2.昨日ぶり
今日も雨だ。カーテンを開けても、明るい光はほとんど入ってこない。
それでも、僕は雨の日が嫌いではなかった。窓を開けたときの雨の匂い、嫌なことを全て洗い流してくれるような気持ちになる雨の音。どれも心地良い。
バコン、と冷蔵庫を開けると冷たい空気が身体に触れていく。
「なんも入ってねー……」
一人暮らし用の小さなサイズの冷蔵庫には缶ビールが二本入っているだけだった。昨日、帰りに買えばよかったな。
「コンビニいくか……」
部屋着のTシャツとハーフパンツのまま、サンダルを履く。窓の向こうを見ると、雨がさっきよりも小降りになっていた。今なら出やすい。
透明のビニール傘を差して、家から歩いて三分のところにあるコンビニへ向かう。小降りだと思っていた雨が、出た瞬間に強くなったせいで足元がびちょびちょだ。サンダルだし、すぐ乾くからいいか。
コンビニに行く途中、コインランドリーが見える。
「あれ」
見覚えのある女の人が、白い蛍光灯の光に照らされて、一人で洗濯の終わりを待っていた。昨日、コインランドリーで会った女の人。洗濯機を見つめる横顔に、思わずどきっとしてしまう。綺麗だな。
年下は頼れないし、範囲外だろうか。一目惚れ、なんて言ったら笑われてスルーされるだろうか。
そんなことを考えていると、車が横を通って盛大に水飛沫が上がった。
「っ、最悪……」
サンダルはもちろん、ハーフパンツからTシャツまで全て濡れてしまった。雨の日の車はもう少しゆっくり走ってほしい、と思いながらコンビニに向かう。
「い、いらっしゃませー」
びしょびしょになった僕を見て、少し驚いたような顔をする店員さん。そんなに驚かなくてもいいのに。ちらちらと見てくる視線に恥ずかしさを感じながら、店内を物色する。
朝ごはんを何か、と思いながらサンドイッチの並べられたコーナーに行く。冷蔵庫の冷気がふわふわと漂ってくる。濡れた服が更に冷やされて寒くなる前に、早く買って帰ろう。
「たまごと……ハムレタス」
二種類のサンドイッチを掴み、野菜ジュースも一応カゴに入れる。お酒のつまみも買っていこうとお菓子コーナーにも立ち寄る。のり塩味のポテチと、あたりめを掴む。
自動ドアの開く音と「いらっしゃいませー」という声が店内に響く。
すると、さっきまでコインランドリーにいた女の人が目の前を横切った。
「え、」
思わず驚いて声を出してしまうと、彼女もこちらを振り返って目を丸くする。
「えっ」
「あ……昨日ぶり、ですね」
やべ、気持ち悪がられただろうか。名前も知らない、性格も知らない男に話しかけられるなんて。
「ですね! この辺に住まわれてるんですか……?」
「僕はすぐそこのマンションに、はい」
コンビニの窓ガラスから見える茶色い外壁のマンションを指差す。
「そこ、ですか?」
「はい」
すると、彼女は目を大きく見開いて、こう言った。
「わ、私も同じマンション、です……」
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