第68話 地震
「トールはここに来て。」
さっきまでぱんつ丸出しで寝転がっていたのに、きちんと姿勢を正したミズーリがソファを叩き私を誘う。顔色が少し変わっているので、何か真面目な話があるらしい。
「どうしましたミズーリ?」
「まず一つ。最初の何かが起こるわ。」
「何が?」
「直ぐ分かる。」
そう言うと隣に腰掛けた私にしがみつき、そっと息を吸う。
その時だった。激しい地鳴りが鳴り始める。
地震大国日本に生まれ育ち、21世紀初頭の幾つかの震災を体験した者には経験がある。
そう、私は知っている。
部屋のお高いと思われる調度品がカタカタと音を立てて震え出し、まもなく激しい縦揺れが私達を襲った。
ミズーリは必死に私にしがみつきながらなんらかの呪文を唱えでもいるのが分かった。
いきなり縦揺れだからは直下型かぁなどと呑気な事を考えていた私の周りの床がひび割れて崩壊し始めた。石造りの建物とはいえ耐震対策は一切していないのだろう。
天井が落ち始めたが、ミズーリが頭上で手を振ると瓦礫と破片は全て私達から外れて落ちていった。更には私達がいる四階ごと下に落ちていくが、今度は私がミズーリを抱き抱えて忍者の如く飛び跳ね飛び跳ね階下に降りていく。
私達が地表についた時、既にこの街は崩壊していた。
いつのまにかお姫様抱っこで抱えていたミズーリをそっと下ろす。
石造りだった上流階級地区は全て瓦礫の山と化しており、さっきまで人だった手だけ足だけといった肉塊しか見えず、瓦礫の下からは呻き声だけが聞こえる。
振り返って見れば、木造住宅が多かった庶民街はあちこちから煙が上がっていた。
時間的に丁度夕食時、関東大震災でも火災の原因となった炊事の火だ。
そして私達の目の前には地割れが広がっている。直下型地震であり震源となった断層なのだろう。庶民街が上流階級地区よりも2メートルは高くなっている。
私達より高みにある庶民街はやがて火に包まれようとしていた。
「ミズーリ。どこまで出来る?」
「しないわ。何も。」
「…?」
私達が会った最初の村でミズーリは火災を雨で消火している。だが、彼女は女神だ。
…神の言う事だ。意味があるのだろう。
「やろうと思えば出来る。ううん多分地震も防ぐ事も出来た。でもね。」
ミズーリは燃え始めた街を見上げて私に言う。
「これが一つ目。終わりじゃないの。そしてそれを乗り越えるのは神の力ではなく人間の力。最初の村を救っておいて矛盾してると思うかもしれないけど、神として助けて良い場面と悪い場面がある。これは自然災害だから神の力ではなく、人間が人間の力で乗り越え無いと駄目。そして。」
ミズーリは私の手をギュッと握って虚空を睨む。
「私達が本当にしなければならない事はこれから始まる。」
「…私達がこの日この時にこの王都に来た事は偶然だろうが。」
「土地の意志って言うのにトールは会った事があるんでしょう。だったら偶然じゃない。
今、ここで私達が地震に遭遇する様に、むしろ地震発生を抑えていたのでは無いかしら。」
「…私達が早く来ても遅く来ても地震は起こったと。」
「トールが何考えてんだか想像つくけど、地震のエネルギーが数日で変動すると思う?一生懸命急いだって、もっとダラダラ来たって結果は何も変わらないと思うわよ。私達がここに来た時に地震は起こる。そう決まっていたのよ。」
…私が余計な責任を感じる必要は無いと言う事か
そして、私達がここに誘われた本当の理由がもうすぐ明らかになる、と。
人間は強い。非常時にこそ人間は強くなれる。生き残った者は直ぐに声を掛け合い救助に動き出した。騎兵が出動中だった事も幸いした。庶民街でいち早く消火に走り、延焼を防ぐ為その家の住民と共に木造家屋を解体する。
貴族階級からは、ほんの数刻の間で即席ながら屋根を建て地に布団を敷き、国民の救助支援体制を拙速なれどたちまち整えた。そして国民も暴動を起こす事なく復旧へと気持ちを前向きにしようとした。
あの絶望が襲いかかるまでは。
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