第62話 とある密偵の回想より

エドワード領主様より我々密偵陣に与えられた使命は、スタフグロの街近郊で行方不明になった親子連れの探索である。

親はまだ若く黒目黒髪の男。この国で黒目黒髪は珍しい。他国からの旅行者と見られている。

子供は綺麗な金髪をした女の子。黒髪の親から金髪の娘が生まれた訳で、それもまた珍しい。

当初は誘拐を疑っていたそうだが、娘が一方的に親にベタベタしがみついている姿をよく目撃されており、二人の間になんらかの事情があるにせよ、強制的な犯罪の可能性は薄いと見られている。

それでも我々は密偵として見張る。彼らは我が国の民ではなく、旅行者であるという一点だけで。それが我が国の安寧をもたらす一助となるからだ。


宿場の役人より金山跡の川で親子連れが川遊びをしているとの目撃情報が入った。

観光地で遊んでいる親子連れなど全国各地に山程いるのだから、該当する親子連れであるかどうかは分からない。更に言うなら彼らは別に手配されている訳でも無い。ただ、居場所を特定させよとの指示を受けているだけだ。大体、黒目黒髪の父と金髪の娘という姿以外、私も彼らの顔すら知らないのだ。

金山跡は私のテリトリーとされている。ならば私が向かうしか無いだろう。


街道を馬で走ると川との合流地点に人集りが出来ていた。馬を降り、人集りに顔を出してみる。その中に私の知り合いがいたからだ。

彼は山から切り出す木材で炭を焼く事を職業としていた。

川を見ろ、と彼は言う。

なんだこれは。

この川は上流の湖から流れ出る唯一の川だ。

あの鬼が現れた湖だ。以来、人が近寄る事を禁忌とされているあの湖だ。

そのせいか、この川には魚がいない。

川が山中に入り、山から滲み出る精霊の恵みが鬼の邪な呪いを薄める。そしてやっと飲めるようになる。魚が住めるようになる。

ずっとそう言われてきた。実際、そうだった。

ここはまだ金山跡よりも上流。過去数十年にわたり魚が捕獲されたり目撃された記録はない。

なのに、今私達の目前には魚影がある。  

手掴みで出来そうなくらい濃い魚影だ。

そして、何よりも水質が改善されている。

人の少ない田舎の川だけに元々綺麗な川であったが、今の水は完成なる無色透明。

こんな水は名水を謳われる井戸でも湧水でも見た事はない。

この川に何が起こっているのだろうか。


金山跡の滝に来た時、宿場の役人からまた知らせが来た。エドワード領主直接の知らせだと言う。エドワード領内の組織の人間がほぼ全員行方不明になったと言う。

元々は組織が親子連れを襲い返り討ちにあった、なんて噂もあった。

その親子連れにはエドワード正規兵300人が全滅した。だから親子連れは見張るだけで手を出すな。そんな噂もあった。

そんな荒唐無稽な話がどこにある?


その親子連れは宿場には泊まらなかった。

山から降りて来ていると目撃情報はあったのに。

宿場町全ての人の記憶と宿帳に痕跡がなかったのだ。

役場の記録によれば該当日の天気は晴れ。翌日は嵐とある。

宿場町を通らず街道を逸れて農道に入ったのだろうか。しかし、翌日の嵐の中、付近の農民には親子連れの目撃・宿泊情報はなかった。

ならば二人は嵐の中、どこへ行った?

私は馬を走らせた。二人は徒歩だと言う。ならば行動範囲は絞られる筈だ。

しかし、どこにも親子連れの全てはなかった。

そうこうするうちに、私はその日を迎える事になる。

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