第13話
キーンコーンカーンコーンと、テスト終了の合図のチャイムが鳴り響く。
後ろからテストを回して先生に渡すと、生徒達はピンと張られた糸を解すかのようにふぅと息を吐いた。
「終わったぁ」
「つっかれたぁ」
「もう勉強しなくていいんだ~」
みんながみんな、疲れ果てて机に突っ伏す。
その気持ちは分からなくない。高校に入学してから初めてのテスト。中学最後からの久々のテスト。そんなテスト勉強とテストからようやく解放されて、やっと一息つけれるのだから。
生徒達がもうテストはこりごりだ~と嘆いている中、担任の先生がこう言ってくる。
「今日でテストも終わりだ。久々のテストで疲れただろう。みんなよく頑張った……といいたいところだけど、すぐに期末テストが来るから油断しないようにな」
その一言は余計ですよ、先生。今ぐらい、何も考えさせないでくれたっていいじゃないか。僕の考えは、皆も同じだろう。
起立、礼と挨拶をすると、生徒達は晴れやかな顔つきで教室から出ていった。きっとこれから、勉強を強いられていた鬱憤を解消する為に各々遊びほうけるのだろう。ボウリングや映画にカラオケ、テレビにゲームと遊び尽くすこと間違いなし。
それは、僕の周りにいる三ギャルも同じ気持ちだろう。
「うっし!テストも終わったことだし、パァーっとカラオケに行きますか!」
「賛成~」
「今日ぐらい羽目を外すか」
席から立ち上がった安藤さんが右手を掲げると、夢野さんと七瀬さんも同意する。二人も席から立ち上がると、三人は鞄を背負って踵を返す。そのまま教室から出ようとする前に、安藤さんは何故か振り返って僕を見る。
「なにぼーっとしてんの。黒崎も行くよ」
「え……ぼ、僕もですか……?」
突然の誘いに驚いてしまう。まさか僕なんかが誘われるとは思ってもみなかった。呆然としていると、安藤さんは「何言ってんの、当たり前じゃん」と不満気に言いながら、僕に近づいてアームロックしてくる。
激しいボディタッチに、胸がドキっとしてしまう。もう何度かされているが、こればっかりは陰キャ童貞の僕にとって慣れないことだった。
「勿論でしょーが、それともあたし達となんか行きたくないって言いたい訳ぇ?」
「いや、そんな……全然そんなこと思ってないです。そうじゃなくて、僕なんかが安藤さん達と一緒に行っていいのかな~と……」
「別にいいでしょ。奈々も桃もそのつもりだったし。ほら行くよ、さっさと用意する」
「は、はい」
勢いに乗せられて了承してしまった僕は、慌てて帰り支度を整える。すると安藤さんは、園原さんにも声をかけた。
「あっ、園原っちもカラオケ行かない?」
「あー……ごめんね。今日は用事があるから、また今度にしようかな。今日はみんなで楽しんできて」
「オッケー」
「黒崎君も……楽しんできてね」
(こえぇぇぇ)
僕にそう言ってきた園原さんの表情はいつもの笑顔だが、彼女の裏の顔を知っている僕にしたら恐怖でしかない。彼女が笑っている=何か企んでいると思い込んでしまうのだ。テスト週間でも、一日一回は変な悪戯をしてきたし……。それも、全部安藤さん達にはバレないように徹底しながら仕掛けてくる。多分彼女は、みんながいる中で二人だけエロいことをしている事に快感を覚えているんだと思う。正真正銘に、彼女はクレイジーサイコビッチだ。
「ほら、行くよ陰キャ」
「うげ」
今度はどんな無茶な悪戯をしてくるのだろうかと戦々恐々としていると、安藤さんにネクタイを引っ張られてしまう。半ば引きずられる形で、僕は安藤さん達と行動を共にした。
問 陰キャオタクがカラオケに行ったら何を歌うか?
答 アニソン一択。(というかアニソンしか歌えない)
そもそも陰キャのオタクはカラオケなんていかない。一人カラオケが好きなオタクだったり仲間がいるオタク達はカラオケでアニソン縛りをして盛り上がるだろうが、歌うことが苦手だったりぼっちのオタクはカラオケなんか行ったりしないんだ。
反響する風呂場の中で気持ちよく大熱唱し、「あれ?僕って歌上手いんじゃね?」と盛大な勘違いをするのが精々だろう。
「しゃー、歌いまくるよー」
「新曲入ってるかな~」
「喉が枯れるまでいくか」
歌う前から盛り上がっている安藤さん。新曲が入っていないか確認する夢野さん。歌う前に何故か準備体操をする七瀬さん。ソファーの端っこで大人しくしている僕。
うん……何で僕はこの場にいるのだろうか。場違い感凄くない?
僕達は駅前にあるカラオケ店にやって来た。フリータイムにドリンクバーを選択。もう何回か来ているのか、安藤さんのやり取りはとてもスムーズだった。指定された部屋に四人で向かい、ドリンクを注いだコップを持ってきて、「テストおつかれさんしたー!」「「ウエーイ!」」「う、うぇーい……」と乾杯し、今に至る。
最初の一発目は安藤さんだった。イントロが流れると、曲を知っているのか夢野さんが「これ、マジ恋じゃん」と告げる。
すると安藤さんは「めちゃくちゃ覚えてきたんだよねー」とピースしながらドヤった。マジ恋ってあれか、以前話題に出た恋愛ドラマだ。僕もチェックしようと一話を視聴したんだけど、やっぱり合わず二話以降は見なかった。
曲に乗せて、安藤さんが歌い始める。彼女の歌声に、僕は素直に上手いな~と聞き惚れてしまった。沢山練習したんだろうんな~と思ってしまう。いや、上手なのは安藤さんだけではなく、夢野さんと七瀬さんも凄く上手い。
彼女達の歌を聞いていて驚いたのは、普段と声質が全然違っていたことだ。えっ?その声どっから出てんの?ってくらいいつも喋っている声質と違っている。
安藤さんの歌うラブソングは透き通っていて、いつも間延びした声で喋る夢野さんは絶叫系の歌を叫ぶように歌ってるし、クールな七瀬さんが切ない曲をしとやかに歌っている。まるで別人が歌っているんじゃないかと勘違いしてしまうぐらい、彼女達の声質は劇的に変化していた。そしてそのギャップに、凄い凄い!と僕の心は楽しく踊っていた。
女の子が歌う時って、こんなにも変わるのか……。
そんな風に感動していると、安藤さんがしかめっ面で聞いてくる。
「聞いてばっかじゃないで、あんたも歌えよ~」
「ぼ、僕はいいよ……みんなの歌を聞いてるだけで、十分だから」
「あたしの命令が聞けないってのか~陰キャの癖に生意気だな~」
「どうせ~アニソンしか歌えないから~歌いたくないんでしょ~」
(ギクッ)
ば、バレてらっしゃる。夢野さんに歌わない事を指摘されてしまいキョドる僕を見て、安藤さんはニヤニヤしながら僕の頬にマイクをぐりぐり押し付けてきた。
「なにを一丁前に恥ずかしがってんだっての。オタクのあんたがアニソンしか歌えないなんて始めからわかりきってんだから、堂々と歌いなさいよ」
「でも、絶対ひかれるし……」
「はっ、何それ?あんたはアニソン歌ったぐらいで、あたし達がひくと思ってんだ。ないわーマジないわー」
「……」
「いいから歌ってみろって。絶対、あんたの歌をひいたりしないから」
力強くそう言ってくる安藤さんに、僕は「わかった」と呟くように言ってマイクを受け取る。そして、アニソンを入力して歌い始めた。
(ああ、中学の時を思い出すな)
中学時代、文化際の打ち上げでクラス全員でカラオケに行った時、僕がアニソンを歌ったら「お前、それはないだろ……」とひかれてしまい、白けたムードになってしまった嫌な記憶を。あれから僕は、一度もカラオケに行ってない。もう絶対人前で歌うもんかと、心に誓ったのだ。
その誓いが今日破られ、僕はカラオケでJKギャルの前でアニソンを歌ってしまっている。
あぁ、どうせドン引きされているんだろうなぁと彼女達に目を向けると、
「うえーい!」
「ひゅーひゅー!」
「やるじゃん!」
(えっ……)
ひくどころか、曲に合わせて合いの手を打ってくれたり、一緒に歌ってくれていた。
そんな、まさか、こんなことが起きるなんて……。信じられない思いを抱いていると、曲が終わりを迎えた。そんな僕に、安藤さんに達が声をかけてくる。
「なんだ黒崎、結構上手いじゃん!」
「え……」
「ていうか~陰キャ君チキったでしょ~、これくらいみんな知ってるって~」
「うっ」
「つーか、ドン引きされる~とかナヨってた割りには気持ちいくらい熱唱してたけどね」
「ご、ごめんなさい……」
歌が上手いなんて言われるとは思いもしなかった。せめて皆が知ってそうな王道のアニソン曲をって選択した考えが、もろにバレていた。やけくそ気味に熱唱していたのも全部バレていた。
そう、僕は。久々にアニソンを歌えて楽しかったのだ。
「ほら、平気だったっしょ?」
「う、うん」
「んじゃこれからガンガン盛り上げていくよ!」
「「ウエーイ!!」」
「う、うえ~い」
それから僕達は、フリータイム終了まで喉が枯れるまで歌いまくった。
安藤さん達とカラオケに行った今日この日の事を、僕は一生忘れないだろう。
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