お姉ちゃん ②
――十年前――
「
外と家とのスイッチが曖昧になる車内で、学校と習いごとを終えた私の体は既に家寄りの状態になっていた。ぐったりとしていた部分に触れた
「『も』ってことは、陽愛もピアニストって書いたんだ」
「ええー、どーしよ」
そんなことわたしに訊かれてもな、と思いながらやんわりと陽愛に言った。
「どうしようもないでしょ。それとも陽愛が変える?」
「やだよー。お姉ちゃん変えられない?」
「もう出しちゃったもん。明日もっかい書き直すの、めんどーだよ」
私と陽愛が話していたのは、五時間目の『あなたの将来の夢』という提出物のことだ。もちろん、私はさっさと書いて宿題を進めた。観たいドラマがあったし、陽愛は別のにするだろうと思っていたから、そこまで気を回していなかった。
「やだー」
陽愛が嫌がるのは、それを今週の授業参観で発表するからだろう。
「別にお母さんは気にしないわよ」
運転しているお母さんはミラー越しに目を細めている。そうじゃないんだよー、と陽愛はなんだか泣き出しそうな声でお母さんに返す。
「お姉ちゃんの方がぴあの上手なのみんな知ってるから、はっぴょーするのヤなの」
「えー?みんなって誰?さとるくん?けんじくん?みきちゃん?」
「そうじゃないんだけど。みんなわかるから、陽愛もわかるよ」
「そっか……」
そういうところは聡いなと思いながら窓を見るふりをしつつ、反射して映る陽愛の姿を伺った。私と陽愛は同じ日に同じピアノ教室に通い始めた。けど、陽愛は私が前にやった課題曲の中で、まだ指運びが上手くいっていない箇所がある。私と陽愛が同じ曲を弾けば、素人でもその違いがわかってしまう。私も陽愛のだったら嫌かもしれない。
私たちはいつも周りの視線を集めていた。それは単なる姉妹だからと言うだけでなく、双子だからだ。身長は二人とも百二十二・〇センチメートル。同じ赤いヘアゴム。同じツインテールの髪型。瓜二つの顔、服、靴。
みんな私たちを比べる。けれど大きく傷つくのはいつも陽愛の方だ。痛みを我慢している顔は、双子の私にしかわからない。
でも、私たちの好きなものはバラバラで、私がプリキュアなら陽愛はアンパンマン、メロンならスイカ、鬼ごっこなら隠れんぼ、お絵かきなら絵本。共通しているのは大学芋とピアノだけ。
だから、私が「そうだね」と他の人みたいに同調するわけにはいかない。
だって私は、お姉ちゃんなのだから。
「陽愛、違うよ」
私は陽愛の手を握る。
「陽愛は陽愛だよ。そんな悩む必要ないよ。進みは人それぞれだし、自分で頑張ったって言えれば、他の人の言うことなんて気にしなくていいんだよ」
陽愛の冷たくて細い指が絡みつく。
「それでいつか二人で、わたしたちを比べるやつなんて全員ぎゃふんと言わせよ!」
うん……、と陽愛は小さく答えるが、手には力が宿っていた。
さすがお姉ちゃん、というお母さんからの言葉に私は笑顔を作った。陽愛には見せられない私の本心を隠すためのマスキング。蕾が体の中でふくらんでいく充足感を得つつ、ほくそ笑むような優越感に浸る。私のことをお母さんはお姉ちゃんとは呼ぶけれど、陽愛のことを妹ちゃんとは呼ばない。特別な響きがあるみたいで、私はお姉ちゃんでよかったといつも思う。だから私は頑張れる。
「でもね、陽愛も今日からもっともーっと頑張って、お姉ちゃんよりうまくなるからね!」
私は笑った。表も裏も、そのまた表も笑った。お姉ちゃんも抜かされないように頑張るね、と言いながら、万が一にも陽愛には抜かれまいと小馬鹿にしてた。
でも、もし『万が一』が起こったら、私はどうなるのだろう。この純粋な瞳で夢を謳う陽愛のように私は『あなたの将来の夢』を叶えられるとは思っていなかった。
私がピアノをする理由はもっと即物的な――、
「そんなお二人に一ついいお知らせがありまーす」
お母さんの声が、私の思考を遮るのと同時に、陽愛が体を前に乗り出す。
「はーい!知ってる!今日は大学芋でしょ!」
「せいかーい!」
「「やったー!」」
私たちの声が重なる。お母さんの作る大学芋は私たちの大好物だ。くつくつ笑いながら手を合わせる。
「ターッチ!」
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