり軍人である事も事実ですから。」
「なら、皇族だろう軍人だろうが、好きに笑える社会にしちまおうか?」
あれ?ひょっとして、この国に来た目的がなんか定まった?こんなテキトーな流れで?
「そんな無茶な事が。
「出来るわね。」
「旦那様ならもしかしたら。」
姫さんとミズーリがカピタンさんに被せて興味深そうに食いついて来た。
問題は持続性・永続性だけど、一個、実は考えがある。創造神は顔を顰めるかも知れないけどね、それはそれ。
私にこんな無茶振りして、おまけに万能の力まで迂闊にも与えてくれちゃった神様が悪い。面白そうだからやってみるかな。
「私も全力で協力いたしますわ。なんならお子を沢山設ける事からでも。」
姫さんは会話の流れに合わせた下ネタをかまして来たつもりだろうけど
うん、そうなるかも知れない。
「え?」「え?」「え?」
まずやらねばならぬ事。言うまでもなく人心掌握だ。姫さんが出撃した時に4分の1を倒したとは言え、まだ1万の兵が健在なこの駐屯地。兵以外の文官や労働者は、聞くと300を数えるという。特に戦場に出ていない高級文官には、私達を捕らえて来たと報告を上げてある。まずはそいつらを全員落とす。
一番手っ取り早いのは、やっぱり飯だ。美味しい飯を一度食わせた後で、既に東部軍は私達が掌握済みだと脅迫する。駄目なら二の手三の手を繰り出すが、それも飯攻撃だけで。
逆らう連中にだけ私のご飯を食べさせない、と言うのが一番平和的だと思う。
それでも言う事聞かない人は、万能さん流に処分しちゃえばいいし。
「私の旦那様は、なんと言う酷い事を思い付くのでしょうか。旦那様からそんなおあずけプレイされたら、私泣いちゃう自信がありますわ。」
私に隷属化した上、ミズーリから精神強化まで受けている姫さんが泣いちゃいますか。
「満々です。」
駄目な方に自信満々な力瘤を作り出す姫さんを呆れた顔で見ていたカピタンさんでしたが
「私と旦那様に呆れたら、旦那様特製の晩御飯抜き!です。」
と、姫さんに宣言されると慌てて土下座をし始めましたよ。魔法使いさんのお友達のよっちゃんかよ。
「まだ、土下座の形が甘いわね。」
何故かミズーリがマウントを取って来ました。さすがは土下座の女神様。
「…ねぇ、トールさん。私がいつかどこかで女神像となる時、その姿は土下座姿なんでしょうか。」
少なくともミズーリの土下座は、誰よりも綺麗で神々しい土下座ですよ。
「ならば良し。」
いいんだ。…いいの?
という訳で私達は厨房にやって来た。
これだけ多人数の胃袋を賄うだけあって、前世で言う学校の体育館見たいな巨大な台所だった。姫さんとカピタンさんがついているとはいえ、厨房を預かる者には私達が不審な人物である事には変わりない。
兵站担当の兵は私達を歓迎しているが、駐屯地付きの職員の中には威嚇すらしてくる女までいる。
付き合いのあった男でも殺しちゃったかなぁ。仕方がない。私達はもう沢山この駐屯地の人を殺してますから。
厨房に来て一番最初に驚いたのは調味料の少なさだった。砂糖、塩、あとこの茶色いのは醤油か。いや醤だな。
砂糖もこれ、甘味が足りない。
出来損ないの甜菜からでももっと甘味が取れる筈だ。そういえば姫さんはメープルシロップにやたらと食いついてたな。
これはこれで、やるべき事が簡単になった。が、とりあえずは厨房を掌握する事だ。
と言う訳で、今晩の賄いはカレーです。
お米はこの世界にも存在していましたが、あんな甘味と膨らみの足りない痩せた色付き古代米(しかも玄米)ではなく、コシヒカリ、それも新潟産の最高級品種を薪で炊きます。はじめチョロチョロ中ぱっぱ。
カレーはみんな大好きリンゴと蜂蜜が溶けてる前世の市販品。具はノーマルに、玉葱・馬鈴薯・人参・豚肉。そこらに転がっていた大鍋でグツグツ煮出ち始めると、厨房内全体にカレーの匂いが広がっていきます。
カレーって匂いだけで美味しいよね。(2回目)
虚空(万能さん)から次々と食材を出して調理を進める事に、兵以外の人は呆然としてますが、とりあえず死んだり発狂したりする事は無さそうです。
そこらへん、うちのへっぽこ女神とは阿吽の呼吸が出来てますね。
賄い席にいち早く座ったミズーリ、姫さん、カピタンさんの姿を見て、慌ててみんな席に腰掛けたり、席からあぶれた人は床に正座したり。
なんかもう炊き出しみたいな風景ですね。
そうして、先ずはカレー一杯で厨房班が味方になりました。
さっき威嚇して来た女性は目がトロンとなって私に絡み付いて来たので、姫さんにお仕置きをされています。
久しぶりに言いますか。チョロい。
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