第18話

 




 クラスの学級委員長である園原唯さんにお誘いされ、僕は夜の学校に訪れていた。

 女の子からの初めてのお誘い。どうせなら、至極まともなデートに誘われたかった。

 なんでこんな、頭のネジが外れたクレイジーサイコビッチに付き合わされなければならないだろうか。

 陰キャ神様、僕に救いはないのでしょうか?


「はぁ……はぁ……どうしよう黒崎君、なんだか私、すっっっごい興奮してきたわ!!」

「でしょうね」


 心底呆れた風に返す。

 園原さんは今、生まれたばかりの赤ん坊のように全裸で廊下を歩いている。本当に、何一つ着ていない。教室で全部脱いで、僕の机の上に置いてきやがった。マジでイカれてるぜこの女。


 全裸の彼女から五メートル離れて、ついていくように歩いている僕。

 残念なことに、暗くて彼女の身体をよく見えない。人っぽいシルエットが若干見えるだけで、美しい裸体を拝めることは叶わなかった。

 はぁ……はぁ……と、興奮しているように園原さんが荒い呼吸を繰り返す。それがなんとも艶めかくエロいのだが、もしバレたらどうなるのだろうという恐怖が勝り、息子は普段よりも引っ込んでいた。


「ねえ黒崎くん」

「なんでしょう」

「なんだか私、生まれかわったみたいだわ。なに一つ着ないで、ありのままの姿でみんなが普段過ごしている場所を歩く。背徳感で頭がおかしくなりそうよ」

「でしょうね」


 安心して下さい園原さん、貴方は既に頭がおかしい人です。

 それにしても、よく全裸で歩けるよな。もし血迷ったとして、僕は彼女のように出来るだろうか?いやぁ……出来ないな。流石に特殊過ぎるよ。


 こんなの、いつもノーパンで学校に来ている露出性癖がある園原さんにしかやれないだろう。

 廊下を歩き、階段を上がったり登ったりする。園原さんの足取りは軽やかで、なんの迷いもない。そんな彼女の後ろを、僕はビクビクしながらついていく。とても楽しめる雰囲気じゃなかった。まともな人なら、恐怖で身体を震わせているだろう。とてもスキップしたりジャンプしたりアホな事はできない。


 もう十分楽しめだだろう。もういいんじゃないのか。そう声をかけようとしたその時、園原さんの先にチラッと光が見えた。さらには、カツンッカツンッと足音も聞こえてくる。


「「――ッッ!!??」」


 やばいやばいやばい!!

 人が来た!!なんでこの時間に人が学校にいるんよ!?あっ警備員か!!

 どうする、どうしたらいい!?僕達は今廊下のど真ん中にいる。逃げ場がない!!

 音はどんどん近づいてくる。どうするんだ園原さん!!


「……」

(嘘だろ!?)


 逃げるなり何かしら行動を起こすと思っていたのに、園原さんは黙ったまま動こうとしない。このままでは、本当に見つかってしまう。

 僕は咄嗟に園原さんに近寄り、その手を引っ張った。


「えっ?」

「しっ」


 ドアが開いていた教室に入って、なるべく音を立てないように壁側に背中を張り付かせてしゃがみ込む。ここなら、万が一外から見ようとしても死角になるだろう。だけど、怪しまれて探されたらアウトだ。


(うわどうしよう、園田さんのこと抱き締めちゃってるよ!!)


 慌てて行動したから、僕は園原さんを思いっきり抱き締めつつしゃがみ込んでいた。意識してしまうともう駄目だ。肌の温もりやおっぱいの感触がもろに伝わってきた。それと同時に、僕のマイサンもあっという間にビックベン化してしまう。

 って、こんなところで興奮している場合じゃないぞ黒崎光太。お前の人生が終わるかどうかの瀬戸際なんだから自重しろ!!


 開かれたドアから光が漏れてくる。足音もそこで止まる。

 それと同時に、ドクンドクンと心臓が激しく鼓動する。これは僕の心臓の音じゃない、きっと園原さんの心臓の音だ。


(神様仏様陰キャ神様!一生のお願いです、僕をお救い下さい!!)


 最後は神頼みとはよく言ったものだ。人間どうしようもなくなると、神様頼みになることを初めて知った。

 ライトの光が教室を照らす。何か怪しい物がないか、確認するように流れる。


 やばいやばいやばい!!

 マジで、ホント、お願いします!!早く行ってくれえええええええええ!!!


「なんだ、ドアが開いてただけか」


 僕の願いが陰キャ神様に行き届いたのか、警備員は踵を返して歩いていく。

 カツン、カツンと、足音は徐々に離れていく。音が聞こえなくなり、さらに少し経つまで、僕はずっと息を殺し続けた。


「……ぷはぁぁぁぁぁぁぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」


 流石にもう大丈夫だろう。そう思い、大きく息を吐いた。

 死ぬかと思った。本当にもう、ダメかと思ったよ。ありがとう陰キャ神様、僕は一生貴方に生きていきます。


「園原さん……大丈夫?」

「……」


 返事がない、ただの屍のようだ。

 っていうボケをしている場合じゃない。僕は小声で声をかける。


「ねえ、園原さん、大丈夫!?」

「大丈夫よ……心配しないで。ただもう少しだけ、このままでいさせて」

「ふぇ?」


 応答した園原さんは、僕の身体をギュッと抱き締めて、首筋に顔を埋めてきた。


(ふおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!???)


 どどどどうしたんだ一体!?まさかこんな時まで興奮しているのか?僕に悪戯を仕掛けてくるのか?バカなんじゃないかこの人!?

 と思っていたら、彼女の身体が震えていることに気が付く。ああそうかと、察した僕は動かず園原さんが落ち着くまでなすがままにされた。

 まぁ、僕の息子は今にも爆発寸前になってるけども。





「はぁ~~~~、やっと出られた」

「……」


 僕達は今、学校の外にいた。

 園原さんが落ち着いた後、教室に戻って服を着て、すぐに学校から出たのだ。時刻は八時ちょっと過ぎ。タイムリミットまでまだ一時間もあるけど、そのまま継続できるメンタルは残っていなかった。園原さんも、特に黙ったまま静かだったし。


 いやーそれにしても無事帰ってこれてよかったよ。

 外の空気がこんなに美味しいとは思わなかった。まるでシャバに出てきた脱獄囚の気分だよ。

 それにしても、園原さんの身体は柔らかかったなぁ。たまに安藤さんに抱きつかれることもあるけど、勿論服を着ている。しかしさっきは全裸で、肌とかおっぱいの感触が直に感じられた。こんな美少女に全裸で抱きつかれるなんて、この先一生ないだろうと思うと、夜の学校に来たのも悪くなかったかな。なんて。


「私ね……警備員がこっちに来た時、頭が真っ白になったの。どうしようとか、人生終わったとか、普通の人のような考えが浮かんだわ」

「園原さん……」

「もしもの場合は私が黒崎君を助けるとか思ってたのに、逆に助けられちゃったわね」


 園原さんはまっすぐに僕を見る。


「ありがとう、黒崎君。お蔭で助かったわ」


 僕は照れ臭そうに頭をかきながら、


「いやーそんな。でも、こういう事はもうやめよう。さっきは偶々見つからなかったけど、次がそうとは限らないし」

「ええ、そのつもりよ。流石に、私も懲りたわ。まさか、いざとなったら動けなくなるなんて自分でも思わなかったし、十分堪能できたから。だから黒崎君」


 僕の名前を呼んで、園原さんは僕の頬に口づけをした。

 突然過ぎて、脳の処理が追いつかない。何で今キスされたんだ?


「助けてくれたお礼よ。意外と頼りになるのね。それにやっぱり男子だわ、私を抱き締める力も強かった」

「……」

「じゃあね、また明日」


 そう言って、園原さんは背中を向けた。

 そのまま振り向くことなく、彼女は夜の闇に溶けていく。


「こんなこと、誰にも教えられないな」


 今日の出来事は武勇伝にせず、死ぬ時まで秘密にしようと、僕はそう誓ったのだった。



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