5.泡。
合コンに誘われるなんて久しぶりだ。ずっと彼だけを追っていたせいで、誘われてもずっと断っていたけれど、もう断る理由が見つからない。合コンの数合わせで彼が来ていてほしいけれど、恋人ではなく結婚して夫婦になった時点でその可能性はほぼないのだ。
悔しさと寂しさを胸に閉まい、私は玄関の前にある鏡の前に立った。切り揃えたばかりのボブスタイルの髪、レース素材の水色の清楚なワンピース、必要最低限の持ち物しか入らない小さなバッグ。24歳になった私の精一杯なお洒落を改めて見つめると、恥ずかしくなる。気合いを入れすぎているだろうか。
待ち合わせに指定されていたチェーンの居酒屋は、今時っぽくお洒落な雰囲気だった。これなら気軽に入れるけれど、おじさんぽくない。この合コンをセッティングした人はセンスが良いな、と思いつつ、集まっている顔ぶれをチェックする。
おとなしそうにマキシ丈のスカートを着て、眼鏡をかけているけれど実は不倫をしていたことがある彼女は私を誘ってくれた張本人。高校からの友達で、ひさしぶりに連絡をくれたのは以前ファミレスで話していた友達から「加奈子が困ってるから誘ってあげて」と聞いたかららしい。不要な気遣いはありがた迷惑だけど、周りが結婚し始めて少し焦っているところだったからちょうどよかったかもしれない。
その隣にいるのは随分と童顔なのに背が高いという彼。厳格な親に育てられたか、営業部で鍛えられたのか、食べる所作がとても綺麗だ。
その向かいにいるのが私。24歳フリーター。恋に溺れすぎて一回死んだような女。助けを求めているけど、ぶくぶく泡を吐いて沈んでいく。いっそ深くて暗い海の底まで落ちてしまいたい。
なんてことを考えている私の隣にいるのは金というか黄色に染められた髪の毛が目立つ彼。大学生らしいけれど、一度留年しているとかなんとか。私のほうを見てニコニコしてるのは可愛いけど、あいにく年下に興味はないのでスルー。微笑み返すだけ。
そして金髪大学生くんの隣に座っているのは、艶のある黒髪に真っ赤なリップをつけた彼女。顔はこの中で一番整っているけれど、常にむすっとしていて口角があがることがない。と、思いきや男の子に喋りかけられると少し微笑むのできっと策士だ。頭の良い女はモテるのである。
黒髪の彼女の目の前は空席で、元不倫の友達いわく「バイトでちょっと遅れるってー」ということらしかった。
私はどの人もイマイチ好きになれそうになくて、イカのから揚げをレモンサワーで流し込む作業だけを繰り返していた。どうでもいい人たちにはどう思われてもいいのだ。私は今でも、彼のことが、高橋春のことが好きなのだ。そう考えていると涙が出そうになって、またアルコールを身体に流し込んだ。炭酸の気泡が私を開放してくれる。楽しそうに話している周りを見ていると、少し憂鬱な気分になった。早く解散しないかな。
気が付くと思ったよりもアルコールを摂取していて、ひとりで帰ることが難しいくらいには酔っていた。いい歳してこんなに酔っぱらう女、誰がもらってくれるのだろう。悔しくて、本当に少しだけ涙がでた。帰る方向に別れて、自分の恋だけに集中しているみんなには多分気付かれていない。
「大丈夫ですか、加奈子さん」
下の名前を「さん」付けで呼ぶのは高橋春だけだったので驚くと、そこにいたのはこの前のマクドナルドでパンケーキをくれた店員だった。
「え」
「酔いすぎです、やけ酒ですか?」
「なんでここに」
「たまたま呼ばれたんで合コン」
「ふうん」
頭が回らない私の腰に手をまわして「家、どこですか? 送ります」と言っている彼を見つめる。送られて、そのあとはどうするのだろうか。ベッドに沈むのだろうか。いっそ私のことを壊してしまうくらい抱き潰してほしい。今までのことを全部水の泡にして流してほしい。
彼は私をタクシーに乗せると「上石神井のほうにお願いします」と言った。私の最寄り駅を彼がなぜ知っているのか、どうして彼が教えてもいない私の名前を知っていたのか。彼は私に「お水、飲んでください」とチェイサーにペットボトルの天然水を渡してきたけれど、どうして既に開封済みですぐにキャップが空いたのか。渡された水を飲んでいると眠くなったので、タクシーの中で深い眠りについた。
どうやら私は深くて暗い海の底に落ちてしまったらしい。
泡の恋人 鞘村ちえ @tappuri_milk
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