第24話 騎士の誓い
トール殿から借りた馬は素晴らしい脚をしていた。風の様に疾走したちまち次の伝馬町に到着したのだ。
トール殿の馬は私に一言ブルルと挨拶すると静かに草原に戻って行く。その堂々たる後ろ姿に何故か感極まってしまい、慌てて伝馬役所に声をかけた。
銅鉱山に鬼が出ている。
東の村(囚人の村らしい)で鬼が退治された
小日向の町の異常な住民の様子
一番近い遊撃隊詰所に伝令を送り応援を要請する。集まった騎士達は私の話に顔色を変え疑問を呈したが、だからこそ確認して欲しい。ただし絶対に死ぬな。無理をするな。
私は死にかけた。恐怖で泣いた、失禁した。だから思った。死ぬ事は絶対に許さない。
まずは情報だ、と。
騎士達は私に敬礼をすると北方の地に散っていった。彼等が去った後、ああ私の言い草は伯爵様が普段私達に言っている事そのままではないか、と気がついた。
騎士達が何も言わずに任務に出て行った訳だ。
他に私に出来る事はなんだ。考えろ。考えろ。
数日のうちに情報が私の元に集まってくる。
銅鉱山は人気がなくなっているが鬼の姿認めず。
囚人の村では確かに鬼が退治されており、解体作業が始まっている。
小日向の町の住民は全員が発狂して衰弱死が始まっている。だが、子供を中心に何人かの姿が見えない。生存者がいる可能性あり。
一便では集めた情報を一切精査してない旨の説明と共に全てシュヴァルツ家に送った。
その後一つ一つ情報を精査し、重要性と正確性を重視し整理し、必要な情報だけを私の責任で選別し、対策を考えて進言した。
間もなくシュヴァルツ家より返答があり、我々遊撃隊がすべき任務が伝えられる。
その指揮は私が取る様に指令が下った。
全てが綺麗事では終わらないが(おそらく小日向の町の事だろう。私は医師を送らなかった、無意味だと判断したからだ)、その綺麗事ではない件の実行はシュヴァルツ家が行い責任を取る、とまで命令書に記されている。私は私の正義の元に人々を救わなければならない。
忙しい。だか、この忙しさは私があの草原の家でほんの数刻過ごした、あの時間が与えてくれた幸せな未来だ。
あの日、銅鉱山で鬼の咆哮を聞いた日。
目の前で私の友たる馬が倒れた。
必死に逃げ帰った伝馬町のあの若い役人の行方は分からないそうだ。
私は伯爵に全てを伝え、伯爵は全力の捜索と補償を約束してくれた。
でもそんな事は気休めでしかない。私は卑怯だった。私は無能だった。
だから、あの伝馬町から私は逃げた。逃げた逃げた逃げた。私には分かっていたのだ。私を追いかけるのは強烈な死だという事を。
泣いて泣いて泣いて、諦めたくても諦められなくて、また泣いた時に見つけたあの草原のあの小さな灯り。彼等は何者なのだろう。
あの小屋で食べさせて貰ったカレーライス、カレーうどんという食事。
見た事もない料理である。あんなに美味しい料理なのに誰に聞いても分からなかった。誰も作れなかった。
あんな美味しい水が存在するのか。
あんな綺麗なガラスが存在するのか。
仮眠させて貰ったあの寝台についていたあの寝具はなんだ。軽く暖かく。起きた時、私は今までに無い目覚めの心地良さを自覚していた。
またあの人達に会ってご飯をご馳走になってあのベッドで寝たいなぁ。
それが騎士でも貴族でも無い、一人の甘ったれた娘の本音。
そして私が再びあの家を探しに馬を走らせた時、あの木はあったけどあの家はなかった。
家がなくなるなどと言う事があり得るのだろうか。あの二人なら不思議に思わないなぁ。
私達遊撃隊が為すべき事を全て為し、シュヴァルツ家に帰還する日の朝、私は一人草原に出た。私はとある誓いを立てに来たのだ。
あの日あの家以来、私は久しぶりに抜剣する。私は天空の果て、どこかにいるトール殿とその従者様に誓う。
あの小さな女の子は、私はトールに心も身体も救われている。救われたではなく、今なお救われ続けている。だからトールの従者となった、と私に言った。あの小さな可愛い従者様はトール殿への執着を隠さなかった。従者様は自分の全てをトール殿に捧げていると言った。あの二人が何者であの二人の関係性はなんなのか。
私にはさっぱり分からない。ただ一つ分かった事は私は彼等が羨ましいという事だ。
残された木に私は自らの剣を捧げた。
私、シュヴァルツ家遊撃隊、いやキクスイ王国の一騎士ミライズ・アリスはトール殿及びその従者様に、未来永劫変わらぬ忠誠を誓います。
剣を鞘に戻し、あの場所に唯一残された木に私は礼を捧げた。その時、小さな小鳥が私の肩に止まり、一言鳴くとそっと飛び立って行った。
はい。私は小鳥にそう返事をする。
詰所から迎えが来たようだ。私は木に再び頭を下げると迎えの者の元へ近づいた。
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