s1.13 光魔法は癒さない。

 自室から場所を移し、先日の東屋に来ていた。


「それで、光魔法について教えて欲しいんだったよね?」

「そうです。アルクセラ先生に訊いて疑惑を持たれるのも嫌ですので。」

「王族について知りたいと言えば疑われもしないよ。でも今みたいに神妙な顔だとばれそうだね。」


 また顔に出ていたらしい。お母様のこととなるとどうも緊張してしまう。表情は諦めて誠実に生きよう。できないことよりできること。苦手なことより得意なこと。


「僕は光魔法には詳しい方だろうけど、僕自身は使えないから詳しくは知らないよ。大丈夫?」

「大丈夫かは分かりませんけど、少しでも情報が欲しいです。」


 魔法入門第六版に光魔法に関する記述は殆どない。あるのは光魔法の使い手は王族に多いということ。それくらいなら生まれる前から知っている。


「そうだな、何から話そう。光魔法の起源から話そうか。」

「起源ですか?」

「興味ある?、それじゃあ光魔法の歴史から話していこうか。」


 隣に座っているエリオットはペンを手に取る。


「光魔法の原点は浄化や回復の魔法なんだ。そして魔法を発動するときに光を発することから光魔法と呼ばれるようになった。」

 

 紙の一番上に「浄化」「回復」と書く。


「……となると光魔法にとって光は重要ではない?」

「そう。光を操る魔法ではないんだよね。だから古くは聖魔法と呼ばれることもあったらしいね。」


 単語を囲って「聖魔法」と書き、下に線を伸ばして「光魔法」と書く。効果だけなら聖魔法という名前の方が正しいように思える。


「ただ争いごとの少ない最近は、光魔法を王族の威厳を示すために使っているかな。固有魔法の一つだから光魔法が使えれば正当な血筋だと示せる。それに演出に使うと奇麗だからね。」


 神聖なものだと思っていたのに肩透かしを食らった。『完全無欠の悪役令嬢』では回復の魔法が活躍していたから正しく聖なる魔法だった。血筋を示す固有魔法であっても使い方によってこうもイメージが変わるのか。


「攻撃を与えるような利用はないのですか?」

「攻撃?、なにかあったかな。」

「光の魔法なら、太陽の光のように肌を焦がすこともできそうだと思ったのです。話を聞いている感じだと、なさそうですね。」

「怖いことを考えるね君は。でも確かに、光を強くしていけば攻撃系の魔法にはなりそう。研究はありそうだね。」

「光を束にすれば熱が生まれるらしいのです。それならばと思ったのですが。」


 わたしが怖い人だと思われるのは心外だ。レンズを知っていれば思い付く内容だろう。


「光魔法の研究は必要な人だけが知っていればいいからと秘匿されてるんだ。だから僕の知らない利用方法があるかもね。」


 エリオットは光魔法が使えない。だから王太子ですら教えられていない。それほどまでに光魔法は機密らしい。王太子が知らないということは国王になってすら知らない可能性があるということだろう。


「……そうなると病気を誘発する魔法というのは。」

「病気を?」

「特殊な光は病気を誘発するらしいのです。」

「僕は聞いたことないなぁ。」


 紫外線の危険性は知られていないのだろうか。


「でも合点がいったよ。君が光魔法について聞きたがったのは。要するに、君のお母様の病気は誰かによって故意に発症させられたものだ、と。そういうこと?」

「……はい。」


 お母様は殺されたのだという、提示できる証拠もないわたしの言葉。それをエリオットは信じているのだろうか。疑いなく信じるのは原作を知っているわたしだけだ。


「そういった特殊な用途の魔法なら犯人は王族だろうね。」

「光魔法の使い手が犯人とすれば勇者や聖女による犯行も考えられませんか?」

「いくら光魔法が使えるとは言っても、研究も何もなく使いこなすことはできないよ。」

「そうですか……。」


 容疑者に勇者を挙げていた。けど犯行は難しいのだろうか。前世の知識があっても、学ぶ環境に乏しい平民の生まれでは魔法の知識はない。そうなれば有効に光魔法を使えない。それに放射線は光魔法の真っ当な効果ではない。


「初代国王、王妃のような例もあるから断言はしないけどね。」

「初代勇者、初代聖女として名をはせた二人ですか。」


 初代聖女に関しては「太陽の子」とまで呼ばれている。平民生まれの勇者でも不可能ではないということだ。


「でも勇者が犯人ということはなさそうだけどね。」

「……なぜです?」

「もっとも最近の勇者でも100年以上まえだから、いるとしても10才以下だよ?、犯行理由も経験もない、まだ子供だよ。」


 この国では10才になると誰でも適性の検査を受けることになる。埋没した才能、それこそ光魔法の使い手といった人材を把握するためだ。貴族は生まれてすぐ検査してしまうからわたしには関係ないけれど、【チェルシェ】は教会で闇魔法への適性を見出されていた。【お母様】が隠さなければ国が保護していたことだろう。


「そうなると、怪しい人物といえば僕のお父上になるのかな?」


 そう大したことではないかのように呟くエリオットを見やる。やはり彼はこの事件自体をあまり信用していないのだろう。


「心にもないことを。」

「まぁ理屈だけで考えているから心は篭ってないかもね。」


 真剣に考えていないかのような発言に怒りの感情が湧いた。口には出さない。


「……チェルシェ。君と僕には温度差がある。僕が当事者じゃない以上しょうがないことだよ。ごめんね。」

「それは、その通りです。そうですよね。」


 理屈ではわたしも分かっている。


「けれど、それは悪いことだけじゃない。当事者じゃない僕だから気付けることもあると思う。僕は共感してあげられる人にはなれない。だから、僕をただ利用するつもりでいてくれてもいい。」


 そういってにっこり微笑むエリオットを見ると、自分は10才の少年に対して何を抱いているのかと、後悔が生まれた。いかなる将来を持っていても、幾ら聡明な子供であっても、彼は普通の子供だ。わたしとは違う。


「エリオット、ごめんなさい。わたしはエリオットのことを誤解していた。」


 自ずと頭を下げていた。


「誤解?」

「わたしはエリオットを道具のようには思えない。なのにエリオットのことを知ろうとはしていなかった。」


 【エリオット】のことはよく知っていたから。


「それに一歩引いてた。これじゃ友達ともいえない。婚約もただ契約の一つとしか持っていなかった。」


 協力者として考えていたから取引相手のような感覚だった。


「だから、お母様のことも、婚約のことも抜きにして。その。」


 エリオットは静かに耳を傾けている。それが心地よかった。


「わたしはっ、エリオットと友達になりたいっ。」


 驚くエリオットを見るのは初めてだった。この日初めて、わたしは感情的に喋れた。

 吐き出したわたしの眼には涙が浮かんでいた。何の涙なのか分からないのに、涙を流すのは当たり前だと感じていた。





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 s1.13 読了感謝!

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p.s. あとがきがスマートになりました。

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