s1.11 隣をともに歩く。

 その後、二人で庭園を散歩することにした。


「それで、褒めそやした気分はどうですか。」

飄々ひょうひょうとしたふうを装うより、いまの方が僕は好ましいよ。」

「そうですか。」


 夏のじとりとした空気が海風によって流されていく。照りつける陽光はつば広帽子が防いでくれる。運動しないわたしは、夏が嫌いではない。


「それにしても、今日は良く晴れているね。」


 雲のない青い空は地表に近づくほど白くなり、太陽は目視できないほど輝いている。隣を歩くエリオット殿下は、帽子も被らず空を見上げていた。


「暑くはないですか、帽子もなしに。」

「暑いけど、ここは風が心地いいね。王城は余り風がないんだ。」

「城壁で囲まれていますからね。」


 王城の部屋は窓を開ければこの庭園以上に風を感じられるのかもしれない。でも王城の庭園は夏の散歩に向いていないようだ。


「避暑のためにこっちに遊びに来るのもいいかもしれないね。折角せっかく婚約するんだから君との仲も深めたいし。」

「仲を深めたいのですか?」

「そう。君のお願い事がなんであるとしても、夫婦仲は良いに越したことはないよね。」

「……外聞のためですか?」

「そうでもないよ。貴族の集まりは男性と女性でへだたれているから、夫婦は協力して情報を集めないといけないんだ。伴侶はんりょと仲が悪いと話題に取り残されることもある。」


 それを聞いてわたしは日本の地域社会を思い出した。夫が仕事に行く割合が多い日本において地域住民と頻繁ひんぱんに会話するのは妻の方である。そして草むしりなどの重労働のイベントごとには各家の夫が駆りだされる。だから男は男同士で仲が良く、女は女同士で仲が良い。

 子供が同姓とよく遊ぶ習性があることとは違って、男女は社会構造によって集団を隔てていた。


「……そう思うと、わたしの家族はわたしの知らない所で苦労しているのでしょうね。」

「確かに、成人女性が一人もいないと大変かも知れないね。」

「お父様がたは今頃、何を話されているのでしょうか。」


 わたしはまだ子供だから、お父様やお爺様の会話に混じることはほとんどない。だから、外での家族を知らない。


「爺様の考えていることは良くわからないね。」

「そうなのですか?、エリオット殿下なら誰の心情も看破しそうですけど。」

「魔法を使っても不可能なことを僕ができる訳ないよ。」


 エリオット殿下は笑みをこぼしながらそういうけれど、本当だろうか。どうにも怪しく感じる。


「怪しんでるけど、できないからね?」

「いまだって心を読んだじゃないですか。」

「君がわかりやすいんだ。言葉は平静を装えても、表情には悩んだり面白がったり。」


 え。


「……そうだったんですか?」

「うん。愕然がくぜんとしてるね。」


 そういえば【チェルシェ】は表情がころころ変わる愛くるしいキャラクターだった。それを引き継いでいるとすれば、幼いころから貴族として成長しても、市井しせいに混じり溌溂はつらつに成長しても、どちらにせよ表情が操れないのかも知れない。

 使用人たちにも表情を読まれていたと思うと今更ながらに恥ずかしい。


「また恥ずかしがってる。」

「だって……!」

「僕なんていつも笑ってるから本心が見えないとか言われるんだよ?、それより余程いいと思う。愛想がいいと言ってほしいよ。」

「貴族としてはそちらのほうが良いです。」

「貴族だっていつでも謀略を張り巡らしている訳じゃないよ?」


 それはわかっている。でも話術に長けた人とは、ほど良く適当で、程よく嘘をつける人だとわたしは考えている。だからわたしは駄目なのだ。


「どんどん嫌われていっている気がするんだけど。」

「……いや、嫌いにはなってません。ただ……自分が不甲斐ないだけで。」


 人には得手不得手がある。それは努力が足りないのかも知れないし遺伝子的に欠けているのかも知れない。理由はどうであれ、わたしには不得手なことがある。でも目標を達成するには不得手なことをしなければならない。でも何もかも表情に出るほど不得手だとは思っていなかった。


「できないことは誰にだってある。……これだと説得力ないか。そうだね、得意っていうのは誰かと比較して、あくまで比較的得意なのであって、ひとたび別の人たちと過ごすようになれば不得意が得意になるかも知れない。」


 でもコミュニティを変えては目的を成し得ない。テニスプレイヤーに殴り合いで勝っても意味がない。


「それに、誰にも負けない人は世界にたった一人しかいない。一人もいないかも知れない。だけどそれは一対一で戦った場合だけなんだ。どれほど屈強な戦士も一個師団には勝てない。大抵の仕事は二人で取り組んだ方が早い。」

「もう一人が足を引っ張るかも知れませんよ。」


 自分でもわかっている。卑屈だ。


「仲間を不要だと思ったなら、それは役割の分担を間違えているんだ。その人が役に立つような役割を与えないとね。字が汚い人に書類を作らせて何度も書き直させるより、その人には文章だけを考えて貰って、書くことは字が奇麗な人に任せればいい。できないことが分かっているなら、それを補える仲間を得ればいい。

 僕は君の仲間になれると思っているよ。」


 裏のない言葉だと感じた。それは夏の日差しがみせる幻覚かもしれない。私がそう思いたいだけなのかもしれない。真っ白に輝く石畳を眺めても答えは書いていない。


「君が何をなしたいのか僕はまだ知らないけど、信じてもらえないかな。」


 信じたい。顔を上げるとエリオット殿下の双眸そうぼうは、わたしを真っ直ぐに見ていた。


「……信じられなくとも、わたしはもとよりエリオット殿下を利用するつもりでいました。核心を話さずとも、王太子の婚約者という立場は力になります。」

「確かに、次期王妃に媚びを売る人は多いだろうね。」

「でも、わたしは交渉ごとが苦手です。」

「うん。」


 金色の眼はわたしから外れない。


「だから、わたしには仲間が必要です。」


 わたしだけで復讐をなそうとして、失敗すれば二度と復讐できない。わたしは万能ではないのだから不得手なことは不得手だと認めて協力を仰ぐべきだ。頭ではわかっている。それでも躊躇ちゅうちょしなければならなかった。


 一呼吸おいて、わたしは息を整える。まぶたを閉じると、空気の流れを感じた。風で冷たくなった汗が滴る。まるで晩秋のような空気が肌に触れ、そのときだけは目の前の夏の風景が非現実であるかのように感じた。





「エリオット殿下。あなたも復讐劇、その役者として踊っていただけませんか。」


 王太子は目を細めて微笑んだ。






^―^ ^―^ ^―^ ^―^ ^―^ ^―^ ^―^ ^―^ ^―^


「s1.11 の pv が +1 増えました。」


 感謝に堪えません。耐え切れず厚着します。

 春のポカポカ日和びよりよ早くこいこい秋は寒い。

 つづきを読みたい方は、

 ぜひ ☆評価&フォロー をお願いします。

 私に極上のエサをください。


^―^ ^―^ ^―^ ^―^ ^―^ ^―^ ^―^ ^―^ ^―^


tips. お嬢様が被っていそうなつばの広い帽子をCapelineキャペリンと呼ぶらしいです。因みにカラフトシシャモの英名はCapelinキャペリンです。なのでフランス読みCapelineキャプリーヌを採用しましょう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る