第14話 小日向の街のあの日
私は街に一軒だけある酒場の娘。
小日向の街はいわゆる宿場町。
ただし、脇街道の更に裏道という立地なのでお客さんは少ない。
宿場町とはいえ街に宿屋は一軒。日に1~2組の商人が利用しているだけ。
彼らは私の家にもお金を落としてくれる大切なお客様だ。今朝早く出て行かれた商人さんはこれから囚人の村へ向かうという。
私は多分死ぬまでこの街を離れる事はないだろう。囚人の村とはどんな所なのだろう。
商人さんは楽しみにしている事を隠さなかった。
ちょっと羨ましい。
次の日、ちょっと変わったお客さんが宿屋に宿泊した。お父さんとお嬢さんの親子連れだ。
お父さんがお酒を嗜まない方の様で、酒場に顔を出す事はなかった。
そのかわり、宿屋のご主人と衛兵隊長、そして見かけた事の無い男の人が来店する。
私は知っている。男は初見でもロクでも無い人間だという事を。
私は知っている。小日向の街を旅する旅人が時折行方不明になる事を。
私は知っている。とある組織に私達の街は支配されている事を。
私は知っている。農具を担いで街の外に行く人。農民なのは間違いないが、実は街に出入りする人間を監視・見極めをしている人達である事を。
宿屋も衛兵隊も、そして私の両親も。みんなみんなグルである事を。
翌朝、店の前を掃除していると昨日の親子連れが宿屋から出てきた。
そしてその姿を見つけたお隣さんが衛兵隊詰所まで走って行った。
また何かが起こる。
私は溜息を付き、見たくないものを見なくて済む様に自分の部屋に篭る事にした。
しばらくして大爆音が私の部屋の窓を揺らした。驚いて窓から外を覗くと、大人達からモンスターが出るから近寄るなと厳命されていた西の丘から煙が上がっていた。
何が起こったのだろう。ただただ丘を見つめていると、階下から叫び声が聞こえた。
そっとドアを開けて覗いて見ると、そこには発狂した両親がいた。
私は混乱した。何?何が起こっているの?
何も分からず外に飛び出した。
両親は相変わらず店の中で絶叫しているだけだ。
外でも同じ。街の人が殆ど発狂して何か叫んだり何か歌ったりしながら徘徊している。
私は本能的に恐怖を感じた。
近所の男の子が泣きながら狂った母親に話しかけていた。
見渡すと何人かと子供と、両親からアレは裏切り者だから相手にするなと言われていた農家の一家は正常らしく、道の端でお互い声を掛け合いながら抱き合っていた。
私は男の子に声を掛けて一緒にそっちまで走って行った。
そして私は見た。見てしまった。
私だけでない。小日向の街で正気だった者は全員。南の空に立つ光の柱を。
あれはなんだろう。でも光の柱を見た全員が分かった。あれは途轍も無く尊く、私達を救って下さる優しい意思だという事を。
農家のお父さんが言った。この街は終わりだ、悪しき者は全て滅びた、私達はあの光の元に行く。
正気の者の中で反対する者はいなかった。
街の大勢に従わず差別を受けながら組織に反発した僅かな大人達と正邪の区別がつかなかった子供達は皆正気だった。
私達は親も家族も友達も全て捨て、持てるだけの財産を抱き抱えて幾つかの馬車に分乗し
南に向かい旅立った。
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