s1.10 短絡的命名。

「それで、君には僕がどう見えているのかな?」


 カップケーキを食べ終えて、綽々しゃくしゃくと紅茶を飲むエリオット殿下。対してわたしは、これまでになく緊張していた。


「愚かな王子を演じて、敵をあぶりだすしたたかな男。」

「思ったより高評価だね。」

「王太子殿下に戯言ざれごとは言えません。」


 なにせ国王の下に法律がある。実権がなくとも王太子には逆らえない。

 わたしは平静を装って紅茶をたしなむ。したたる汗に気付いてないといいけど。

 空になっていたティーカップにポットから紅茶を注ぐ。


「それに、わたしはお願いごとをしたいのです。機嫌はとります。」

「お願いごとと聞くとなんだか可愛らしいね。もしかして婚約のこと?」


 このシチュエーションを面白がっているのだろう。両肘をつき前のめりのエリオット殿下は、顔合わせのときと変わって楽しそうだ。


「婚約のこともお願いごとの一つです。けれどほとんど決まったようなものなのでしょう?」

「当人が拒否するなら白紙にすることもあるよ。だけど僕にはその気が無いから、婚約は君次第だね。」

「積極的なのですね。驚きました。」


 権力の地盤を固めることが第一なのだろうか。個人的幸福が二の次な貴族はよく耳にする。貴族とは幼少期から政治に縛られる人種だ。


「僕は愚かな王子になりたいんだ。だから伴侶には賢くあってもらわないといけないと思ってる。」


 おとりには隙を見せた獲物を仕留めるパートナーが必要だ。


「……わたしを賢いと思っているなら、それは間違いです。」

「そうかな?」

「交渉を婉曲えんきょくに進めることも得意ではありませんし、嘘をつくのも苦手です。」


 秘密を隠すことと有りもしない自分を演じることは全く違う技術だ。


「確かに君は実直な物言いが好きなんだろうね。」

「はい。」

「でも嘘が付けないなら、それは君の短所だと思うよ。無策に弱点をさらしても成果は得られない。」

「……エリオット殿下も忖度なく話すのですね。」

「裏のない言葉遣いをする人は、裏のない言葉を求めるんじゃないかな。」


 どうとでも取れる言葉を聞いても何も判断できない。だから裏のない言葉が嬉しい。エリオット殿下の言う通りなのだろう。


「そうかもしれませんね。賢い方なら状況や人柄から裏まで理解されるのでしょう。羨ましいものです。」


 耳で聞いて論じ立てるのは難しい。本ならば読むことと考えることを好きなタイミングで切り替えられる。難解なら読み進めるのをやめ、既知の内容は読み飛ばせばいい。


「そうすると僕は君にとって賢い人、なのかな。」

「はい。わたしより余程賢いと思います。」


 素直な評価だ。人の機微を読むことにおいて【エリオット】の右にでる者はいない。


「僕にはわからないけど、……"賢い"ってなんだろうね。」

「……どういう意味でしょう?」


 賢さの指標といえばIQなどが思いつくけど、それが差しているとは思えない。


「じゃあたとえ話をしようか。……君にはこの庭は何色に見える?」

「芝のことをおっしゃっているならば、緑色です。」


 東屋の外に向けられたエリオット殿下の視線を追って質問に答える。奇麗に選定された庭は、夏の明るい日を浴びて鮮やかな緑色だ。


「じゃあ柱に絡まっている、あのつるの葉の色は?」

「緑色ですね。」


 なぜ当たり前のことを聞くのだろう。


「芝と同じ緑色?」

「違います。」


 即答する。


「つまり、芝の緑と蔓の緑は違う色。だけど、どちらも緑色と表現したんだね。」


 間違いなく別の色なのに、わたしはどちらも緑色だと答えた。言われてみれば芝は蔓と比べて黄色い。黄緑色と答えるべきだったか。


「芝は黄緑色だと答えた方が良かったですね。」

「その中間の緑色があったらどう表現する?」

「それは、……その。」

「色を言葉で表すのは難しいことだから、僕だって同じ色ではないと分かっていても、有り体な単語でしか表現できない。色以外でも、言葉はそれくらい大雑把なものだよ。」


 押し黙る。


「だから、"賢い"という言葉にだって色々な"賢い"がある。君の言うように、対話において発揮される賢さもあれば、孤立した環境で発揮される賢さもある。」


 エリオット殿下が椅子から立ち上がる。


「僕は君の慎重さを買っているんだよ。」

「慎重さ?」

「確証を得るために一言一言に気を配る。そして推測が正しかったか評価する。さらに正確な予測のために人払いをして、不確定要素を排除する。実に慎重だね。」

「……面白くありません。」

「うん?」

「なんでも見破られていると思うと、面白くないです。」


 得意でもない策を巡らしたというのに全て気付かれていたと思うと情けない限りである。本当にわたしと同じ10才なのだろうか。


「だから、嘘も時にはつかないとね。だからねないでほしいな。」

「……ん。」


 騙された振りを続けてほしかった、と思うほどにはわたしは羞恥と混乱から素直に喜べなかった。こんな褒めかたは嬉しくない。


「悪気はなかったんだ。許してほしいな。」


 隣にしゃがんだエリオット殿下は許してほしそうにわたしを見上げていた。





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「s1.10 の pv が +1 増えました。」


 感謝に堪えません。耐え切れずイラストを描きます。

 近況ノートに上げたので是非みてね。10話記念!

 ( https://kakuyomu.jp/users/constant/news/16816700427987258470 )

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tips. デジタルでは 16,777,216 色に色分けされてますね。#FFFFFF

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