第17話

 


 大人ってさ、学生時代にやらかした事を、さも武勇伝にして語るよね。

 教室の窓を壊したり、バイクを盗んだり、喧嘩に明け暮れていたり。他にも小さいことや大きな過ち起こしている。それを「昔はやんちゃしてたなぁww」と懐かしんだり「昔はよかった」と楽しかった過去を惜しむのだ。


 いやいやいや、なに惜しんでるの?言っとくけど犯罪だからね?人様に迷惑をかけてる時点で最低最悪な行為だから、何でそれを自慢をしたがるのが理解に苦しむよ。

 頭の悪い貴方達がやんちゃしている側で、不幸な目にあっている真面目な人達がいたんだよって教えてあげたい。耳をかっぽじって、お前等は犯罪者だと叫びたい。

 では、もし仮に僕がそっち側になった場合、僕は汚れた大人のように武勇伝を語るのだろうか。「悪さしてたんだぜww」って、子供や周りに自慢するのだろうか。


 なんでそんな事を突然考えてしまったのかというと、たった今、そういう大人達の仲間入りになってしまいそうな状況に陥ってしまっているからだった。


「何で学校なんだよ……」


 一人ぼやく。

 僕は今、自分が通っている学校に訪れていた。だが、普通の学校ではない。お天道様は完全に隠れ、お月様がこんばんわをしていて、人っ子一人いない静かな夜の学校にいる。

 どうしてこんな真夜中に学校にいるかというと、突然僕のスマホに電話がかかってきたからだ。知らない番号で出るか迷ったが、興味本位で出てみると女の声が聞こえてくる。


『こんばんわ、ワンコ君』


 電話をかけてきたのは、学級委員長の園原唯さんだった。

 何で彼女が僕の電話番号を知っているんだとホラーを感じていると、彼女はスマホ越しにこう伝えてくる。


『今から学校に来なさい』

「学校って……今から?門も閉じてるし入れなくない?」

『それをなんとかするのが奴隷の役目でしょ。言っておくけど、貴方に拒否権はないわよ』

「いや……でも、夜の学校って入っちゃいけないから……」

『貴方が惨めに泣きそうな時、背中を押してあげたのは誰かしら』

「……」

『誰のおかげで安藤さん達と元通りになったのかしら』

「いきます!すぐに行かせていただきます!!」

『教室まで来なさい。待ってるわ』


 という事で、僕は風呂上がりにも関わらず急いで学校にやって来たのだ。

 おかげでまた汗をかいてしまった。全く園原さんの横暴っぷりには参っちゃうよね。マジで僕の事を奴隷だと思っているのかな。そうだとしたら、僕の青い高校生活どうなっちゃうのかな。

 あっ全然青くなかった。


「夜の学校って……結構恐いなぁ……」


 学校の怪談とか生まれぐらい、夜の学校は恐怖に包まれている。こうして歩いてみると、それがよく分かった。生徒の声、教師の声、部活の風景、吹奏楽の音楽。普段の学校は、どこにいても日常の音が聞こえてくるものだ。

 だけど夜の学校には、それが無い。音は一切なく、聞こえるのは自分の鼻息と歩く音だけ。どこまでいっても静かだ。

 そしてもう一つ違うのは、明るさだ。勿論昼は太陽があるので明るい。曇っていても、教室や廊下の明かりがついているので暗くなることはない。だが今は、真っ暗闇だ。淡い月明りが窓から差し込んでいるが、そんなものあってないようなものだ。それどころか、ほんの少し明るい所為で不気味さが増している気すらある。


 さらに加えれば、いけない事をしているという罪悪感もあった。うちの学校は夜の学校は禁止だ。どんなに部活が長引いても、七時には完全下校しなければ怒られてしまう。

 現在の時刻は七時半。完全にアウトですね。正直学校のドアは閉まっていると期待していた。そうすれば園原さんに言って引き返せると思ったからだ。

 だけど、学校のドアは開いていた。門は閉まっているけど、正面玄関や教室のドアは開いている。これじゃあ行くしかないじゃないか。


 ぺったんぺったん。

 上履きが廊下を踏む音が不気味に響き渡る。いつどこで幽霊が出てもおかしくないシチュエーションだ。本当に出たらおしっこ漏らしちゃうかもしれない。そしたら僕は、陰キャオタクおしっこ漏らしというあだ名になってしまう。そんな不名誉な二つ名は絶対嫌だ。


 怪しい夜の学校に脅えながら、僕は自分のクラスにたどり着いた。

 意を決して、ドアを開けると、そこには夜の女神が君臨していた。


「そ、園原さん……?」


 僕の机に脚を組みながら座っていて、開けてある窓から風が吹き、月明りに照らされている黒髪が妖しく光る。まるで、夜の女神様のようなワンシーンだった。

 やっぱり園原さんって、綺麗だな……。

 彼女の横顔に見惚れながら、そんな事を考えていた。

 家に帰っていないのか、私服の僕と違って制服姿のままだ。


「あら黒崎君、やっと来たのね。待ってたのよ」

「う、うん……お待たせ。ていうかいきなりどうしたのさ、学校に来いだなんて」

「貴方に協力して欲しいことがあったのよ」


 そう言って、園原さんは僕の机から降りて立ち上がる。彼女は今、パンツを履いているのだろうか。今まで座っていた机の上は、ほんのり暖かいのだろうか。今すぐ頬ずりしても怒られないだろうか。

 あー駄目だ。夜の学校っていうテンションで、僕の頭もおかしくなってるよ。


「協力して欲しいことって……何をするのさ」

「私ね、ここ最近はいつもパンツを履いていないのだけど」


 パンツ履いてないんだ。


「それだけじゃ満足できなくなってきたの。ほら、私のストレス発散ってパンツを履かないことと、陰キャの心をもてあそぶことじゃない?」


 さらっとえげつない事言うなこの痴女……。。


「でも最近は陰キャをイジる気分でもないし、狙っていた黒崎君には秘密をバレちゃうしで、ストレスが上手く発散出来ていないのよ」

「だから?」

「私、前々から一度、夜の学校を何も着ず歩いてみたかったのよね」

(変態だーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!??)


 なんだこの痴女!?急にとんでもない爆弾投下してきちゃったよ!!

 全裸で学校徘徊したいとか、頭のネジ全部吹っ飛んじゃったんじゃなかろうか!!マジでやべー奴だよこの人。


「だけど、流石に一人でやるのはリスクが高いと思ってやらなかったの。だけどほら、つい最近、下僕のワンコ君を手に入れたじゃない?丁度いい機会だからやってみようと思ったの」


 下僕のワンコ君って僕のこと?僕のことだろうなぁ。


「もしかして、僕は見張り係ってこと?」

「そういうこと、察しがいいわね」

「危険すぎない?もしバレたら退学かもしれないよ」

「そうならないように、黒崎君がちゃんと見張ってるのよ」

「本当にやるの?」

「勿論。貴方に拒否権はないわ。タイムリミットは九時まで。九時になると、警備員が全部の教室に鍵をかけてしまうから、それまでには撤収しないとね」

(なんでそんな事まで知ってのさ……)


 はぁ~~~~~と、僕は深いため息を吐いた。


「約束して欲しい。こういう事をするのはこれっきりにして。約束してくれたら、今回だけは付き合うよ」

「ええ、いいわよ」


 ふふんと微笑む園原さん。

 ああ、お父さん、お母さん。貴方達の息子はいけない子です。夜の学校に忍び込んで、いけないことをしようとしています。


 ふと思った。

 もし僕が大人になった時。

 夜の学校に忍び込み、全裸の黒髪美少女を見張ってたんだぜって、そんな変態なことを堂々と武勇伝にして語れるか、と。


 嫌だなぁ~そんな武勇伝。


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