第6話
「ただいま」といったところで別に返事が返ってくるわけではない。それが今日だけというわけでもない。
夜ご飯は、冷蔵庫に入っていた野菜と肉を炒めた。それからご飯を炊いて食べた。味はいつも通りだった。
家庭科の授業で習った料理ぐらいしか作れないので、その辺の料理と同じくらいの難易度のものをローテーションしている。私にとってご飯というのは栄養を摂るために食べる必要があるというだけで、美味しいだとか不味いだとかということはあまり関係がない。
ご飯を食べた後はお風呂に入った。風呂とはいってもシャワーだが、この暖かくなりかけの季節にはちょうど良い。髪を洗って、顔を洗って、体を洗って、風呂場を出る。ここまででおよそ15分。シャツとハーフパンツを着て、髪を乾かすかどうか少し迷った。…が、今日はきちんとしたい気分だったのでリビングでドライヤーを使って髪を乾かした。
冷蔵庫に入っていた牛乳を取り出してコップに注ぐ。それを一気飲みすると感じていたもやもやは少し晴れた。
人は誰しも何かしらの事情を抱えているものだ。しかし、それが特別なものだとは限らない。
私の家は、放任主義だ。母は仕事が大好きな人間で、ほぼ年中海外を飛び回っていてめったに家には帰ってこない。姉は家にいるときもあればいない時もあるが、空気のように関係性が希薄だ。父は私たち家族に干渉せず、家の地下に作った居住スペースでずっと小説を書いている。仲が悪いというわけではないけど家族で何かをするということはほとんどない。そのくせ変なところで干渉してきたりするから嫌いではないけど積極的にかかわろうとも思えない。
そのため誰かとご飯を食べるということはめったにあることではない。本当は今日、寮で食べて帰りたかったのだが、帰らざるを得なかったのはあれのせいだ。
…そろそろか。
「ピンポーン。」
一応インターホンを確認する。配達業者だ。
「はーい。今でまーす。」
ドアを開けると、配達員のお姉さんの姿があった。荷物にハンコを押して、お姉さんに「ありがとうございます」と告げてまた家に戻る。
包みの宛先は姉の
と、いってもこの荷物の中身がなんであるかを私は知らない。一、二週間前から、李央が『荷物家に送るから受け取って。』だの『お願い。私の人生かかってる』だのうっとうしくメールが送りつけてきていて、面倒くさいのでスルーしていたらものすごい件数になっていた。仕方ないので『分かったから。』と返して了承してしまっただけだ。
いつも家にいる時間帯のことだからそこまでかたくなに断るような話でもない。そういうわけだから、荷物の内容も知らなければ、本当に彼女の人生を左右するようなものなのかもよく分からない。ついでになぜ自分で受け取れないのかも知らない。
ただ『4月6日22時に届くようにしておくから』というメールにバカ正直に従ってしまっただけ。
送られてきた箱はなんの変哲もない茶色いダンボールで、大層なものが入っているようには見えなかった。こんな荷物のために折角の誘い断ったのだと思うと何だか拍子抜けしてしまった。
「…寝よ。」
馬鹿馬鹿しくなって歯を磨き、自室に入り布団に潜り込んだ。
目を瞑ると、久しぶりに再会した幼馴染の顔やクラスメイト達、寮であった人たちの顔が浮かんでは消えた。そういう楽しかった出来事のことを考えているうちに私はいつの間にか眠りについていた。
「おはよう。」
教室に入ると、友人たちが駆け寄ってきたので挨拶をする。渚と、柚希、雫、有紀は去年よく一緒に行動していた友人だ。4人とも頭がいいので、特進クラス制度を利用できるものとして今年も同じクラスになった。
「ねえねえ、柊!昨日矢神さんと話してたよね。どんな子だった?」
渚が待ちきれないといった様子で興奮気味に話しかけてくる。取り敢えずと自分の机に寄りながら矢神の席のほうへ目を向けるとそこは空席だった。あいにくまだ来てはいないらしい。昨日の風邪は長引いているのかもしれない。
私は席に着いてから、返事を待っている渚にどう返したもんか考えた。
彼女について話すのは少し難しいことだ、と思う。はっきり言って優しいとは言えないし、どちらかといえば素っ気ないほう。でも彼女としてはおそらくだいぶ頑張ってくれたというか、調子が悪くてそうせざるを得なかったのかもしれないけど。だからどんな子、という説明には少しそっけないけどいい子、と答えるのが妥当かな。
長考の末私は、
「少しそっけないところがあるけどすごく良い子だった。」
と答えておいた。すると渚はさらに、
「なんかやっぱり面白そう!!今日来たら話しかけてみるね。」
といって花が開くようなまぶしい笑顔を見せた。
「浮かれすぎ、渚。矢神さん引いちゃうよ。」
そして、そんな彼女には暴走を止めるストッパー役がいる。
「あ、そうだ。柊、宿題見せてくれない?忘れた。」
そんな二人の会話を横目に見ながらヘラリと笑ってお願い、と手を合わせてくるのはこの中で一番の怠け者。
「おいバカ。宿題は自分でやるものだろ。」
案の定私たちの様子を見ていた柚希が有紀に軽くデコピンをした。
ちなみに先程の彼女のデコピンは有紀が座っていたから可能だったものである。
「痛いじゃん。柚希」
有紀はヘラヘラと笑いながら額を抑える。そんなに痛くなさそうだ。
「そーだ。今日ママがさぁ、お昼ご飯サンドイッチにしてくれたんだって!今から楽しみなんだぁ。」
渚がニコニコと笑って言う。肩が一瞬強張ったのを自分でも感じる。どうにも家族の話題は苦手だ。ただの雑談の一環なのだから、そう気にするような事ではない。最近家族と会ってない家なんてザラにあるはずだ。そう思ってなんとか普通に笑っても、先程の動揺は隠しきれていないみたいだった。
「柊、どーかしたの?」
渚が純粋な瞳で私のことを覗き込む。その大きくて綺麗な瞳を見て、改めて認識する。
私はやっぱり怖いのだ。家族仲の良い彼女らに自分の家族のことを話して、その瞳に同情の色を浮かばせることが。だから私は今日も
「ううん。何でもないよ。」
笑ってそう答える。
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