7.雨に包まれて

 雨だ。窓を開けると、雨の湿った匂いがもわんと入り込んでくる。

「パパ、今日雨だね〜」

「そうだね、長靴履いて散歩でも行こっか」

 彼女の失われていた記憶が戻ってから、十年が経った。泣きながら彼女を抱き締めたあの日、僕は彼女と結婚しようと決心した。

 十年経った今の僕は、彼女と、五歳になる息子と、雨のなかを散歩していた。

「雨って、いいね」

 傘に当たるまばらな雨の音と、彼女の声が聞こえる。

「ばちゃばちゃできるよ!」

 息子が濡れることなんて気にせずに水溜りに向かって駆け出していく。「走ったら危ないよ〜」と注意しながら息子を追いかける彼女を、僕も追いかける。

 思えば、彼女との思い出はいつも雨に包まれていた。記憶のあるうちも、忘れられていたときも、雨が降るたびに彼女を思い出していた。

「風邪引くなよ〜?」

 そう言いながら水溜りで遊んでいる二人を見つめる。可愛いなぁ。幸せが溢れて、思わず微笑む。雨に包まれた僕らの思い出が、また一つ増えていった。

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雨に包まれて 鞘村ちえ @tappuri_milk

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