第92話 捕まえちゃった
という訳で私達は今、包囲されています。
それも万の兵隊に。(兵隊の皆さん、腰が引けてますが)
姫さんが言うには、東部方面軍総出の人数だそうで。
兵の屁っ放り腰の様子を面白がったらしく、ミズーリが虚空から剣を出しました。
ケレン味たっぷりに両手を前に突き出し、手のひらを一瞬光らせると、使いにくそうなゴテゴテ装飾の長剣が現れます。
それだけで兵は壮大に響めき出しました。
へっぽこ女神が、自分(童女)の身長より遥かに長い剣を盛大な風切り音と共に一振りすると、手前数人の兵が腰を抜かして倒れ込んじゃいました。
ショック死や発狂する兵が居ない所を見ると、同時に精神制御も行っている様ですね。
この世界の人は、理解出来ない事への耐性が皆無です。宗教や哲学と言った信仰や学問がまるで未発達なんでしょう。
姫さんに聞いても、おおよそ要領を得ない回答しか返って来ませんし。
「姫閣下」
という声が兵の中から聞こえた。
姫さんは軍内部では、姫閣下と呼ばれているのだろう。
前面の倒れたまま立ち上がれない兵を縫って、一人の若い士官が近づいて来た。
「ゼル。」
姫さんが男の名を呼ぶ。
ミズーリが警戒した振りをしながら(彼女からすれば人の命を奪うには、殺意だけで充分だからだ、ついでに私も)姫さんを背後に隠す。
姫さんも素直にミズーリの背中に隠れた。
これで、姫さんがどちら側の人間かを、姫さん自ら明確にした訳だ。
ゼルと呼ばれた男の表情に変化は無い。ある程度は予測していた訳だ。
「姫閣下。つまり姫閣下の判断はそれだと言う事ですね。」
「私は彼らに命を救われて(そういえば木に引っかかってましたね)、彼らに全面降伏しました。この国では彼らに敵う戦力は存在しません。既に我が軍が、我が国が甚大な損害を受けているのは、皆も身をもって知っているでしょう。」
「ならば姫閣下は帝国を裏切るのか。」
「判断は保留です。全て保留しています。何故なら、彼らはここにいる全兵力どころか帝国人民全てを殺し尽くす事も容易だからです。私はその異形の力を目の当たりにしました。」
「馬鹿な事を。我らは今、姫閣下を包囲しています。我らがお前らを
「ウゼエ」
私はゼルとやらの言葉が乱れるのを待っていた。
予定通り、ネズミ花火を大量に万能さんから引き出すと、一斉に密集する兵の中に放り込んだ。
ものはついでにと言う訳で、湖で作った花火セットも出してロケット花火、ドラゴン花火に着火。音と破裂だけで、殺傷能力皆無の焙烙玉も調べといて良かった。垂直発射、水平発射を繰り返してみよう。鎌倉武士もびっくりの舶来兵器だ。
「多分ショック死はしないと思うけど、随分派手にするのね。ひょっとしてトールさん?溜まってたの?」
ミズーリはゼルと名乗った男の襟元を剣の先に引っ掛けて逃げられ無い様にしている。
まさか童女にバッチい洗濯物扱いされるとは思ってもみなかったのだろう。
最初はジタバタしていたが、目の前で繰り広げられた見た事もない光景に、ゼル君はただあんぐりとするだけになった。
爆発という現象自体を知らなかった者に、爆発を体験させるとどうなるか。
万を数えた軍勢は、失神か逃亡かで開始5分足らずで壊滅したのだ。
「意識してなかったけどなぁ。途中でなんか面白くなった。直接には殺してない筈。」
「ストレスが溜まってたなら、私なりミクなりで解消すればいいのに。なんなら今すぐどうですか?」
「私はいつでもお待ちしていますよ、旦那様。」
万の軍勢相手に無双っちゃったから、もう割とスッキリしましたよ。
「旦那様。それだと私達がスッキリしません。ムラムラします。むらむら〜って。」
知らんがな。大体、貴方。目の前で起きてる事象は気にならないんですか。
「旦那様達のやる事に、もう疑問を挟むだけで馬鹿馬鹿しいです。」
「だ、旦那様だと?」
あ、ゼル君に知られちゃった。
「そうですが。ゼル、何か文句でもありますか?帝国皇女と森の精霊を使役する絶対的存在。それが、こちらの旦那様とミズーリ様です。」
あらら、森の人の存在までバラしちゃった。
「森の精霊だと?そんなば、ばか、な。」
私の肩に座っていた森の人は、姿を表してゼルの眼前まで飛んで行くと、どうだと胸を張る。
そのまま私の肩に再び座った。
ゼル君の処理能力がオーバーしたらしい。ミズーリの剣先に吊るされたまま白目を剥いて泡を吹いて気絶してしまった。
「捕まる予定が、敵の親分を捕まえちゃったぞ。どうしよう。」
「そおねえ。トールの暴走ってのも珍しいもんね。」
「弱い生物を殺さずに撃退するって行為が、こんなにストレスが溜まるとは思わなかったんだよ。」
「だから、私とミクの身体でスッキリしましょうよ。」
「旦那様。カモオンですわ。」
下手くそな英語を姫さんに教えたのはミズーリですね。
ほんとにもう、うちの馬鹿娘達はどう扱ったら良いんだろう。
お好きな様に
うるさいよ万能
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