第4話

 


 最近の高校生は、よく『カースト』という言葉を口にする。

 ではそのカーストとはなんじゃいというと、簡単に言えばクラス内での『地位』や『階級』のような物だ。

 カーストは大雑把に、上・中・下に区分されている。


 上に属するのは「イケメン」「美少女」「陽キャラ」「運動部」といった、外見が優れていたり話が面白かったり運動部の生徒だったりする。


 中に属するのは「まあまあなイケメン」「まあなあな少女」「そこそこの運動部」で、とりわけ目立ちはしない人畜無害な生徒だ。


 下に属するのは「ブサイク」「陰キャラ」「オタク」「ぼっち」といった、視界に入るとちょっと気分を害するような底辺的存在。


 これはあくまでも僕の見解で、ブサイクでも上に属したりイケメンでも下に属する生徒もいたりするし、人間関係をしくじれば上にいたのに下に都落ちしてしまう生徒もいる。


 では「カースト」にはどんな力があるのか。

 僕が思うに、カーストの重要な役目は「発言権」だと思っている。


 カースト上位の生徒は何を言っても肯定されるし、許される。

 例えば学校行事などの決め事などは、カースト上位の生徒が優先される。

 例えば教室で耳障りな大声で会話をしていても、誰も文句は言わない。

 そんな特権を持っているのが、カースト上位の生徒だ。


 逆に、カースト下位の生徒は何を言っても否定されるし、許されない。

 例えば何かを発言しても、カースト下位の生徒は見向きもされない。

 例えば教室で楽しく会話しているだけでも、他の生徒から「うっせぇな」と舌打ちをされる。

 影でひっそりと大人しく過ごし、高校生活が終わるのを静かに待つ。

 そんな悲しき定めを背負うのが、カースト下位の生徒だ。


 別に、誰も敢えて「カースト」なんて口にしないが、そういう“空気”はこの狭い教室せかいの中でも確かに存在する。

 世知辛いよね~。社会に出れば嫌でも縦社会が待っているのに、何で高校でそんな面倒なのを経験しなければならないんだ。


 カースト上位の生徒はいいよ?きっと楽しいから。

 けど僕みたいな「陰キャラ」「オタク」「ぼっち」というカースト最底辺の存在は、高校生活になんの楽しみもない。

 とか言ってるけど、それは全部自分の努力不足のせいだ。

 頑張ってオシャレに取り組んだりコミュニケーションを磨けば、カースト上位にいけない事もないと思う。実際、パッと見普通な人が上位にいたりするし、上位は上位で色々な気苦労があると思う。

 そんな懸命な努力を怠って下位で満足しているのが、いわゆる陰キャラと呼ばれる生徒なのだろう。


 そう、僕である。


 何故唐突にカーストの私見なんかを長々と説明しているかというと、今僕がいる状況がカーストという縮図を体現していると思うからだ。


「ねえ見てよこれ、めっちゃ可愛くない!?」

「それねー、ハナちんに似合うと思うなー」

「こういう可愛い系は桃じゃない?まあ花が着ても似合うんけど」


 三人のギャルが、ファッション誌を広げて談笑していた。

 時には大声でしゃべり、時にはギャハハと笑い声を上げる。当然そんな大声を発せば嫌でも目につくし、うるさいなーと嫌悪する者も少なくない筈だ。

 だけど、誰も彼女達に文句を言えないし注意も出来ない。


 何故ならば、この三人のギャルはクラスのスクールカースト最上位トップに位置する存在だからだ。

 安藤花、夢野桃、七瀬奈々。三人共超がつくほどの美少女。その上、ギャルという最強武装まで保有している。

 一度彼女達の機嫌を損ねてしまえば、自分がどんな最悪な状況に陥ってしまうか分からない。地雷爆弾には手を出さない。大半の生徒はそう考え、見て見ぬふりをするのだろう。


 それはカースト最底辺の僕も同じだ。

 三ギャルに取り囲まれ、一番迷惑を被っている僕は、彼女達に何も言えない。「うるさいからちょっと静かにしれくれないか」。そんな言葉をかけた瞬間、教室の空気が冷え切るのが分かりきっているからだ。

 だから僕は、ひたすら耐えて嵐が止むのを待っている。

 けれど、嵐は問答無用で襲い掛かってくるものだ。


「ねえ聞いてよ、こいつさーこの前の授業でタってたんだよ。ウケるっしょ」

「っっっ!!??」


 突然、安藤さんが親指で僕を指しながら暴露した。

 このギャルなに言っちゃってんの!?アホなの!?普通そういう人の恥ずかしいことって秘密にするよね!?


「え~マジ~キモ~い」

「何で授業中に盛ってんのよ……」

「それがさ~、なんかあたしで妄想してたみたいなんだよね~、マジやばくない?」

「ち、違うっ」


 慌てて首を振って否定しても、夢野さんと七瀬さんはドン引きしている。


「うわ~やばいね~」

「クソだね」

「それでさ~、面白いからあたしのパンツ見せてやったら、顔真っ赤にして超タってんの。マジおかしくない?」

「ハナちん、それはちょっとサービスしすぎじゃな~い?」

「こんな奴に花のパンツ見せるほど価値ないって」

「……」


 カースト下位の僕がどんなに意見しようとも、カースト上位の彼女達は聞く耳を持たない。

 ほら、やっぱり発言権の差が全然違うじゃいか。

 というか君達ちょっとボロクソすぎない?いくら強靭なガラスハートの僕でもそんなに貶されると泣いちゃうんだけど。


「じゃあじゃあ、モモのパンツも見せてあげよっか?興奮して鼻血出すんじゃない?」


 え?いいんすか?


「なにそれウケる」

「やめな桃、あんまりやると調子乗るよ」

「うえ~んナナちんこわ~い」


 泣き真似をしながら、夢野さんが安藤さんに抱き付いた。「おおーよしよし」と、安藤さんは愛犬の如く夢野さんの頭を撫でる。

 美少女の絡みに僕は心の中で(キマシ!)と叫び、しかも巨乳が潰れて滅茶苦茶いい画が拝めて目の保養になりました。

 けど、それを悟られるとさらにからかわれてしまうので、絶対にマジマジと見ない。あくまでも横目で確認するぐらいだ。目が隠れるほど前髪が長くて、この時ほど良かったと思うことはなかった。


「なぁなぁ、何話してんの?」

「また桃がイジられてんのか」


 突然、二人のイケメンがやってきた。

 僕知ってる、カースト上位のイケメン君達だ。いつも二人でつるんでいて、安藤さん達とも仲が良い。

 そこで僕は、ふと気づいた。

 もし安藤さんが僕の息子がタったことを話してしまえば、黒崎光太はむっつりスケベという烙印が教室中に知れ渡るのではないかと。あっ……高校生活ツミマシタ。

 戦々恐々としていると、安藤さんは無表情を作って、


「今取り込み中だから、あっち行って」

「お、おう……」

「悪いな、邪魔して」


 そう言うと、二人のイケメン君達は踵を返してとぼとぼと去っていく。

 安藤さんのたった一言で、クラスカースト上位のイケメン君達が引き下がってしまった。

 流石カースト最上位のギャル……恐るべし。


「よかったの?」

「別にいいっしょ、怒った訳でもないし。それになんかアイツ等、最近調子に乗ってる感じしてウザかったし」

「ボディタッチもしてくるし~胸とかも露骨に見てきてたしね~」

「それは分かる。まあ、牽制って意味でもよかったかもしれない。流石花」

「でしょ~」


 ふええええええええ、ギャル恐いよーーーー。


 イケメンを馬鹿にしながら、アハハハハと笑う屈強なギャル。

 絶対に調子には乗るまいと、カースト最底辺の僕は心に誓ったのだった。

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