第21話 貴族
私はアリス。ミライズ・アリス。
キクスイ王国シュヴァルツ公爵家に仕えるミライズ男爵家の三女である。
男爵家と言っても数代前の先祖が隣国との戦争で受勲されただけ、、封領すらない貧乏貴族だ。
私達の世界は優しくない。子供は簡単に死ぬ。伝染病は頻繁に我らを襲い、生命力に乏しい子供達は手足が伸び切らないうちに死ぬ。
その為には子供を作る。沢山作る。
医療の質が向上しない限り量で対抗するしか無いのだ。だから私の様な女も沢山産まれて沢山死ぬ。
それでも庶民には娘は宝物だ。次の世代の子を産み育てる大切な明日の母だ。
だが、貧乏貴族の娘にはそんな価値は無い。
半端な身分が邪魔をするから。
貴族間での婚姻にはあまりに不釣り合いだ。
王家の側室にでも引き取られるなら幸せだが、そんな夢物語あるわけない。庶民に降嫁するにも先方からの高額な持参金が必要になる。
身体が弱く成人直前まで生きていた妹は、生きられたとこで何が出来るの?私達は伽にすら呼ばれない、ただの人形よ。
そう言って世を去った。この世を去れる事をむしろ喜んでいた様な笑顔で逝ってしまった。
幸い私には剣があった。五体頑強な私を見た父が子供の頃から仕込んでくれたものだ。
だから私は剣に生きた。ひたすら剣を振る毎日だったが、シュヴァルツ家が見出してくれた。私は女ゆえ王国軍への推薦は難しいが、我が家が抱える私兵に尽力してもらえないか。私に断る理由はなかった。
一新兵から初めて二年が経つ。私は私兵遊撃隊に編入した。文字通り遊撃が仕事である。
シュヴァルツの街の兵舎には年の半分しか居ない。後の半分は領内を単独巡回している。
仲間は皆、私も認める手練ればかりだ。私達は有事の際、伯爵の命をいち早く受けいち早く行動に移す。それが出来る伝達システムと行動力があるのだ。
その日、私は西の果てで馬に乗っていた。この馬は伯爵が整備した伝馬町の馬だ。伝馬とは領内中に張り巡らせた馬のリレー中継組織の事。短距離を馬が全力疾走する事で、人と情報をいち早く街から街へ伝達出来る。伯爵家ご自慢のシステムだ。
西には銅鉱山がある。シュヴァルツ家を支える産業の一つ。ここから運び出される銅で国中の鍛治師が銅製品を作る。それは我がキクスイ王国の有力な産物なのだ。
それ故に私達の重大な巡回箇所である。
その日私は街道を一人進んでいた。相棒はさっき貸して貰った黒毛の馬。
いつもならば西の丘陵地帯に入る街道に関所がある。しかし関所には人気がなかった。
私は抜刀し関所内に侵入した分かった。関所の建物の屋根が破られている。そんな事何が出来る存在はただ一つ。鬼だ。
関所から鉱山町まで馬の脚なら直ぐだ。
しかし私にはそれ以外行けなかった。ある地点までは私も馬も行けたものの、そこから先には強烈な悪意が漂ってくる。死ぬ。はっきりわかった。私と馬はそっと後ずさった。
その時だった。鉱山の方から恐ろしい咆哮が響いた。その声を聞いただけで馬は息絶えた。私は必死で逃げた。何回も転んで何回も立ち上がって、必死で逃げて逃げて逃げて、ようやく伝馬町に逃げ込んだ。
驚く伝馬役人達に鬼の出現を告げた。この伝馬町では近過ぎる。逃げろ、と。
私を騎士と知る一人の若い役人が厩舎から一頭の馬を引いて来た。まずは貴方が伝令を務めねばなりません。私は彼の名を聞く。伯爵に貴方の名は必ず伝える。生きろ逃げろ。
そうやって伝馬を重ねて辿り着いた次の伝馬町。そこは狂人しか居ない町、馬すら狂っていた町、小日向の町だった。
狂人の町を逃げ出した時には陽が落ちた。
私は走った。馬が無いなら次の伝馬町まで私の脚で走るしかない。
でも分かっていた。私は追われてる。ずっと追われている。涙が恐怖で止まらない。鼻水も涎も出るけど気にしている暇はない。私には走るしかない。
そこで気がついた。草原の中に微かな灯りが見える。なんだろう。あれ。
その時私は気がついた。あの灯りに行こう。あの灯りは暖かい。私を救ってくれる灯りだ。それが証拠に涙が止まった。行こう。今すぐに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます