第5話―ステージ乗っ取り作戦―

 謹慎期間は解け、私は学校へと向かういつもの通学路を歩いていた。

 たった1週間行かなかっただけで、この風景がどこか懐かしい。

 騒がしい学生たちの群れに紛れるように歩いていると、遠くで凪を見つけた。

「凪ちゃん……」

 彼女に話しかけようかどうか一瞬迷ってしまう。

 少し前に恋人になったばかりだからか、少し気恥しい。

 するとそんな私の視線を感じてか、凪が振り返った。こちらを見つけ、走り寄ってくる。

「おはよ、マリナ」

「あ、おはよう、凪ちゃん……」

「元気ない? もしかして久々に学校行くのだるいとか?」

「違うけど」

「あっそ。じゃ、あれだ。あたしとどう接したらいいか迷ってるんだ」

 見透かされていた。私は恥ずかしくなり、彼女から視線を外す。

 しかし彼女はにんまりと笑いながら、私の視線の先についてくる。

「ふふ、いいよ、そんなの気にしなくて。いつも通りでいいから。あたし、そんなに気にしないし」

「いいの? 私たち、恋人同士だよ?」

「だからって四六時中イチャイチャするわけじゃない。そういうのはオンとオフが大事なわけ。だから二人っきりになったらその時は、ね?」

 覚悟しておけ、とでも言わんばかりにニマニマと笑う凪。どうやら私はとんでもない子を彼女にしてしまったらしい。

「あ、二人とも。おはよう」

 と、私たちの会話に割って入ってきたのは真弓だ。普段通り女の子の格好で可愛らしい。

「真弓ちゃん、大丈夫だった?」

「お父さんのこと? うん、大丈夫だよ。ちゃんと話し合って解決したから。これも全部二人のおかげ」

「そっか、よかった」

 それを聞き、私たち二人はほっと胸を撫で下ろした。

 休みの間、真弓のことが気になっていた。それが喉に刺さった小骨が取れたみたいにスッキリとした。

「みんな何話してるでござるか? あーし抜きで盛り上がってもらっちゃ困るでござるよ!」

 と、純菜もやってきた。

「純菜ちゃん? 組のほうはもう大丈夫なの?」

「父さまがばっちり収めてくれたでござる! だからまたあーしの家に来てもらっても大丈夫でござるよ」

「よかった……」

 純菜も大ごとにならずによかった、と私はほっと一息。

「もー、朝からしんみりする場面じゃないでござるよ! 一日はまだ始まったばかりでござる!」

「ったく……純菜は朝から騒がしいな……前より一層そう感じる」

「凪殿は相変わらず根暗……って今あーしの名前!?」

「何よ、呼んじゃダメって?」

「い、いや、そうじゃないでござるが……まさか明日は真夏なのに雪が降るとかそういうのは無しでござるよ」

「人がせっかく名前で呼んでやったのに……苗字に戻すわよ」

「ごめんでござる! 今の無し! 無しでござる!」

「ほんっと純菜って騒がしい……」

 なんて言っているが凪は嬉しそうにはにかんでいる。

「凪さん、嬉しそうですね。それに前よりも明るくなって……変わってるんですね、凪さんも」

「そういう真弓ちゃんだって、変わってる。純菜ちゃんも私も、変わっていってるんだよ」

 そう、私たちは目の前の壁を壊して、変わっていくのだ。その先で何があるか、まだわからないが。

 私たちは、成長していくのだ。

「あ~あ、問題児たちが帰ってきた」

 校門にたどり着くなり、うんざりしたようなそんな声が私たちを出迎えた。

 塔山だ。

 うんざりしたいのはこちらの方。彼女の声を聞くだけで朝から気分が落ち込んでしまいそう。

「この学校にあなたたちの居場所は無いわよ。前よりも、ね」

 彼女のその言葉で、私はハッと気が付いた。

 周りからの視線が、前とは違うことに。

 前はただ煙たがられていただけだった、特に害はない。

 しかし今はどうだ。

周りの目が、まるで怪物でも見るかのように、恐れを帯びた、そして敵意を孕むものに変わっているではないか。

「あなたたちは生徒会にケンカを売った。その結果、謹慎処分になった危ない人たちと周りに思われてしまった。ま、危ない人って言うのは間違ってないんだけれども」

 私は周りを見渡す。誰も私と目を合わせようとしない。

 もし目があっても、ばつが悪そうに目を伏せられてしまった。

「塔山……」

「言っておくけど私は何もしていない。そういう評価を受けた、あなたたちのせい」

「マリナ、あんな奴無視していこう」

「そうだよ、マリナさん……あんな人、かまう必要ない」

「でござるな。反論したら逆につけあがるでござるよ。ここは無視でござる」

「みんな……そうだね、行こう」

 私たちは彼女の横を通り抜け、校舎へ向かう。

 私たちの後ろで、塔山はまだ何か言っていた。

 しかしそれを無視する。周りの視線も、無視だ。

 みんながいればこんな視線痛くない。

 それに、これだけの逆境だ、覆してみたくもなる。

「みんな、あいつら、絶対見返そうね」

 凪たちは何も言わない。しかし唇の端を不敵に吊り上げ、それに応える。

 私たちもその気だ、と。言葉にしなくてもわかる。

「じゃ、昼休み、屋上で。作戦会議よ」


 そして昼休み、私たちは屋上へ集まった。

 相変わらずの暑さであるが、みんな文句も言わずに集まってくれた。

 暑さへの不満よりも、世界そのものに対しての不満をぶつけたい、そう願っているからだ。

 彼女たちの前で私は考えていた作戦を披露した。

「ステージ乗っ取り作戦をやるわよ!」

「ステージ乗っ取り作戦でござるか?」

「それって名前の通り……」

「そう! ステージに立てないなら無理やり立てばいい! 私たちがステージを乗っ取るのよ!」

「なんていうか……シンプルだね、うん」

 私の考えに、皆はう~んと唸り考えている。

 考える余地などあるだろうか?

「まぁ、いいんじゃない、それで」

 はじめに口を開いたのは凪だった。

 彼女は深く頷き、私の手を握った。

「多分考えてもこれ以上良い案は浮かばないし、あたしは乗った」

 凪に続き、純菜も私の手を握ってきた。

「あーしも賛成でござる。とにかく今は、やれることをやってみるでござるよ」

 そして真弓も、手を握る。

「ボクも賛成。結果を考えても仕方ないよね。それにボクたちには失うものは何もないし」

「みんな……」

 私はみんなの顔を見る。

 彼女たちは一つのゴールを見定め、熱がこもっている。

 初めて会った時のような、諦めたバケモノはそこにはいない。

 なんとしてでも光の下に這い出てやる、そんな意地を感じた。

「よし! じゃあみんな! ステージ乗っ取り作戦、絶対成功させようね!」

「マリナ、違うわよ」

「え?」

「成功させるのは作戦じゃない、ステージ自体よ!」

『おー!』

 皆の勢いのある声音が、屋上から高い空へと響き渡った。

「それにしてもさ……ボク、思ったんだけど、どうやって乗っ取るの? 機材とかの用意もあるし……ゲリラ的にやるにしても難しくないかな?」

 と、心配そうに言う真弓。しかし案ずるなかれだ。

 とうにそんな心配は考えている。

「純菜ちゃんのとこの組員さん、何人か手伝ってもらえないかな?」

 彼女は私の言葉にピン、と来たようでにやり笑い、頷いた。

「なるほどでござるな。うちのみんなに機材のセッティングをやらせるんでござるね」

「そう。私たちがステージを乗っ取ってるゴタゴタの後ろで色々やってもらいたいんだけど」

「当日には父兄もたくさん来るし、紛れ込めるってわけね」

「そういうことなら大歓迎でござる! みんなにセッティングの仕方を教え込んでおくでござるよ! 当日には5分で仕上げてみせるでござる」

「ありがとう、純菜ちゃん」

 私たちの味方が完全に0じゃなくてよかった。彼女の組員たちが味方なら心強い。

「で、当日は何を演奏するでござるか?」

「私が考えてるのは、それぞれが好きな曲を一曲ずつやろうかなって。私、どうしてもやりたい曲があって」

「あたしもやってみたい曲あるんだけど。ステージに立つならって作ってた曲」

「オリジナル曲でござるか! やってみたいでござるなぁ……」

「でもボク、みんなの好きな曲もやってみたいな」

「両方やっても全部で5曲。20~30分くらいで収まるかな。学園祭のライブだし、これくらいが妥当な長さだと思う」

「それじゃ時間もないし、今日の放課後から練習開始するよ! みんなはまず、やりたい曲決めてきてね!」

 こうして私たちはステージに向けての意志を固めた。

 バケモノとして迫害された私たち、そんな私たちが光を求めて飛び立とうとしている。

 文化祭まであと2週間。

 その期間は長いようで、私たちには瞬間のようにあっという間にすぎていった。


 気が付けば学園祭当日となっていた。

 夏は真っ盛り、カンカン照りの日差しが鬱陶しいくらい。

 しかしそんな熱気などお構いなしに、学園には人が集まってくる。

 私たちの学校だけでなく、一緒に学園祭を開く他校の生徒たちも、その父兄も、近隣の人たちも、皆が集まっている。

 そして模擬店や体育館でのステージを楽しんでいる。

「はぁ……ドキドキするなぁ……」

 時刻は13時、ステージを乗っ取る予定時刻まであと2時間。

 刻々と迫る時間と比例するように私の胸は緊張でドキドキと高まっていた。

「マリナ殿は緊張しすぎでござるよ。もっと肩の力を抜くでござる」

 そう言って純菜は右手に持っていた綿あめを食んだ。

 次に左手のフランクフルトを齧り、また綿あめへと戻る。

 そしてそれに飽きれば、背に引き連れた高藤からたこ焼きのパックを受け取り、一つ口に放り込んだ。

「あふあふ……マリナ殿も一つどうでござる? アツアツのうちに食べるでござる」

「純菜ちゃんは気を抜きすぎだよ……」

「ま、でもそれくらい気を抜いたほうがいいよ、マリナ」

 そう言った凪はひょい、とたこ焼きを一つ口に放り込んだ。そして熱そうな素振りなど一つも見せずに、ゴクリ、と飲み込んでしまう。

「それあーしのでござるよ!」

「マリナにあげようとしてたじゃない」

「あーしはマリナ殿にあげたんでござる! 凪殿にはあげてないでござるから!」

「マリナが食べないならあたしがもらっても別にいいんじゃない?」

「まぁまぁ、二人とも、ケンカはだめだよ……ほら、純菜さん。ボクのたこ焼き一つあげますから」

「いいでござるよ、真弓殿」

「あっそ。じゃ、あたしが」

 そう言って真弓のたこ焼きも食べてしまう凪。

 たこ焼き程度でバカ騒ぎできる彼女たちが羨ましい。いや、もしかすると緊張を紛らわせるためにわざとこんなに騒いでいるのかもしれない。

「はぁ……マリナ、そんな辛気臭い顔しないで。緊張してるならトイレでも行こう」

「え? 私は別に……」

「いいからいいから。じゃ、ちょっとトイレに行ってくるから、適当に見て回っててよ。時間近くなったらSNSで連絡するから」

 そうして私は無理やりトイレへ連れていかれた。

 と、思っていたのだが。

「あれ? 凪ちゃん、トイレはあっち……」

「は? 本気でトイレ行くと思った?」

 私が連れていかれているのは人通りが少ない実習棟だ。

 出し物も何もなく、通る人もいない実習棟の廊下を凪に連れられて歩く。

 そして地学準備室へと連れ込まれてしまった。

 古臭い地図や教科書が所狭しと置かれる部屋は埃っぽく、少しカビ臭い。

 誰かに管理されている、という形跡もない。多分学期終わりの大掃除の時くらいしか掃除されていないのだろう。

「えっと……凪ちゃん、こんなところに、どうしたの?」

 彼女は扉を閉めて、こちらを向いた。鋭い瞳がこちらを睨むが、頬はなぜか少し赤らんでいる。

「どうしたもこうしたもないっての。あんたがしっかりしてくれないと、こっちが困るんだから」

「え?」

「あんたはあたしたちのリーダーよ。そんなあんたが緊張でビビってたらざまぁないって話」

「ま、まぁ、そうだよね……うん……」

 そうだ、私はみんなを連れて行かねばならない。それなのに緊張でビビっていては仕方ない。

 彼女はわざわざ私にそれを気づかせようとしていたのか。

 しかし緊張など簡単にほぐれるものではないことも確かだ。

「でも私、やっぱりちょっと怖くて……あんなに練習したのに、失敗したらどうしようって……」

 彼女はそれを聞くと大きな溜め息を漏らした。

「はぁ……あんたね、失敗をフォローするのがあたしたちよ。逆にあたしたちの失敗をあんたがカバーする。そのための仲間でしょう?」

「……そうだね」

 私はそんな簡単なことも失念していたのか。

 思わず恥ずかしくなってしまう。

「ま、あんたがそんなことに気付かないくらい緊張してるってわけね。それならそれを上書きするくらいの刺激をあげなくちゃだめよね?」

「そ、それって……」

 彼女が一歩、また一歩と近づいてくる。

 私は彼女が近付くたびに、一歩後退る。

 しかし背後にあった机に退路を断たれてしまう。それでも彼女から逃れようと思わず机に背を預け、倒れこんでしまった。

「マリナ、それってまさか誘ってる?」

「ち、違うよ……その……気付いたらこうなってた」

 そんな私に凪が覆い被さってきた。傍から見れば私は押し倒されたみたいに見えるのだろう。

「マリナ、いいよね?」

 凪の顔が近付いてくる。やけに熱っぽい瞳を潤ませ、息も上気している。

「ちょっと待って! まだ心の準備が」

「あたしは我慢の限界。だってマリナってばずっと練習ばっかりであたしにかまってくれなかったでしょ?」

「それは、まぁ確かに」

 そう、この2週間ずっと練習ばかりで凪と恋人らしいことは何一つできていなかった。

「あたしね、自分が思ってたよりも欲張りでわがままみたい……だからマリナが欲しくってたまらなくなってる……」

「凪ちゃん……」

 ゆらゆらと揺れる凪の瞳が私を捉えて離さない。彼女の熱にあてられたせいか、私の身体が火照ってくる。

 この熱を冷ましてくれるのは凪だけだ、本能がそう叫んでいる。

「いいよね、マリナ……キス、するよ?」

「……いいよ。私も凪ちゃんが、欲しいから」

 頬が熱い、息が苦しい。私は縋るように凪を見た。

 彼女も私と同じみたいで苦しそう。

「マリナ、好き……」

 彼女は呟き、私に顔を近付けてきた。

 ゆっくりと迫る凪の顔、その唇。ぷるりと柔らかそうなそれがだんだんと近付いてきて、私の唇を奪った。

「凪ちゃ……」

 チュッと軽く口づけをする。しかしそれだけでは治まるはずがなかった。

 今度は長く、口づけをする。お互いの唇の感触を味わうみたいに。

 凪の匂いがする。石鹸みたいな良い匂いの奥に、ツン、と汗のような酸っぱさが混じっている。

 しかし不快ではない。愛する人の匂いなのだ、嫌いになれるはずがなかった。

「マリナ……あたし、我慢できない……」

 凪は唇を離し、そう言ってからまたキスをしてきた。

「むぐっ!? な、なぎ……ちゃ……っ……」

 思わず私は目を開けてしまった。私を貪るみたいに、彼女の舌が私の中に入ってきたから。

 凪はトロン、と目を蕩かせて頬を真っ赤に染めて、気持ちよさそうにしている。

 舌が私の口内を蹂躙する。息苦しい。唾液が漏れて口の端から垂れてしまう。

 凪はどうしてこんなに気持ちよさそうにしているのか。

「マリナも……ちゅっ……して……ちゅる……」

 凪はキスしながらそう言った。彼女に倣い、口内へ舌を侵入させる。

 まるで別の生き物のように蠢く彼女の舌に、私の舌を絡ませた。

 舌同士がお互いを求めるように、口内で踊る。

 そうするとどうだろうか、身体が火照ると同時に、幸せな気分になってくる。

 これが気持ちいいということだろうか。

 私はこの幸せな気持ちに身を預け、凪の舌を味わっていく。

 彼女と舌を絡ませていくと、彼女の口内の味がわかってきた。

(ソースみたいな味がする……さっき食べたたこ焼きかな?)

 ソース味のキス、しかし不快さはない。

 それが彼女の味だと思えば思うほど愛おしく感じた。

「はぁはぁ……マリナ……気持ちよかった……」

 いったいどれくらいキスしていただろうか。

 お互いの口元は唾液でてらてらとぬめり、頬はすっかりと上気してしまった。

 息も乱れ、快楽での疲労からか、肩で大きく呼吸する。

「私も、気持ちよかった、凪ちゃん……」

 キスがこんなに気持ちよくて、幸せなものだとは知らなかった。

 あまりの刺激の強さに、緊張などどこかへ吹き飛んでしまっていた。

「マリナ……」

「凪ちゃん……」

 私たちはお互いに見つめあい、そして小さくキスをした。

 互いの愛を確認するような、優しいキスだ。

「ちょっと休憩してから、行こうか」

「そうだね」

 凪が手を差し出してくる。私はその手を握った。

 暖かな掌が、私を包み込んだ。

 手を繋いだまま、無言で過ごす。

 何とも温かでのんびりとした時間だろうか。

 それがとても幸せだ。

 凪もそう感じてくれていたら、とても嬉しい。


 そろそろ行こうか、と私たちは教室を出た。

「あれ? あの人たち、何してるんだろう?」

 その時私たちは、こそこそと化学実験室から出てくる二人組の男を見た。

 男は30代くらい、親にしては少し若いだろうか。

「実験室って何も出し物してないよね?」

「そもそもこっちの棟は一般人が来るようなとこじゃないしね」

「そうだよね」

 まさか迷子というわけでもあるまい。

 ならばこんなところに何の用だ。

「あの、どうかしたんですか?」

 思い切って声をかけてみる。すると男は二人そろって肩を震わせて、明らかな作り笑いを浮かべてこちらを向いた。

「い、いや、迷ってしまってね、ははは」

「そうですか……」

 彼らはそう言って早々に立ち去ってしまった。

「ねぇ、マリナ……なんか怪しくない?」

「まぁ、怪しいよね、うん……」

 私たちは思い切って実験室へ行ってみた。

 部屋に入るなり薬品の鼻につく臭いが私たちを歓迎する。

「ここで何してたのか……」

「もしかして爆弾とか仕掛けてたりして」

「ははっ、マリナってば。マンガじゃないんだからそんなこと」

 と、話し合っていた私たちの目に、床に置かれた紙袋が映った。

 怪しげにポツン、と置かれたそれに、私たちはゆっくりと近付いていく。

「誰かの忘れ物、だよね?」

「そう信じたいけど……」

 ただの紙袋だ。私たちはそう言い聞かせる。

 だがなぜだろう、呼吸が荒くなる。本能がこれは危ないものだと知らせているみたいだ。

 しかし足は袋の中身を暴くまで止まってくれない。

 ようやくの思いで紙袋まで辿り着いた私たちは、えい、と中を覗いた。

「嘘……」

「なんの冗談なのよ……」

 そこに入っていたのは、四角い金属の箱だった。

 そこからコードが何本も伸び、そこにタイマーがセットされていた。

 タイマーは刻一刻と時を減らしていき、残り100分となっていた。

「これって……爆弾、だよね?」

「多分、そう……」

 マンガで見たことある爆弾だ。しかしマンガとは違い、コードが何十本も複雑に繋げられており、素人が止められるような代物ではないことは確かだった。

「え? てかなんで爆弾? テロ?」

 私が頭に疑問符を浮かべていると、唐突にスマホが鳴り響いた。

 着信画面には純菜の文字が。

「もしもし、純菜ちゃん?」

『マリナ殿! 今どこでござるか!?』

 切羽詰まったような純菜の声音が耳を劈く。

「えっと……化学準備室」

『なんでそんなところにいるかは聞かないでござるが……一大事でござる! 荒木組の連中が学校中に爆弾を仕掛けてるでござる!』

「……知ってる」

『え!?』

「目の前に、爆弾があるから……」

『と、とにかくいったん中庭に集まるでござる! 凪殿もいるでござるよね? 一緒に来てほしいでござる!』

 そして通話が切れた。

「純菜はなんて?」

「学校中に爆弾が仕掛けられてるって。とりあえず中庭に集まってって」

 私は凪を連れて中庭へ向かった。

 そこには既に真弓と純菜、それに高藤もいた。

 高藤の前には一人の男が縛られている。

「高藤さん、この人は?」

「荒木組の奴だ。こそこそしてたから捕まえてみれば……爆弾を仕掛けたなんてバカなこと言いやがる」

「爆弾ってやっぱり、本物なんですか?」

 私の問いかけに高藤は深く頷いた。

「爆弾を仕掛けた目的は、純菜ちゃん?」

「そうでござる……あーしを殺して、本格的な抗争を始めようって魂胆だったでござる……そのために他の人まで巻き込む外道は許されないでござるが」

 純菜が縛られた男を見下すように睨んだ。しかし彼はさもおかしそうに笑う。

「ははは、こんな世界に入ったんだ。ずっと底辺で燻っていられるか。俺たちは一花咲かせたいんだよ!」

「勝手に喋ってるんじゃねぇでござる!」

 純菜が男を蹴り上げて黙らせる。彼女にこんな一面があったとは、驚きだ。

「こいつの他にも何人か爆弾を仕掛けてる奴がいるでござる。今、組のみんながそいつらと爆弾を見つけるために走り回ってるでござるが……時間内に間に合うかどうかは正直わからないでござる」

「純菜、警察は呼んだの?」

「実行犯なら遠隔でも爆破させることができるみたいでござる。だからもし警察なんて呼んだら、その時点で自爆する覚悟はできてるみたいでござるよ」

「警察もダメ、となると……」

 凪は頭を抱える。だがこの場のみんな、どれだけ考えても答えは出ないだろう。

「とにかく、お嬢たちは自分から離れないように。いつ刺客が襲ってくるかわかりませんから」

「うん……」

 私たちは高藤に守られながら30分ほど中庭で過ごしたのだが、事態は好転する気配がない。

「人が多すぎて探せない? 人掻き分けてでも死ぬ気で探せ!」

 電話で高藤が怒鳴っている。相当ピリピリしているようだ。

 私たちも焦りでそわそわとしてくる。

 もう我慢の限界だ。

「あぁもう! 私これ以上我慢できない! ねぇ高藤さん、私も何かできないかな?」

「マリナ嬢がですか? う~ん……と言っても何も……」

「いや、あるわ」

 と、凪は言った。そして自信ありげにこう言い放ったのだ。

「ゲリラライブよ!」

「ゲリラライブ?」

「そう! あたしたちがライブで人を集めるの! そうしたら組の人たちは爆弾を探しやすくなるし、他の人たちも安全な場所に集められる!」

「なるほど……ボクもそれに賛成です! ここでじっとしてるのは我慢できませんから」

「凪殿にしてはいい考えでござるね。乗ったでござる!」

「ですがお嬢」

 しかし高藤はそれを止めに入る。

「危ないマネはやめてください……お嬢に何かあれば親父が悲しみます……」

「あーしは組のみんながやり遂げると信じてるでござる。高藤、あーしはここで黙って見てるほどいい子じゃないでござる。だってあの組長が父さまでござるよ? ちょっとくらいの無茶、黙って見ていてほしいでござる」

「お嬢……わかりました。ただし、本当に危ないと思ったらその時点で止めますから」

「高藤ならそうならないようにできると信じてござるから」

「話はまとまったみたいね。マリナ、あとはあんたがゴーサインを出すだけよ」

 凪に言われ、私はみんなを見た。

 みんなはやる気だ。それも今までにないくらい。

 私の胸がドキドキと騒ぐ。私たちのライブが、今この場にいる全員を救うことになる。

 そんな大役で胸が潰されてしまいそうだ。

 と、同時にやり遂げてやりたいという自分もいる。

 私の口元は、自然と釣り上がっていた。

「行くよ、みんな! 私たちのライブ、見せてやろうじゃない!」

『おー!』

 残された時間はもう少ない。

 私たちのライブで、人を救うのだ。


「ライブは校庭で行うでござる」

「校庭だとみんな集まれるし、それに爆弾も仕掛けようがないね」

「真弓殿、正解でござる。でもそれにはまず人を校庭に集めないとでござる」

「じゃ、放送室の占拠ね。そこで放送いれて、ある程度の人を校庭に集める」

「あとは私たちの演奏次第ってわけだな。それも放送室の設備で校内に響かせてやろうよ」

 私たちは作戦を立て、まず放送室を占拠しに向かう。

「占拠するって言ったけど、どうしよう?」

 しかし肝心の中身についてはノープランだ。行き当たりばったりに任せるしかないのだろうか。

「ここはあーしに任せるでござるよ……さっき高藤からいいもの貰ったでござるから」

 にやり笑い、純菜は放送室へと飛び込んだ。

「殺されたくなかったら放送設備を寄こすでござるよ!」

 そう叫んだ純菜の手には、拳銃が握られていた。

 彼女は拳銃を放送部員たちに突き付けていたのだ。

 漆黒の銃の先端が光に照らされ、怪しく輝く。

「え!? ちょ、ちょっと待って純菜ちゃん! それ犯罪!」

「ライブの前にあたしたちが捕まるっての!」

「も、もしかしたらレプリカかもです……」

「は? 何言ってるでござるか? 本物に決まってるでござる。さぁさぁ、殺されたいのはどいつでござるか? 死にたくないならすぐに放送設備をこっちに寄こすでござる!」

 まさか本物の銃を持っているとは、ヤクザ恐るべし。

 しかしもうどうこう言っている暇もないのは確かだ。

 私たちも純菜に合わせて部員を脅し、放送設備の権限をゲットした。

「それじゃ今からあーしたちが校庭で演奏するでござるから、それを校内全部に流すんでござるよ。流れてるのを確認したらすぐに外に出るでござる。いいでござるか?」

 放送部員たちが頷いたのを確認して、私たちは放送室を後にした。

 そして校庭へ向かう。

 校庭では高藤たちが機材をセッティングしてくれている。

 あとは私たちが揃うだけだ。

「じゃあ着替えてから行こうか」

 黒のフード付きローブとガスマスクを着け、私たちは校庭へ向かった。

 眩い日差しが楽しそうに笑う人々に降り注ぐ。

 今ここにいる人たちは爆弾の脅威なんて知らない。ただただ何も知らずに楽しんでいるだけ。

 そう、私たちが受けた屈辱もだ。

 それを晴らす時が、今この時なのだ。

「思えば、あの日の屋上で真弓ちゃんに出会わなかったら、始まらなかったんだよね」

 真弓はガスマスク越しに小さく笑う。

「確かに。あの時急に近寄って来てさ、ロックの話して、それでボクを受け入れてくれて……マリナさんがいなかったらボクは変われなかった。だから今、言うね。ありがとう」

「それを言うならあーしもでござるよ。こんな変なあーしでも仲良くなってくれて、嬉しかったでござる。それにあーしの家のこと知っても、嫌いにならないでくれて、ありがとうでござる」

 やはり面と向かってありがとうと言われると照れてしまう。

 ガスマスクがなければ真っ赤になった顔をみんなに晒してしまっていただろう。

「純菜ちゃんはいろんなサポートしてくれて、嬉しかったよ。それに面白くてさみんなのムードメーカーになってくれて、助かったよ」

 私は純菜に手を差し伸べる。彼女は私の手を取り、ぎゅっと握手を交わす。

 私たちは再び友情を確かめ合った。

「凪殿は何かないでござるか?」

「あたし?」

 突然振られた凪は困惑する。何を言おうか迷っているのだろうか、きょろきょろとあたりを見ていた。

「凪ちゃんは冷静だけどさ、人一倍熱いところがあってかっこいいなって思えたよ。それに変わろうって意思が一番強かったのも凪ちゃん。凪ちゃんが一番頑張ってたよ」

「……そんなこと言われたら、やっぱ恥ずかしいな……」

 彼女は恥ずかしそうに俯き、そのあと顔を上げて言った。

「あたしはさ、正直言ってあんたが嫌いだった。ここにいるみんなも。傷を負った者同士が集まって傷を舐めあってるみたいで、嫌だった。そんなことして安心してる自分も嫌いだった。でも、マリナがいたから自分を、みんなを好きになれた。マリナが変えてくれたんだ。だから、今はみんなのこと、大好きだし、かけがえのない仲間だなって思える……あぁやっぱこんなのキャラじゃないって!」

「凪殿……」

「凪さん……」

 純菜も真弓も、凪をぎゅっと抱きしめる。

 彼女への精一杯の愛情表現だ。

 私もみんなを抱きしめるみたいにそれに加わる。

「みんな、大好きだよ……だから、行こう!」

 彼女たちの温もりが、私に力を与えてくれる。

 絶対にステージを成功させたい、けれどそれ以前にこの仲間たちと演奏したい、そう思える。

 爆弾が、とか周りを見返してやる、とか、そういうことは建前だった。

 私たちの本心は、バンドを、演奏をやりたい、その一心だったのだ。

「お嬢……お待ちしてました。準備はできてます。あとは精一杯やってください」

 高藤が完璧に機材をセッティングしてくれた。

 ありがとう、とお礼を言い、私たちはそれぞれの楽器を持った。

 そしてお互いに顔を向けあう。

 皆、何も言わずにうなずいた。準備完了だ。

 真弓が腕を大きく振り上げて、ギターの弦を思いきり弾く。

 その瞬間校内に鳴り響くギターのけたたましい叫び声。

 それが私たちのステージの会場の合図となった。


「私たちはThe/Freak/MonsterZ。校庭に集まりなさい、持たざる者の音を聴かせてあげる。私たちの生き様、とくと聴きなさい」

 そんな前口上を述べ、人が集まるのを待つ。

 校内中に響き渡った音に、何事かと集まってくる人々。

 観客の数は膨れ上がって行き、5分もしないうちに400人ほどが集まっていた。

 だがまだ少ない。3校の生徒の数を合わせても1000を優に越しているのだ。

 父兄等を合わせれば2000くらいの人がいるはずだ。

 だからまだ足りない。

 しかしこれ以上待っても離れてしまう。

 ならば演奏を始めて、人を集めるしかない。

 私たちは楽器を構えて、一曲目を始めることに。

 ♪ジャ~ンジャカジャンジャ~ン♪

 一曲目、凪のリクエスト、キングクリムゾンの21世紀の精神異常者。

 真弓のギターの音が響き渡る。それに合わせるように私がベースを、純菜がドラムを叩く。

 凪は打ち込み音源を流しながら、DJとして曲を盛り上げてくれる。

 音が響き渡ると観客から待ち侘びた、とでも言いたげな歓声が溢れた。

 歌詞部分に到着し、私はマイクに向かって叫んだ。

 私たちが歌いたい、私たちなりの21世紀の精神異常者を。

「♪白い眼の群れ 何も持たない私たち 今こそ反逆の狼煙を上げる時だ 21世紀の異常な女子高生よ♪」

 そして私たちは一気にローブとマスクを脱ぎ捨て、観衆のもとにバケモノの姿をさらした。

 突如目の前に曝された異形の姿。

 両目の色が違いどちらの国籍にも付けない私を、可愛らしい女の子の見た目だが中身は男の真弓を、片腕が欠けた凪を、継ぎ接ぎだらけで眼帯の純菜を。

 しかし彼らが上げたのは悲鳴ではなく、歓声だった。

 姿を晒す演出もさながら、私たちの音楽に向けられた称賛の嵐だ。

 彼らは今、私たちの音楽を認めてくれたのだ。

「私たちはThe/Freak/MonsterZ、今からお前たちの脳を揺さぶってあげる。次の曲は、You―You―You」

 2曲目は純菜のリクエスト、POLYSICSのYou―You―Youだ。

 ダンサブルな楽器のメロディにピコピコ音が特徴の曲だ。純菜はみんなの見せ場を作れるようにこの曲を選んだ。

 1曲目とは違い明るくアップテンポな前奏が始まり、凪がDJでピコピコメロディを奏でる。

 観客が乗ってきたところで、真弓がボーカルをこなす。

 曲が終わる頃には観客の数も倍以上に増えていた。

 さらにぞろぞろと校舎から人が集まってきているのが見える。

 この勢いならもっと人を集められる。

 間髪入れずに3曲目、真弓リクエスト、神聖かまってちゃんの自分らしく。

 嫌われても自分らしくいたい、真弓にぴったりの曲だ。

 彼女はそれを人前で歌うことで、自分自身を隠さずに生きていくと誓おうと思ったのだ。

 そうして3曲目が終わる頃には教師が止めに入ろうと乱入してくる事態に。

 しかし観客がそれを許さない。

 私たちの歌をもっと聞きたい、その思いがひしひしと伝わってくるよう。

「みんな、ありがとう……それじゃあ次は私たちのオリジナル曲、タイトルはバンド名と同じ、The/Freak/MonsterZ。聴いてください」

 そうして私は歌いだす。凪が紡いだ、私たちの旋律を。

「♪何も見えない暗闇で それでいいやと思い込んで 世界に閉じこもるバケモノたち 光は知らない だって見たことが無いから けれど今日もそれでいい 傷つかないから♪」

 私たちはもともと光を知らなかった。このどうしようもない現実が、変わるなんて思っていなかった。

「♪けれど出会ってしまったバケモノたち 傷舐めあううちに欲望が生まれた 光が欲しい 求めて求めて 手を伸ばした♪」

 だけれども私たちは出会うことによってわずかな光を見つけてしまった。その光を手に入れたい、そのために私たちは今、ここにいる。

「♪伸ばした手 届いてと 叫んで叫んで 喉をからした バケモノたちの醜い叫び 世界に響き光が零れた それは夢か現実か バケモノたちはまだ知らない 世界の果てまで手を伸ばす その時きっと残るだろう 微かでもいい 闇を照らす仲間の光が♪」

 私たちは今、確実に光の下にいる。けれどこの光は、明日には消えてしまう幻かもしれない。

 だが私たちはすでに光を手に入れている。仲間という光が。

 演奏が終わり、私たちは肩で大きく息を吐いた。

 額だけでなく、服の中も汗でびっしょりだ。しかし不快ではない。むしろ心地よいくらい。

 観客の声援が、不思議と遠くに聞こえた。ステージと観客が隔離されている、そんな気分だ。

「真弓ちゃん、凪ちゃん、純菜ちゃん」

 私は彼女たちを見た。

 彼女たちも私と同じ感覚を味わっているのだろう。

 汗でびっしょりの顔に、心地よさげな笑みを浮かべている。

「これで終わり……最後の曲は、Welcome To The Black Parade」

 最後は私がどうしてもやりたかったMy Chemical Romanceの曲だ。

 いつかは死ぬ、けれどその意思は続いていく、という歌詞だ。

 曲調もラストにふさわしい大団円さながらだ。

 私たちの反逆の意志が、虐げられた人々に伝わり道を作ってくれることを願い、私は歌った。

 私たちの意志が、この先も続きますように、そう願って。

 そして私たちはやり切った。

 バケモノとしてではなく、一つのロックバンドとして、ステージを終えたのだ。

「はぁはぁ……」

 叫ぶように歌ったせいで喉がびりびりと痛む。

 暑さと疲労で体力が限界だ。視界もぐらりと揺らいでいる。

 いったい今何人くらい集まっただろうか。校庭には所狭しと人が集まっている。

 その皆が私たちに喝采を送っている。

「みんな……やり切ったよ……」

 彼女たちは頷き、楽器を置いた。

 そして一歩前に出て、ぺこりとお辞儀をする。

 こんな私たちを認めてくれてありがとう、そう言いたげに。

 私もそれに倣って頭を下げ、舞台から降りた。

 アンコールの声が鳴り響くが、もう限界だ。それに曲が無い。

「あはは……やったね、こんなに盛況になるなんて、ボク、思ってなかったよ……」

 真弓が力なく笑い、言った。

「そうね……でもあたし、何が何だか覚えてないかも……」

「凪ちゃんがそれだけ必死だったってことだよ……」

「あーしも記憶が飛んでるでござるよ……」

 みんな緊張と暑さと疲労でボロボロだ。

 そんな私たちの前に高藤が現れる。彼の額には私たちと同じくらいびっしりと汗が浮かんでいる。

「高藤? どうしたでござるか?」

「爆弾が……まだ一つ見つかってません!」

「……えぇ!?」

 そういえば校舎に爆弾が仕掛けられていた。ステージに必死でそのことが頭から抜け落ちてしまっていたのだ。

「あいつを尋問して仲間と爆弾の数を吐かせたんですが……仲間はすべて捕らえました。けれど爆弾だけ、まだ一つ見つかってないんです!」

 私は慌てて観客たちに目を向けた。

 アンコールが無いとわかり、散り散りになっていく観客たち。

 このままでは爆弾が爆発して犠牲になってしまう。

「仲間を捕まえたなら遠隔での爆発はないでござるよね!? 警察は!?」

「ダメです、間に合いません……あと10分です……」

「10分……10分くらいなら、何とか繋げる! みんな、もう一回立つよ!」

 こんな私たちにも歓声を送ってくれた彼らを死なせるわけにはいかない。

 私たちは力を振り絞りステージへと向かう。しかし足がおぼつかない。

「はぁはぁ……動いてよ、私の足……」

「マリナ嬢、たぶん脱水症です。そんなに汗かいて……休んでください。爆弾は自分たちが必ず!」

「でも……時間が……」

 体がぐらり、と揺れた。立っていることも困難だ。

 みんなの心配そうな顔も歪んで見えてしまう。

「マリナさん! 休んでてください!」

「そうよ、脱水症を甘く見ちゃだめだから」

「死んじゃうでござるよ!」

「でも……でも……」

 私はステージに手を伸ばした。しかし届かない。

 あんなに輝いていたステージが、とても遠くに感じる。

「お前たちだけに良い格好させるかよ」

 と、そんな声がしたかと思うと同時、ステージへと向かう4人の男の子が見えた。

「真弓ちゃん、俺たちも使っていいよな、ステージ」

 その内の一人が真弓に声をかけていた。端正な顔立ちをしたかっこいい男の子だ。

「大島君? ボクがわかったの?」

 大島、確か真弓が昔好きだった男だ。

「あぁ、忘れるもんかよ。あの時よりも可愛くなって……一瞬誰かと思ったぜ」

「でも大島君……ボクのこと……」

「あ~……あれは、ごめん! ずっと謝りたかったんだ……あの時はみんながお前のことバカにしてて、本当は助けてやらなくちゃいけなかったんだけど、勇気がなかった……俺は嫌われたくなくて、お前に酷いこと言った。謝って済む問題じゃないと思う、本当に酷いことをした」

「……ボクは許さないよ。けど、チャンスをあげる。ステージに立ってお客さんを集めて。できるだけ多く。そしたら、許すかどうか考えてあげる」

「わかった……じゃあ俺たちのステージを見ててくれよ!」

 大島は爽やかにそう言ってステージに立った。

 そして演奏を始める。すると散り散りになっていた人がもとに戻ってきた。

「すごい……人が……」

「高藤さん! 大島君が時間を作ってくれてる間に爆弾を! マリナさんは水分補給です!」

 みんなに木陰に連れられ、私は木にもたれかかるように座った。

 ステージの音が別世界のように遠く聞こえる。

「この曲……ビートルズのHelp! だ……」

 自分の声もなんだかうわ言みたいに聞こえてきた。

「マリナ殿! 爆弾が見つかったでござるよ! 耳塞ぐでござる!」

「……え?」

 一瞬何を言われているか理解できなかった。

 が、すんでのところで耳をふさぐ。

 その瞬間だった。校舎の上空で巨大な爆発が起こった。

「うわぁ……花火だ……キレイ……」

 真昼に咲く殺人花火。私はその輝きを目に焼き付けながら、意識が闇へと落ちていくのを黙って受け入れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る