サウダージ少女とペンダント
鞘村ちえ
サウダージ少女とペンダント
妹の
「大丈夫、大丈夫! すぐに治してあげるからね!」
桜は傷のあるところに優しく手を添えて
「治癒能力__healing capacity__」
と唱える。すると、たちまち少年の傷は治り少年は笑顔になった。
「ありがとう、お姉ちゃん!」
「いえいえ、もう転ばないようにね!」
「うん!」
少年はそう言って街の中心にある噴水広場へ走っていった。
「ねぇねぇさっきの小学生かな? 可愛かったね〜!」
「うん、小一か小二くらいじゃない?」
「やっぱりそうかな? 可愛いな〜!」
この世界には異能力と呼ばれるものが日常的に存在している。例えば、妹の桜は治癒能力の異能力者だ。桜が傷や病気の部分に手を添えて
「治癒能力__healing capacity__」
と唱えると、その傷や病気がすぐに治る、という能力だ。
世界には桜のように異能力を持つ人で溢れている。無能力者の数はほとんどゼロに近い。
私は後者にあたる無能力者だ。無能力って本当に使えないし、すごくコンプレックスだったりする。周りの友達が憑依能力やら能力奪取をして遊んでいるのを見ると何にもできない自分が悲しくなる。
「はぁ……」
考えるだけでため息がでてしまった。
「なつ姉、どうしたの?」
「いや、なにもないよ。大丈夫」
「嘘だぁ! 絶対今『なんで無能力者に生まれちゃったんだろ』的なこと考えてたでしょ」
「え!? そん、な、こと考えてないよ!」
動揺を隠しきれなかった。桜には心配されたくない。姉としてのプライドみたいなものだ。
「なつ姉、動揺しすぎ。無能力者っていうことに対してマイナスに考えすぎだよ」
「だから考えてないって」
「ん〜、まぁどちらにしろなつ姉は考えすぎなの! もっと気楽にいこうよ〜」
「う、うん……」
桜は私のことを見て微笑んで歩きだした。正直、無能力者であることへの嫌悪感は無能力者にしか分からない事だと思う。
「さくら」
「ん?」
「私、先に帰るね」
「え? 授業のノート買うんじゃないの?」
「いや、大丈夫。また今度でも間に合うし」
「そっか! じゃあ桜は百均行って赤青鉛筆買ってくるね〜」
今日は土曜というだけあって街の活気がいつもよりある気がする。もう既に夕方とはいえ、夏の暑い日差しに照らされる街へ走っていく桜を見届けると、私は自分の住んでいるアパートへ歩きだした。
家に帰ると、ママが夕飯の準備をしていた。中学二年生になっても母親の事を『ママ』って呼ぶのって変かなぁ。
「おかえり、
ママは私が小学五年生の時に離婚した。だから、うちは母子家庭だ。
「ただいま〜」
ママは発火能力の異能力者だ。手のひらを上に向けて
『発火能力__ignition__』
と唱えると、手の上に炎が現れる、という能力。手の上にあるけど本人は熱くないらしい。
「あれ、桜は?」
「私だけ先に帰ってきたの。桜は百均で赤青鉛筆買ってくるって」
「そっか、帰ったら手洗いしてね」
「あぁ、うん」
洗面所がなく、キッチンとお風呂にしか蛇口がないのでそのままキッチンで手を洗うと寝室にある自分の布団に寝転がる。
私が自分は無能力者だと知ったのは小学一年生の時くらい。最初はもしかしたら、と思ってママの真似をしたりしていたんだけど、何を試してもだめだったから「あぁ、あきらめるしかないのかな」って。今でも時々隠れた能力とかあったりするんじゃないか、とか思うときもあるけど、現実はそう上手くいかないみたいだった。
「たっだいま〜!」
「おかえり、桜」
「おかえりー」
とたとた、という軽い足音と一緒に桜の声がきこえる。
「なつ姉、はい、これ」
寝転がってあお向けになっている私の顔の上に一冊のノートが置かれる。
「いいのに……」
「いいのいいの! 私がやりたかったことだから!」
「ありがとう」
「いえいえ〜」
私のついゆるんだ口元を見て、ニヤニヤしながら桜はキッチンに行った。ノートを手に取って少し微笑む。
「奈月、ご飯できたよ」
「うん、ありがと」
「なつ姉! 今日しょうが焼き!!」
「え! ほんと?!」
キッチンにしょうがと肉の焼けるいい匂いが漂う。
「うはぁ!」
桜がしょうが焼きの匂いをかいで笑みをこぼす。
「桜は食べすぎてお腹痛くならないようにね〜」
「はーい!」
桜は嬉々とした目でしょうが焼きを見ている。桜は食べることが好きだ。
「じゃあ、いただきまーす」
しょうが焼き、ご飯、みそ汁の順に食べ進める。
「どう? 美味しい?」
「美味しい!」
「うまい〜!!」
私と桜とママは目を見合わせて笑った。
「今日ね、治癒能力で小さい男の子を助けてあげたんだ〜!」
桜の話を聞いてママの顔が笑顔になる。でも、そこには能力のある桜を悪く思ってしまう自分がいた。
さっきまで美味しく食べていたしょうが焼きが急に冷たくなって、美味しくなくなった気がした。
「ごちそうさま」
「もういいの?」
「うん、大丈夫。お腹いっぱいになっちゃった」
「なつ姉、今日食べ終わるの早いね〜!」
桜の能力の話を聞くのがつらくて、立ち上がってキッチンのシンクに食べ終わったお皿を置くと寝室へ戻った。
どうして私は、無能力者として生まれてきたんだろうか。
「ふぅ……」
息を整える。心を出来るだけ落ちつかせて目をとじる。手の平を上に向ける。
「発火能力__ignition__」
何度繰り返しても火は現れない。これで何回目だろう。絶対に無理だと分かっていながら、再び息を整える。
桜は最近仲良くなったという
私は学校から家に帰ろうとしていたところだった。
「奈月さん」
上履きを履き替えようとしていたところを誰かに呼びとめられた。女の人の声だ。
「こっちです」
きょろきょろして声のする方へ向くとそこには黒いドレスを着た背の高いきれいな女性がいた。
「……校長先生」
声の正体は中学校の校長先生だった。
「奈月さんに良いお知らせがあるんです」
「良いお知らせ……ですか」
「はい、とても良いお知らせです」
校長先生の能力は結界能力だ。呪文を唱えると、先生の思い描いた範囲に結界を張ることができる能力。
「ラ・ベッリエーラ・ペルフェッタ」
校長先生は私と二人だけの結界をつくった。かすかに甘い香水の香りがする。
「奈月さん、落ち着いて聞いてくれるかしら?」
そう言って先生は私の周りをゆっくりと歩きだした。少し暗い結界の中にハイヒールのコツ、コツという音が響く。
「はい」
結界の中はとても静かだ。まるで真夜中に一人で起きてしまった時みたいに。
「……奈月さん、これをあなたにあげます」
先生が私に差し出してきたのは黒い色のペンダントだった。ペンダントは先生の手の平で天気が良い日の海みたいに輝いている。
「これはとても力のあるペンダントなんです。この世の能力を全て手に入れることができるんです」
「…………」
美しく輝くペンダントが更に魅力的に見えた。これで私は無能力者ではなくなるということだ。
「その代わり今までにあなたを悪く言った人を全て、いないことにします」
「え?」
もしもこのペンダントを付けたら自分は全ての能力を使うことができる。それは異能力者であったとしても魅力的な契約だった。
「どうですか?」
「…………」
先生は少し微笑んだ。
「奈月さんのことを悪く言う人はいなくなるのですから」
「先生」
「はい」
私はゆっくり息を飲んだ。息を飲む音も衣擦れの音も全ての音が結界の中に響き渡った。
「このペンダント、ください」
黒くつやつやと輝くペンダントを受け取る。
「うわぁ…………!!」
首にかけると一層輝きが増した。
「少し能力を使ってみてください」
「え、どうやって……」
「真似したらできますよ」
言われたとおりにママの真似をしてみる。手を上に向け、唱える。
「発火能力__ignition__」
すると自分の手の上に炎が現れる。
「うわっ! あつっ……くない」
「そうでしょう」
先生は静かに頷いた。
「これで奈月さんが虐められる事はないでしょう」
先生の合図で結界が崩れると私は再び校舎の玄関にいた。
私は今、全ての能力が使えると思うと、宝くじにでも当たって急にお金持ちになったような気分だった。
家に帰るとママがいた。
「おかえり」
「ただいま〜」
ペンダントはまだ隠しておきたくて、首にかけたまま服の中にしまっておいた。
「なんかいいことあった?」
「え、いや、普通かな」
突然の質問に少し動揺する。やっぱり顔に出ただろうか。それとも声色とか?
やはりママにはペンダントについて言った方がいいだろうか。ちょっと悩んだけど結局言わなかった。
「そっか」
「うん、っていうか桜は? 帰ってくるの遅くない?」
いつもなら玄関まで飛んでくる勢いの桜がいなかった。遊びに行っているんだとしても少し遅い気がした。
「え?」
嫌な予感がした。
「桜は、どうしたの?」
ママは困った顔をしていた。
「奈月の方がどうしたの、だよ。桜……? って誰?」
ペンダントのせいだった。
ママはすっかり桜のことを知らなかった。まさか、桜がいなくなるなんて思いもしなかった。私が校長先生からのペンダントの契約をもっとちゃんと聞いていればよかった。そしたら、桜は……。
能力が手に入る代わりに自分を悪く言った人はいなくなる、という契約がまさかただの姉妹喧嘩にまで効いてしまうなんて。帰ってくるまでそんなこと考えもしなかった。むしろ、ちょっと自慢しようとか馬鹿なことを考えていた。
今は能力よりも桜が帰ってきてほしかった。
「ママ、ちょっと行ってくる」
「え?」
本当は能力なんて要らなかった。ただ、自分にも何かが欲しかっただけ。
家の玄関を飛び出して、暗くなってきている夏の道路を泣きそうになりながら走った。
「先生……」
学校に着くと、そこには帰ろうとしている校長先生がいた。
「あら、奈月さん。帰ったんじゃないんですか?」
「先生、先生」
話し出したら泣きそうで、でも話し出さないと始まらなくて。
「このペンダント、やっぱり……」
先生は静かに私を見ていた。
「先生に渡します」
先生は分かっていたように頷いた。その瞬間、張り詰めていた糸が切れたように涙が溢れてきた。
「桜がっ、いなくっ、なった、んですっ」
ペンダントを首からとって先生の手の平に置くと、黒く美しく輝いていたペンダントは粉々に砕かれたように散って消えた。
「忘れていたけれど、このペンダントは一回持ち主が決まると、違う持ち主に渡ったときに消えるようになってるの」
「えっ?」
「だからもうあのペンダントは消えたのよ」
「……なる、ほど」
先生は首に付けている細い黒の時計を見て
「もうこんな時間だから今日は帰りなさい」
と言った。
「そう、ですね」
「そうよ、大丈夫。桜さんは戻っている」
先生は私を安心させるように微笑んだ。
「はい」
本当は聞きたいことが沢山あったけど、今は桜に会いたかった。
色んな気持ちを抱きながら家に帰ると、桜は寝室の布団で寝ていた。
「はぁ……」
安心して、嬉しくて、私の頬に再び涙が伝った。
「よかった」
静かにそう呟くと急に眠気が襲ってきた。今日はもう寝よう、と思い横になるとすぐに深い眠りに入った。
次の日に学校に行くと校長先生が朝礼で話していた。
「自分には何もないと思っている人がいると思います。でも、そんなこと絶対にありません。誰でも、見失うまで気付かないだけです。欲しいと思っている物よりもずっと大切でずっと必要なものがあるんです」
先生は私を見て微笑んだ。
「それを知っている人はきっと少ないと思います。でもその少ないうちの一人になってほしいと、私は思っています」
校長先生は私を、無能力で何も持ってないと思ってて、能力のある家族を恨んでしまう私を助けてくれた。無能力で何にも持ってないことなんてない、そんなことよりすぐ側に大切な人がいる。それを校長先生はあのペンダントを通して教えてくれた。
だから、今度は私が教える番だ。先生に教わったようには上手くいかないこともあるかもしれない。
でも、それでも、私みたいに何もないって考えてる人はたくさんいる。そんな人にこそ教えてあげたい。
近くにあるだけで気付いてないだけで、本当に大切なものはもう手に入れてるんだと。
サウダージ少女とペンダント 鞘村ちえ @tappuri_milk
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