s1.9 黄金色のカップケーキ。

 翌日はお爺様、お父様と共に、王太子を玄関前で出迎えた。


「こんにちは。」


 馬車から降りて挨拶をするエリオット殿下をしり目に、わたしは彼の背後に気を取られていた。


「こんにちは、チェルシェ嬢。私のことは覚えているかな?」


 降りてきた白髪の男性はエリオット殿下の肩に手をかけて、わたしと目線を合わせた。


「こんにちは、ノウマー公。覚えています。」

「嬉しいね。」


 にこにこと優しく、わたしの頭をなでる。悪い気はしない。彼こそ先代の国王、ペルシヴ・ノウマー公爵である。退位ののちにノウマー公爵を叙勲した。


「マルマスアル侯、このような場を設けていただき感謝する。」

「ノウマー公が訪ねられるとは思いもよりませんでした。望外の喜びでございます。」


 子供を挟んで、大人二人が挨拶を交わす。わたしは目線を外し、エリオット殿下を眺めていた。


 短く切られた黒髪で、金色の虹彩が目立つ。口元は笑っている。10歳ながらにして端正な顔が確約されている、嫌われにくい容姿だ。


 だからこそ、原作で感じた印象は間違っていなかったと、わたしは確信した。





「兄上もご健在でなにより。」


 ノウマー公とエリオット殿下を応接間に案内した。婚約の場だというのに男ばかりだ。


「足早に隠居した弟と違い、現役なのでな。」

「王位から逃げた兄上が何を言いますか。」


 談笑しているけれど、お爺様とノウマー公は仲が悪いのかと心配になる。アルクセラ先生から聞いたのは、ノウマー公がお爺様に役職を与えたという話だったけれど、軋轢になっているのだろうか。


「しかし、本日は何故ノウマー公がいらっしゃったのでしょうか。」

「陛下はお忙しいそうだ。息子の婚約なのだからと言ったのだがな、どうにも。」


 国王陛下が訪ねてきていれば、もっと緊張していた。でも、ノウマー公も王国の重鎮だ。体裁の上では国王が最上位でも、血縁は国王の父だから、対等に話せる人間はお爺様くらいだ。


「父上は国を第一に考えていますから、しかたないです。」

「国王としては正しいかもしれぬが……。」


 お爺様が国王に苦言を呈す。親の愛情を受けないことが良い影響を与えるとは思えない。親を失った悲しみは知っているけれど、愛されない悲しみは如何いかほどだろうか。


「爺様と一緒で僕は楽しいです。」

「よい子だエリオット、爺は鼻が高いぞ。」


 エリオット殿下の頭を乱暴に撫でる。今だけを切り取ればノウマー公も一人の好々爺こうこうやに過ぎない。


「エリオット殿下は、寂しくはないのですか?」

「寂しい?」

「お父様とあまり会えないのでしょう?」


 質問を投げかける。確証がほしい。


「爺様とはいつも一緒ですし、母上とはよくお茶を飲みますよ?」

「そうなのですね。」

「はい。」


 首をかしげてにっこり笑う。金の眼がわたしに突き刺さる。一挙手一投足を凝視されているように感じた。


「エリオット殿下。」

「どうしました?」

「庭園に行きませんか?」


 隣に座るお父様に提案する。


「庭園に?、いいけど、どうして?」

「二人だけでお話がしたいなと思いまして。

 お父様。エリオット殿下と庭園の東屋でお茶を嗜んできても良いでしょうか?」

「わかった。色々話してくるといい。」

「はい。」


 ソファから立ち上がり、エリオット殿下のそばにたつ。


「それではいきましょうか、エリオット殿下。」


 微笑んで右手を差し出すと、エリオット殿下は快く手を取った。





 我が家の庭園には丘の上に東屋あずまやがある。見晴らしの良いこの場所は、わたしのお気に入りだ。


 東屋に付き、お茶の用意ができるまでエリオット殿下は一言も発さなかった。メイドには緊張しているように見えただろう。


 リラにはお茶と菓子を用意した後、下がってもらうことにした。東屋にはわたしと殿下、ただ二人。風が心地よい。


「美味しそうなカップケーキですね。いただきますね。」


 やっと声を発したかと思うと、カップケーキを手に取った。そして紙のカップをいて、かじった。


「うん、美味しいです。」


 ひとこと感想をいうと、それからは黙々と食べていた。わたしは紅茶を飲みながら、ただそれを眺めていた。

 でも、いつまでもそうしている訳にはいかない。


「わたしは、暗黙の了解というものがあまり好きでないです。」


 沈黙を破ると、カップケーキを食べる手がピクリと止まる。 エリオット殿下の目線はわたしの眼に固定される。

 そして、また緩やかな眼に擬態する。


「何のことかな。」

「エリオット殿下はいつもそのように過ごされているのですか?」


 ふっ、とエリオット殿下は目を細めて笑う。いつもそうやって笑えばいいのにと、読者として思っていた。

 紅茶で咽喉のどを潤す。


「そうだね。僕は普段通りに接しているよ。」

「疲れそうなものですけれど。」

「君は息をするのにも毎日疲労感を感じているのかい?」

「息をするように嘘をつくわけですか。」

「面白い表現だね。」


 紅茶を一口飲むと、またカップケーキを齧る。カップケーキの感想は嘘ではないらしい。


「露呈しないものなのですか?」

「人は変化に敏感だけど、現状を疑うのは苦手なんだよ。」


 保守的な思想ならその通りだろう。今の生活に満足し、今の生活が続くことを願う。生きたければリスクは避けるべきだ。


「でも、どうしても得たいものがあるなら、現状を疑い、自ら変化しなければなりません。」

「そうだね。人間に生まれたなら、今に固執すべきじゃない。」

「わたしは将来の為にここに座っています。」


 エリオット殿下と庭園で話すシチュエーションを、わたしは誘導した。


「それじゃあ答え合わせをしないとね。」

「楽しいお茶会ティーパーティにしましょう、愚者の王太子殿下。」

「よろしくね、魔術師の令嬢。」


 ティーカップの紅茶は飲み終えてしまった。





^―^ ^―^ ^―^ ^―^ ^―^ ^―^ ^―^ ^―^ ^―^


「s1.9 の pv が +1 増えました。」


 感謝に堪えません。耐え切れず納豆を混ぜます。

 粒の好みは何ですか?、私はひきわりをご飯と食べるよ。

 つづきを読みたい方は、

 ぜひ ☆評価&フォロー をお願いします。

 私に極上のエサをください。


^―^ ^―^ ^―^ ^―^ ^―^ ^―^ ^―^ ^―^ ^―^


tips. 侯爵に使う漢字天候に使う漢字は別の字。執筆中に偶々たまたま気付きました。(候 = 人偏 + 侯)だそうです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る