4.フルーツ牛乳と、一通のメール

「これだけ……?」

 今月の給料明細を見て思わずそう呟いてしまう。周りに流されるようにして入ったそこそこの大学を卒業して、そこそこ良い企業に就職したものの、上司のセクハラが酷く、すぐに辞めてしまった。

「あ、コイちゃん! 今日も頑張ってくれたからご褒美のフルーツ牛乳、タダで飲んでいいよ!」

 更衣室の外からふっくらとした笑顔でそう言ってくれたのはここの支配人、佐々木ささきさんだ。私はいま、勤続五年目になる銭湯のアルバイトをしている。

「え〜!ありがとうございます〜!」

 小さな冷蔵庫から、フルーツ牛乳を取り出す。カポッという音と共にふたを開け、ぐびぐび一気に飲み干す。甘い。フルーツ牛乳って、私もう子供じゃないんだけどなぁ。

 とはいえ、佐々木さんの厚意を無駄にすることは出来ない。大学を卒業してすぐに会社を辞めた私を「若い子がいると、なにかと助かるのよ〜」とニコニコしながら雇ってくれたのだ。当時は若かった私も今年でもう28歳、四捨五入すれば三十路だ。それでも“佐々木さんのなかの私”は23歳のままらしかった。

「お疲れさまです〜」

 飲み干した瓶を回収するカゴに突っ込み、佐々木さんに挨拶をするとすぐに銭湯を出た。外は真っ暗になっている。

 バイトは毎晩十時きっかりに終わり、お風呂もついでに入ってから帰る。いつもバイトが終わると、近所のスーパーかコンビニに寄って夕飯を買って、自転車で二十分のところにあるアパートに帰る。こんな生活をもう五年も続けているのだ。

 湯船に浸かったあとの、まだ少し火照った身体が夜の冷たい空気に撫でられる。銭湯の横に止めている自転車にまたがると、近所のスーパーに走らせた。

「ポテサラ半額に、唐揚げも半額……」

 スーパーのお惣菜コーナーは私の体調など気遣ってくれない。大量の炭水化物と油もののお惣菜が、半額のシールを貼られて並べられていた。

「海藻サラダは売り切れか……」

 仕方なくカット野菜と半額の唐揚げ、一瞬迷ってから缶ビールを手に取り、レジに向かう。大学生くらいだろうか、人目を気にせず手を繋いだカップルが先に並んでいた。いいな、と純粋に羨ましく思う。恋愛なんて大学生以来していない。バイト先は年寄りばかりでそんな気にもなれないし、出会いの場に行く元気もなかった。

「お疲れさまです」

 ふと、レジの男性にそう声をかけられ驚く。

「お、お疲れさまです」

 五年も同じスーパーに通っていると、レジの人の顔も覚えてしまう。名前こそ知らないけれど、いつもここで、この時間に働いている。どうやらそれは相手も同じらしい。会計を終えると、また自転車にまたがり、さっさと家に帰った。


 アパートに着き、玄関の鍵を開ける。途端に今日の疲れがどっとなだれ込んでくる。

「疲れたぁ〜」

 思わずソファにダイブする。こんな調子で人生大丈夫だろうか。恋愛もせず、企業に勤めもせず、のらりくらりとフリーターを続けるアラサーの私。

 最近、中学高校時代の同級生からの結婚や出産のニュースを聞くことも増えてきた。このままだと完全に置いてけぼりだ。

「わたし、大丈夫なのかな」

 電気のついたワンルームに一人、そう呟く。

 ぬるくなってしまった缶ビールを開け、喉に流し込む。やっぱり冷えてなきゃ美味しくない、と思い氷を入れたコップに残りのビールを注ぐ。うん、少しは冷えたかな。

 ソファから起き上がり、ノートパソコンを開いてメールのチェックをする。何かと通知が溜まっていくのが嫌いなのだ。メールをチェックして通知を消すのは日課のようなものだった。

 それから、毎日のようにメールを確認するのにはもう一つの理由があった。

「あれ、メールきてる」

 いつもは広告ばかりのメール受信箱に、珍しく一通のメールが届いている。差出人は


「ファンタジー小説新人賞……」

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