第57話 牡蠣鍋

ミズーリはソファにうつ伏せになり、尻を突き出してウニャウニャ言い出した。

あんなお子様に食いつけと言われてもなぁ、うん無いな。

「失礼ね。」

君、気を抜き過ぎです。

「トールにしか見せないから良いの。」

そうですか。全然嬉しくありません。

さて、今日の晩飯はどうしよう。

TKG、ハンバーガーときたから、少し落ち着いてじっくり攻めよう。

朝は卵、昼は肉、とくれば夜は魚介で。寿司、焼き魚、刺身は作ったから次は煮物にしようか。

ならば鍋にしよう。煮付けも良いけど気分は今、鍋になった。石狩鍋、あんこう鍋、魚介鍋にも色々あるけれど、思い付いたのは下処理も簡単な牡蠣鍋。味付けは味噌で。

牡蠣の剥き身、糸蒟蒻、にんじん、椎茸、エノキ、白菜、ネギ、春菊、豆腐を用意。

剥き身は水洗いして、野菜は適当に切り分ける。このお手軽さも鍋の魅力。

鍋に水を張り、出汁と味噌を投入。

最初は豆腐からゆっくりと、野菜は火の通りにくい順に入れて、最後に牡蠣を投入。蓋をして中火で煮込んで完成。

味噌の匂いに釣られたうちのへっぽこ女神がまた四つん這いでやってくる。軟体動物のまま椅子によじ登る。

味噌被りするので、汁物はさっぱりと椎茸、三つ葉だけの清汁にする。冷蔵庫からは玄米茶を多めにピッチャーで出しておく。鍋は身体が温まるからね。私には日本酒も冷やで。

「いただきます。」

「いただきます。」

最初は手酌でと思ったが、いち早く見つけたミズーリが楚々と私に注いでくれる。彼女は私と約束した事は絶対に守りたい主義なんだ。

「美味しい。何このプニャプニャしたの。」

「牡蠣という貝だよ。貝は大抵美味しい出汁が取れるし、勿論、食べても美味しい。」

「キノコもこないだと全然違う。」

「貝とキノコのバター炒めとい

「予約、それ明日のご飯に予約。」

また食いぎみだ。

「この苦い野菜も美味しい。」

「お豆腐美味しい。」

「このお汁美味しい。」

お気に召して何より。でもまだあるんだよ。

「〆にはこれだ!」

鍋に残りのご飯投入。ミズーリから悲鳴が上がる。テーブルをバンバン叩きながら、

「なんて事をしてくれるの。おじや、おじやなのね。美味しいに決まってんじゃないの。」


お腹をポンポンに膨らませたミズーリが、テーブルの下に寝転がって溶け始めたのを放置して風呂場を覗く。

湯船のお湯が白濁してた。美肌、疲労回復と効能書きが貼ってあるぞ。万能さんは仕事が細かい。

部屋に戻ると、立ち直ったミズーリがシンクで食器を洗っている。これもミズーリが私とした約束。

洗い終わった食器を万能さんが片付けていくから、食器がどんどんこの空間から消えていく謎光景も見慣れたね。

後片付けを終え、お風呂に入ってミズーリはしばらく出て来ませんでした。

美肌の湯の効能書きが効いたのでしょう。

君、女神だし一応絶世の美女なんですけどね。お子様だけど。


私はソファに腰掛け地図をチェックする。

どうやら人間よりも人間外の存在が私達に用事があるようだし。

この領の正規軍を全滅させてからは人間はおとなしい。まだ日が経っていないから対応し切れていない可能性も高いが、私達ならどうとでも出来るから無視していいだろう。

ならばこのまま。人家の少ない場所だけを歩いて王都に向かおう。

人外からのアプローチがあるなら受け入れよう。それでいい。

補給の必要が無い私達はどこをどう進んでも何の問題もない。反則も良いところだが、最初からその条件で私はこの世界に来た。

そもそも誰も何をしたらのか何処へ行ったらいいか分からない、滅茶苦茶な旅なのだ。

だから、それ以上は思考停止。

現実の方が非常識過ぎるからね。


風呂から上がったミズーリは冷蔵庫から飲み物を取り出すと、私の隣にちょこんと座る。

この子はこの子でやはり女の子だ。お風呂上がりで、とてもいい香りがするね。

「でしょ。」

はい。

今夜のお楽しみDVDにドリフをリクエストされたので、荒井注が出てくる頃のコントを選ぶ。

涙まで流して笑っていたミズーリは笑い疲れて眠ってしまった。普段疲労なんか感じない身体なのになぁ。ちょっと不思議。お姫様をお姫様抱っこでベッドに運ぶと私も入浴。

ああ、温泉っていいなぁ、少し硫黄の匂いまでするし、湯の花まで浮いている。

ありがとう万能さん。心の底からリラックス出来るよ。

ベッドに入ると、寝ている女神がいつものように自動的に絡み付いてくる。

こんな静かな夜も私達の大切な日常。

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