第71話 鬼の昇天

翌朝、私達が目を覚ました時、家は既に湖畔に建っていた。

相変わらず変な言葉だが、事実の方が相も変わらずおかしいから仕方ない。

チビを連れて外に出てみると、あの鬼の女性が直ぐそばで待っていた。

久しぶりに野外用テーブルセットを展開すると飲み物を置き、鬼に着席を促す。

ミズーリも私の隣に大人しく腰掛けて、オレンジジュース美味ぁと夢中になり始める。この子だけはいつも緊張感が無いな。


「卵は、卵は有りますか?」

「ありますよ。」

外出する時はいつも腰にぶら下げている。

「卵を此処に。」

鬼の女性の要望通り、テーブルの真ん中にそっと置く。

卵を見た彼女はホッと一つ溜息をつく。

「私に分かる限りのお話しをします。」

卵を見つめながら、鬼の女性は静かに語り始めた。

「この世界には人成らざるものが幾つか存在しますが、その中で二つ大きなものがあります。

それが貴方が意志と呼ぶものです。

意志とは、今まで人が生まれ、育ち、死んでいった長い長い歴史の中で育まれて来た物でした。

二つの意志を、ここでは分かりやすく育成の意志と淘汰の意志と名づけましょうか。

「淘汰は人の欲望を吸収して育ち、育成は人の悲しみを吸収して育ちました。人の意志が土地に染み込み、その意志が土地の行く末に影響を及ぼす。その様にお考え下さい。」

アミニズム信仰の変形と見て良いのか?

「一つ分かっていたのは、淘汰の意志が限界を迎えていたという事です。

「淘汰は人の欲の塊です。人が人である以上、それはあるべき物であり、決して否定されて良い物では有りません。

人に欲があるから、人は前を向き、文明を育み、栄えるのですから。

「でも、その欲の前に犠牲になる人、犠牲になる想いは欲と同じ量存在します。そう言った悲しみを救う事は出来ません。救われたいという想いもまた欲になるから。

ですから、育成の意志は悲しみをただ消滅させて来ました。

将来に悲しみを残さない為、育成の意志が悲しみ自体を消滅させるわけです。

「欲を消滅させる訳には行けない淘汰は人を食べます。人の欲を食べるのです。代理の存在を作って欲の絶対量を減らして来ました。」

つまりそれが鬼か。

「鬼は動物と言われます。それに間違いは有りません。淘汰の意志が正気を保つ為に生み出された動物です。鬼は人を食べる事により欲望の絶対量を減らしているのです。

「でも、この地の淘汰はもう限界でした。意志として正気を保てる欲望の吸収限界を超えていました。

その対策として生まれたのが私でした。

人間と二つの意志、またはそれの眷族とも会話が出来る存在として。」

つまり貴方は鬼にして鬼では無い、とても不安定な存在だったと。

彼女はコクリと頷くと話を続けた。 

「王都に鬼が集まったのは言うまでもなく人を食べる為です。

王都が欲深いという訳ではなく、欲を吸収するのに人が多く便利だと選ばれただけです。

また、地震は淘汰の意志の痙攣でした。

育成の意志が抑えていたとはいえ、あと数年しか保たなかったでしょう。

でも地震と鬼によって出た大勢の被害者で欲望は回収され、鬼の抹殺で必要以上の被害は抑えられました。

貴方が王都に到着するタイミングで、皆が協力して合わせたのです。

「貴方がこの湖に来た時に、ようやく私にも分かりました。

私が何故生まれ、何故一人だったのか。

何故この地だったのか。何故貴方だったのか。

貴方が育成の意志に選ばれた方だと。

貴方達と繋がりなさいと。

貴方の旅を見守っていた私にも段々と分かって、いや、思い出して来たんです。」

そう言うと彼女はそっと卵を手に取った。 

「先程、私は悲しみは消滅すると言いました。消滅する先はコレです。」

彼女は愛おしそうに卵を抱きしめる。

「貴方は鬼を全て殺してくれた。数百年この地の淘汰の意志は正気を保てる。

そして、貴方は湖の底で、その役割が出来なくなっていた卵を救い出してもくれた。

この卵は育成の意志が人にもたらす一つの形です。

これで行き場を失い、この土地を彷徨っていた悲しみも消滅させることができます。

これもすべて

鬼の女性の姿が徐々に薄くなり言葉が聞こえづらくなっていく。

「これもすべてあなたのおかげです。やくわりをおえたわたしはやっとおとうさんおかあさんのところへいけます。」

卵が一瞬だけ大きく光ったかと思うと、彼女の姿は消えていた。

彼女の満足そうな幸せそうな笑顔だけが、私には深く深く印象に残った。


しかし、消えちゃったか。言いたいだけ言って消えちゃったか。この一連は私達の旅と関係は何かあるのだろうか。

「トール。」

「何?」

「お腹空いた。朝ご飯にしよ。」

ハイハイ。君はいつでもどんな時でも君のままですね。

「女神ですから。」

さては、わざとですね? 

「後で話すから。それよりご飯食べよ。」







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