第6話―光の下に立ったバケモノたち―
文化祭が終わり、1週間がたった。
あの時の私は熱中症で意識を失ってしまったが、大事に至らなかった。
病院に運ばれたが点滴を打つだけで済んだ。
爆弾だが、最後の一つは屋上にあった。それを高藤があと少しのところで上空に投げ、爆発。
幸いケガ人も無く、爆発もサプライズの花火だということで片が付いた。
多分そこには沢城組が圧を加えたのではないか、と思うが何も言うまい。
そして私たちと言えば、勝手に校庭を占拠しライブをしたことから1週間の補習の罰を受けた。
その罰も今日で終わり、私は凪とともにショッピングモール内のカフェに来ていた。
謹慎中に凪と訪れたカフェだ。
あの頃が懐かしく思えるほど、今の私たちは変化していた。
「はぁ……真弓ちゃんも純菜ちゃんも来ればよかったのに」
「あの二人は明日から家族旅行なんだから仕方ないって。色々準備がいるんだろう」
「それはわかってるけど……」
真弓は家族と、純菜は組のみんな、ある意味家族での旅行があると先に帰ってしまった。
残された私たちはそのまま帰るのも惜しく、恋人みたくショッピングデートをしようとなった。
「まったく……外はいつまでたっても暑いな」
「過去最高の暑さなんだって」
「毎年過去最高更新してるって」
凪は文句を垂れながら、運ばれたジュースをグイっと飲み干した。
「ふぅ……生き返る」
「なんだかおじさんみたいだよ」
「うるさいっての」
それからは他愛もない話で盛り上がった。
私たちはあのキスから進展がない。それでもよかった。
今この時間が愛おしいから。
「それじゃそろそろ出ましょうか」
「そうだね」
会計を済ませ、私たちはまずモール内のCDショップへ。
そこで新譜を物色しながら音楽談議に花を咲かせている時だった。
「あの、キャンベラさんですよね?」
突然声をかけられ振り向くと、私と同じ年くらいの女の子がそこにいた。
「えっと……誰?」
「あ、ごめんなさい……私、キャンベラさんと同じ学校で……この前のライブ見ました! すごかったです!」
見ると彼女は他にも友達がいたようで、気付けば私は取り囲まれていた。
「私、あのライブ見て洋楽に興味持って……」
「マイケミすごくかっこよかったです! ジェラルド様……」
「キャンベラさん! SNSのID交換しましょう!」
「ま、待って待って。一気に話されてもわからないから」
私は助けを求めるように凪を見た。
しかし彼女は肩をすかし、興味なさげにそっぽを向いてしまった。
拗ねてしまったのだろうか。
だが、そんな凪の元にも彼女らはたかっていく。
「榎本さんもすっごくかっこよかったよ!」
「クールな榎本さん、素敵でした!」
「DJやってみたいって思いました!」
「あぁもう! 囲むな、うざい! マリナ!」
凪が差し伸べてきた手を取り、彼女を連れて逃げる。
ショッピングモールを出て振り返る。彼女らはついてきていないようだ。
「はぁはぁ……あれって何だったの?」
「あたしたちの、ファン……?」
「ファン……あの子たちが私たちを認めてくれた?」
「まぁそうかもね。ただ、騒がしいったらありゃしないけどさ」
その日は結局解散となり、お互い家に帰った。
それから夏休みが終わるまで、凪も、それに今はいない二人にも会うことはなかった。
ライブが終わり、休憩したかったのだろうか。なんにしろ、彼女たちに自分から連絡しようという気は起きなかった。
夏休みが終わり、学校が始まる。
9月に入ったというのに厳しい残暑だ。しかしまたもう一度凪たちと会えると思うとこんな暑さもへっちゃらだ。
休みが終われば彼女たちに会いたい気持ちも高まっていた。また楽しく過ごしたい、そう思えた。
しかしそんな私の前に、またもファンを自称する子たちが現れた。
彼女たちを無碍に扱うわけにもいかず、話しているうちに次第に仲良くなっていった。
気が付けばファンの子たちとともに校門へ着いてしまう。
みんなと過ごしていればあっという間だった。
教室でも私のファンは大勢いた。彼女たちに取り囲まれ、私は身動きが取れない。
ちらりと凪の姿が見えた。が、彼女もまた、ファンに囲まれて鬱陶しそうな顔を浮かべてはいたが、案外嫌そうではなかった。
この様子から考えると、真弓たちも囲まれていることだろう。
「ねぇ、キャンベラさん。放課後一緒に遊びに行かない? カラオケとかどう? キャンベラさんの歌、また聞きたいな」
「あ、私も聞きたい! ねぇ、カラオケ行こうよ!」
「え? う~ん……じゃあ、行こうか」
私は一瞬考えたが、彼女たちとカラオケに行くことに。
これが凪たちのためになる。ファンの中には凪たちを受け入れ、友達になってくれる人がいるだろう。
いつまでもバケモノ同士、傷を舐めあっていてはいけないのだ。
そう思うと、夏休み中彼女たちに会う気にならなかった理由にも説明がつく。
私たちバケモノは光の下へと這い出した。お互いを慰めあうように闇の中で生きるのは終わりになったのだ。
だから私たちはこれからは光の下、普通の人たちと同じように普通に生きる。
それでいいのだ。
「……本当に?」
私は周りに聞こえないように小さく呟いた。
その言葉は答えを出すことなく、宙に霧散していった。
さらに2週間が経過した。
私の周りには友達ができた。もちろん、凪たちの周りにも、だ。
彼女たちの身体や心を理解して、それでも友達になってくれる人がいたのだ。
放課後は毎日友達と遊ぶ。
ショッピングをしたり、ファストフード店でおしゃべりしたり、カラオケに行ったり。
それは夢にまで見たJKとしての生活。
満たされた生活、それなのになぜか私の心は空っぽになったみたいに虚しい。
皆が楽しんでいる姿を、まるで劇場のスクリーンでも眺めるみたいに遠くから見ている自分がいる。
自分はあくまで観客だ、彼女たちとは違う世界で生きている、と言わんばかりに。
「ねぇ、マリナさん。今日はどこに遊びに行く?」
「……」
私はこれでいいのだろうか。
「マリナさん、聞いてる?」
「……」
本当に幸せなのだろうか。
「マリナさん?」
「……ごめん、今日は用事があるから」
私はそれだけ言うと足早に家へ帰った。
そして部屋に横たわっていた相棒のベースを抱え上げた。
ケースにはうっすらと埃が積もっている。まったく触っていなかった証拠だ。
「ごめんね。私にはやっぱり、こっちの方が性に合う」
私はそれを担いで、足早に学校へ向かった。
涼しい風が頬を撫ぜていく。
心地よい風だ。まるで私を誘っているみたい。
「はぁはぁ……」
急いでいたせいで息が上がる。額には汗が滲む。
私はそれを拭うと、今度は階段を駆け上がった。
夕暮れに染まる階段、その先、校舎の中で一番天に近い場所、屋上へ。
「真弓ちゃん! 凪ちゃん! 純菜ちゃん!」
屋上へ到着し、叫んだ。
私と同じバケモノの名前を。しかし彼女たちの返事はない。
「……そりゃそうか。みんな、友達と過ごす方がいいもんね……」
そう呟いた時、屋上にギターの音が響き渡った。
「この曲……アジカンのリライト!」
あの日と同じ、リライトの音色が私の鼓膜を震わせた。
私は音のする方へ眼を向けた。
「マリナさん、お帰り」
「真弓ちゃん……」
そこには真弓がいた。彼女はにっこりとほほ笑み、引き続きギターを鳴らした。
「ふぅん……やっぱりみんなここに来たってわけね」
「あーしたちはどうしようもない、バケモノでござるな」
その音に引かれるかのように、彼女たちも屋上に姿を現した。
「凪ちゃん……純菜ちゃん……」
「マリナ、やっぱりあたし、あいつらとは無理だわ。普通の人って空っぽなんだって改めて思ったよ。だからあたしは、こっち側に戻る。空っぽの奴らに埋もれて楽しく過ごすより、バケモノと呼ばれようが大事な仲間と一緒に過ごす方が大事だわ」
「うわぁ……凪殿、恥ずかしいセリフでござるね」
「あんたもここに来る途中同じようなこと言ってたでしょう!?」
「さぁ? 何のことだかわからないでござるね」
「あはは……二人とも、ケンカはそれくらいにして……」
「みんな、帰ってきたんだ……」
いつもの日常が、帰ってきた。ジワリ、目頭が熱くなるのを感じる。
私たちが本当に成し遂げたかったもの、それは光の下へ這い出ることではなかった。
「The/Freak/MonsterZの復活だ!」
仲間たちと一緒にバンドをやりながら、毎日を楽しく過ごすこと。それが私たちの求めていたものだった。
夕闇が私たちの姿を照らし出す。
どうしようもないバケモノの姿、しかしそれは初めて出会った時のような醜いものではない。
さなぎから孵化した蝶のように、美しく、空へ羽ばたこうとする姿だ。
「ステージデビューの次はどうするでござるか、マリナ殿?」
「マリナさん、ボクたちは次に何を目指すの?」
「マリナ、言ってやりなさい。あんたがやりたいことを」
「次はCDを出すわよ! 純菜ちゃんは組の人にスタジオ押さえてもらって! 凪ちゃんは曲を書いて! 私と真弓ちゃんはボーカルトレーニングよ! これからまた忙しくなるからね!」
私たちは羽ばたく。
たとえ闇の中でもいい。光の下に出なくてもいい。
この仲間たちとなら、どこへだって行ける。
そう信じて、飛び立つのだ。
The/Freak/MonsterZ 木根間鉄男 @light4365
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