不思議と嫌ではないこと。
第7話
熱は昨日に比べて下がった。だからかなり楽になったし自由に動ける。誰もいなくても大丈夫だと言ったのに、やっぱりこの寮の人は優しい。
「恋ちゃん。昼ごはん持ってきたよー。」
おいしそうなお粥を持ってきてくれたのは悠理さん。大学2年生で、大人のお姉さんといった感じだ。今日は大学の授業がない日らしく、何処か行きたいところがあるわけでもないから、と朝から私の部屋に来てくれている。
私としては自分を看病しているよりも、休日としてどこかに出かけたり誰かと過ごす方が彼女にとって有意義だと思って断ったのだが、
「私だって恋ちゃんが心配だよ。」
と困ったように笑われた。
今までは寮の人々が本心でそう思ってくれていると分かっていても、やっぱり人に頼ろうとは思えなかったのだが、昨日思い切り式波さんに頼ってしまったこともあって何かが自分の中で変わった。
昨日、式波さんに迷惑をかけたということはやっぱり変わらないと思う。でも式波さんは昨日私が背負ってもらった時や薬を探してもらった時、ホッとした雰囲気を見せた。
うまく説明するのは難しいけど自分はもしかしたら、自分で思うよりも他人に気をかけてもらっていて、その気遣いを断ることはもしかしてそれに甘えることよりも相手を傷つけていたのかもしれないと思ったのだ。
だから今日は
「ありがとうございます。」
といってお言葉に甘えてみることにした。そしたら悠理さんは今よりも笑ってくれたりするだろうか。
今まで私はそういう返しをすることがなかったから、悠理さんはびっくりしたような顔をしたけど、すぐに優しい顔をして何も言わずに私の頭を撫でた。
で、今に至る。30分ほど前に、
「お昼ご飯作ってくるね。」
といって部屋を抜けた悠理さんが帰ってきた。手にはお盆を持っていて、お粥の入った皿がふたつと飲み物が載っている。
私は体を起こし、ベッド脇のテーブルに置いてあったスポーツドリンクや薬の袋、コップなどを端っこにきれいに寄せた。悠理さんは、テーブルにお盆を置いてベッドの端においてあったクッションを一つとってそこに座る。それからスプーンとおかゆの入った皿を私に渡してくれた。
「はい、どうぞ。自分で食べれる?」
「はい。ありがとうございます。」
「いいのよ。寮生活の特権はこういう時にあるんだから活用しなくちゃ。それじゃ、たべようか。いただきます。」
「頂きます。」
まだ熱いから冷まして食べてね、と忠告してくれた悠理さんに礼を言いつつフーフーと息を吹きかけて冷まし、パクリと一口。
「…おいしい。」
少し塩っ気がある優しい味の卵粥。柔らかいお米に卵が絡んでとても美味しい。私が正直な感想を漏らすと、悠理さんは少しホッとした様子で
「それは良かった。」
と笑ってくれた。
自分なんかのために動いてくれるのは申し訳ない。その気持ちはあまり変わってはいないけれど、自分の言葉で笑ってくれる人がいることはとてもうれしく思う。
一口、また一口と自分でも驚くぐらいスプーンを運ぶ手が止まらなかった。お米の一粒も残さずに綺麗に食べてから、お盆に乗っていた麦茶を一気に飲んで
「ごちそうさまでした。」
と言うと、悠理さんは
「お粗末様でした。」
とまた笑って、お盆に空の容器を載せて部屋を出て行った。その後姿を見ながらまた布団に潜り込み軽く目をつむる。
私は小さいころから病弱で、ベッドの中にいることが多かった。けど、幼稚園の頃はそれがあまりひどくなかったからよく外に遊びに行ったことを覚えている。調子を悪くしてベッドに入ると大体そのことを思い出す。その後風邪をひいたりすることもあったけどそれはそれでいい思い出だった。
遊ぶ時はほとんどは公園か家で遊んでいた。全体的にほぼ覚えていることはないけどそのことくらいは覚えている。
私はあの頃誰と、何をして遊んでいたのだろう…
…
…
「あ、起きた?」
開いたカーテンから夕陽のオレンジの光が差し込んでくる。それが少し眩しくて、思わず目を細めた。
「はい…。今何時ですか?」
本を読んでいた悠理さんは目を上げてちらりと学習机の隣にかけられた時計を見た。
「17時かな。ぐっすりだね。」
17時。ということは、ご飯を食べた17時から約5時間寝ていたということか。ずいぶん長いこと寝ていたものだ。その間悠理さんはずっとここにいたのだろうか。
「そうですね…。かなり寝ました。」
私が自分のことなのに他人ごとのように言ったからか、悠理さんは少し笑った。
「悠理さんはずっとここにいたんですか?」
「そうだね…。リビングで家事をしたりもしたけど大体はここで課題をしたり本を読んだりしていたよ。」
「そうだったんですか…。あの、今日は…ありがとうございます。」
そういった私の顔を見て悠理さんは無造作に頬を手で挟んだ。
「…ん?」
「そんな顔しなくてもさ…この時間は私にとって有意義な時間だったんだよ?」
と少し真剣な顔で言った。それからふわりと笑った。
「明日からは学校行けそう?」
「はい。…熱もだいぶ下がってきましたし。」
「新しいクラスはどんな感じ?私はもう、中学卒業してずいぶん経つから中学のイメージ薄れてきちゃった。」
先輩にとってはもう五年前のことになるのか。私も五年前のことは曖昧だな、と思いながらどういう風に説明すればいいか言葉を選ぶ。
「そうですね…。今までとそんなに変わりませんが…良くしてくれる人ができました。」
「良くしてくれる人?」
「えぇ。…昨日で話したのは二回目なのにすごくフレンドリーな人です。…昨日は助けてもらったんです。」
それから私は昨日の私と矢神のことを話した。教室で話しかけられたことや、昼ごはんを一緒に食べたこと、それからここに運んでもらったことも。
「昨日…は私遅くに帰ってきたから知らなかったや。そんなことがあったんだね。」
「はい。中三は今までよりも楽しくなるかもしれないと思います。」
「…よかったね。これから先もっと楽しいことが増えるよ。」
と悠理さんが楽しそうにしている。
トントン。
私たちが話をしていると、部屋のドアを誰ががノックした。
「はーい。どなたですか?」
私が尋ねると、
「冬見だけど。大学から帰ったら寮の前で、女の子と会ってさ。矢神に用があるっていうから連れてきたんだけど、入って良い?」
用がある女の子…一体誰だろうか。昨日の今日で言えば矢神さんくらいしか思いつかない。もし式波さんだったら申し訳ないと思う。
「どうぞ。」
ガチャリ。
入ってきたのはやはり式波さんだった。少し困ったようにきまり悪そうに笑っている。そんな姿も綺麗でさすが王子様だ、と思う。
彼女の顔を見て、思った。彼女に昨日は面倒を見てもらって、今日だって多分だけど会いに来てくれたのだろう。式波さんには迷惑をかけてばかりだ。
これからだって彼女に迷惑をかけることがあるかもしれない。
それなのに私は何も返すことができない。今も、きっとこれからも。
彼女がくれた優しさも、温かさも、私は彼女に何も与えることはできない。
朝の都合の良い解釈はどこへ行ったのかと思うくらい今の私は自分の可能性というものをわかっていた。やっぱり自分には彼女の笑顔に、寮生の優しさに、見合う何かを差し出せない。
昔から自分に近づいても損をするだけだということは自分が一番知っている。
それなのに、式波さんが来てくれたことをこんなにも嬉しく思う私がいる。
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