7.君と、また

 からん、ころん。

 ドアチャイムの軽やかな音色が涼しい店内に響き渡る。開いたドアの隙間から、うるさい蝉の声と夏のあたたかい風がむわん、と入ってくる。

「いらっしゃい」

 私は少し背筋を伸ばして、アイス珈琲に口をつける。

「おひさしぶりです、マスター」

「ひさしぶり。……今日も彼女が先に来ているよ」

 彼女とマスターの話す声が聞こえる。私はまだアイス珈琲の入っている銅のコップをそっと机の上に置き、声のするほうへ身体を向けた。

「コイさん! おひさしぶりですね」

 艶のある胸元まで伸びた黒髪が、店内にいくつも吊り下げられている小さな鼈甲色べっこういろのライトに照らされている。相変わらず、見惚れてしまうような美しさだ。

「ひさしぶり! 早く着いちゃった」

 私は思わず声が高くなる。カウンターで読書してる男性に迷惑がかからない程度の声で喋らなきゃ。

「まったく、コイさんはいつも待ち合わせに早く着いてますよね……待たせてしまってごめんなさい……。あ、マスター。私もアイス珈琲を」

 壁にかかっている古時計はちょうど四時を指している。待ち合わせの時間ぴったりだ。彼女が私の目の前の席に座る。

「私がまた早く着きすぎたの。三十年前のあの頃を思い出しちゃった、西田さんと私でずっと待っててさ……」

「あのときは本当にびっくりしましたよね……。あ、お揃いのワンピース覚えていらっしゃったんですね!」

「覚えてた、覚えてた! 花柄のワンピース、ずっと大切に閉まってたんだよね」

 マスターがゆっくりと、アイス珈琲を運んできてくれる。

「こちらアイス珈琲と、サービスのクッキーになります」

 氷のたっぷり入ったアイス珈琲と、マーブル模様の綺麗なクッキーが机の上に置かれる。

「とっても美味しそうです、ありがとうございます……!」

 彼女は嬉しそうにアイス珈琲に口をつける。冷たい、ひんやりとした珈琲が香る。

「そういえば」

 突然、彼女が思い出したようにマスターに向かって話しかける。

「この喫茶店の名前って、どうして『スズラン』なんです?」

 マスターは、ゆっくりと微笑んで

「スズランの花言葉が素敵だったからです」

と言う。

「スズランの花言葉って、どういう意味なんでしょう」

 彼女は少し口をすぼめながら考える。私も一緒になって考える。少ししてから、マスターがまた口を開いた。

「……再び幸せが訪れる」

「え?」

「再び幸せが訪れる。それがスズランの花言葉です」

 私と彼女は思わず目を見合わせて、微笑んだ。

 どんなに辛いことがあっても、嬉しいことがあっても、分かち合えないときもある。それでも、きっと大丈夫。再び幸せが訪れたときの喜びを、君と私は知っている。

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君を明日、ここで待つ 鞘村ちえ @tappuri_milk

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