第3話

 


 ギャルってさ、何でこう甘ったるい香水をつけるのかね。

 近くにいると、本当に匂ってくる。しかも僕の場合、三方向から漂ってくるんだ。頭おかしくなりそうだよ。

 でも、決して嫌な匂いじゃないんだ。それどころか凄くいい匂いで、ずっと嗅いでいると脳が蕩けそうになる。


 何が言いたいかというと、匂いを嗅いでいるだけでエロイ気分になっちゃうんだ。

 だから全然授業に集中できない。もっと言えば、油断していると僕の息子が元気になってしまう。

 というか既に元気になりつつあった。


「じゃあこの問題、黒崎出来るかな」

「……ッ!!?」


 数学の授業中、教師に問題を当てられてしまう。

 そして黒板の前まで来て解けと、死刑宣告を言い渡されてしまった。

 何で今日に限って、いや今に限って僕なんだ。先生、もしかして僕に恨みでもあります?

 やばいどうしよう……このまま立ったら、僕の息子がタっている事がクラスメイト全員にバレてしまう。


「ねぇ見て、あいつタってねw?」

「本当だ、マジ受けるw」

「授業中におっタてるとか、何妄想してんだよ」

「マジキモ、キショ過ぎてヒクわー」


 絶対そう思われてしまう。

 僕は瞬く間に『変態』のレッテルを貼らてしまうだろう。陰キャでオタクでぼっちな上に変態エロガッパとか、軽く死ねるかもしれない。


「ねえ、あんた呼ばれてるよ」

「え……あ、うん」


 脳内でこの窮地をどう潜り抜けようかと策略を立てていたら、隣の席のスーパーギャル安藤さんが声をかけてきた。先生に呼ばれて黙ってる僕を見て、聞こえてないと思って声をかけてくれたのかもしれない。

 なんて優しいギャルなんだ。けど今はその優しさはいらないんです。

 あなたの良い香水の所為で僕の息子が元気になったから立てないんだよって教えてあげたいけど、そんな事したら僕は間違いなく社会的に殺されてしまうだろう。


 反応してしまったし、このまま黙っていられる状況ではない。

 僕は決心し、細工をして席から立ち上がった。


 ガタッと椅子が動く音が鳴ると、クラスメイト達の視線が僕に集まる気がした。

 その視線を無視し、黒板から最も距離が離れている僕はスマした顔で歩き出す。

 黒板までの距離が永遠に感じてしまう。

 誰だよ、窓側一番後ろの席最高って言ってた馬鹿は。

 あっ、僕じゃん。


 黒板まで辿り着くと、白いチョークを持ってスラスラと答えを書いていく。

 書き終えてチョークを元の場所に置くと、先生は微笑みながら口を開いた。


「正解だ。やるじゃないか、黒崎」

「……ありがとうございます」


 褒められた僕は、一言返してから自分の席に戻っていく。

 着席すると、心の底からため息を吐いた。


(ふうーーーーーー、なんとか凌ぎきった)


 安堵しつつ、僕はポケットに入れて置いたスマホを取り出す。

 そう、僕が黒板に向かう前にした細工とは、ポケットにスマホを入れることだった。

 これにより、僕の息子が元気である事をカモフラージュしたのだ。

 完全状態だったならば誤魔化しきれなかったかもしれない。しかし半立ち程度ならば、スマホで隠せると踏んだのだ。

 そして僕は、なんとか窮地を乗り切ることに成功した。

 僕マジ天才。


「ねえ、あんた結構頭良いんだ」

「え……そんな事ないと思うけど」


 不意に、安藤さんからそんな事を聞かれる。

 僕がそう答えると、安藤さんはもう一つ問いかけてきた。


「ふ~ん。じゃあさ、何でタってたの?」

「……ひやああああああああああ!?」


 突然奇声を上げた僕に、先生と生徒が怪訝そうな視線を寄こしてくる。

「どうした黒崎」と聞いてくる先生に、僕は小声で「すいません、なんでもありません」と冷静を装いながら告げる。

 すると先生も生徒も興味を失ったのか、授業は再開された。


 しかし僕の心臓は、今にも爆発しそうなぐらい激しく鼓動している。


(ば……バレてる!!何でバレているんだ!?)


 息子が元気だったことを安藤さんにバレてしまい、動揺してしまう。

 いつ、どこで、どのタイミングでバレたんだ?

 というか、一番バレてはいけない人にバレてしまった。これで僕の高校生活は本格的に終了だぁ。


「いや、普通にバレるって。あんた挙動不審だったし、急にスマホをポッケに入れるし」

「……」


 み、見られてたあああああああああああああああ!!

 恥ずかしい、いや恥ずかしいなんてもんじゃない。今すぐ死にたい気分だ。

 というかもういっそ殺して下さい。


「授業中に、あんたは一体何を妄想してたのかな~」

「う……あ……」


 目を弧にして、ニヤニヤしながら面白そうに聞いてくる。

 そんな安藤さんに、僕は何も言えず顔を赤くして金魚のように口をパクパクしていた。


「もしかして~、あたしとエッチする妄想とかしてたのかな~?」

「ッ!!」


 エッチな妄想はしていないけどあなたの匂いでエッチな気分になりました。

 そう言えずただ黙っていると、安藤さんは更に追撃してくる。彼女の瞳は、獲物を発見した猛獣のようだった


「うわ~マジキショいんですけど~。あたし、あんたの妄想でどんないやらしい事されてたのかな~?」

「も……妄想なんか、してないよ」

「はい嘘。いいからそういうの、顔でバレバレだっての。しょうがないからキモキモ変態なあんたに、あたしが特別にイイモノを見せてあげる」


 そう言って、安藤さんは身体をこちらに向ける。

 綺麗な足を少し開いて、突然スカートを摘まんでたくし上げた。その奥には、真っ黒いパンツがそびえ立っていた。


「っっっっっっっ!!!???」

「あはは、いいリアクションありがとうございまーす」


 何だこのギャル、いきなりパンティー見せてきたぞ!?

 頭おかしいんじゃないの!?痴女かよ!?

 というか、高校生が黒って……なんてエロいパンツ履いてるんだ!!


「はい終わりー。どう?あたしのパンツ見て興奮した?」

「…………はい」


 こくっと素直に頷くと、彼女はニマァァと満面の笑顔を見せる。

 その後は黒板を見つめ、何事もなかったかのような態度を取っていた。


(JKの生パンツ、初めて見たなぁ……)


 安藤さんの黒くてエロいパンツが頭の中から離れず、僕の脳内は黒いパンツで犯し尽くされていた。

 半立ちだった僕の息子は、完全体フルアーマーとなってしまう。


 そんな様子を横目で見て笑っていた安藤さんを、僕は知る由もなかったのだった。



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