s1.8 ルクメスクの飾り羽。

 わたしは王太子の来訪に先駆けて準備をしないといけない。


 礼節を知らないわたしは王太子に無礼を働かないかと心配をしていた。しかし内々の顔合わせであるし、社交界ではないから厳密でなくてよいとお父様から伝えて貰って少しは安心した。気は抜けないけれど。

 年を重ねても、身近の界隈の知識しか身に付かない。まして異なる世界の礼節を知りようがない。いままでの令嬢生活によって何となく身についている礼節を、明日は駆使するのだと戦々兢々きょうきょうとしている。


 それでも礼節を学ぶ時間は殆どない。礼節よりも身形みなりを整えましょうとリラに助言され、素直に従っている。


 わたしは普段、豪華な衣装を着ない。それは前世に関係なく、動きを阻害する重く鬱陶うっとうしい装飾がもともと嫌いなのだ。これは宝石などのアクセサリーに限らず、凝った刺繍も該当する。分厚い布に緻密ちみつな文様を糸で編みこむのだから、見た目以上に重苦しい。

 【チェルシェ】も同じ嗜好であった。彼女に関しては教会で育った境遇もあるだろうけど、軽く動きやすい服装が好きだった。活発な少女だ。


 専属メイドのリラはわたしの嗜好を把握している。だから普段着はわたし好みに手配してくれている。

 しかし明日はそうはいかないのである。


「ええ、それを着るの?」

「お嬢様、機能美のかけらもありませんが、貴族の服装としてはこちらがメジャーです。」

「わたしが機能美に固執しつづければ潮流が変わったりしないかな。」

「10年後ですね。いまは子供の我儘です。あきらめましょう。」


 わたしは諦めて着飾られることにした。今日だけはアクセサリーをぶら下げる。


 姿見に映るわたしは、いつもより豪華だ。色彩やシルエットも、服とアクセサリーが相互に作用して魅力を引き出している。これでわたしがにこやかに笑っていれば実に写真映えするだろう。


「こういうのは人形に任せるべき。」

「貴族の容姿は広告ですから人形みたいなものです。」


 鏡のわたしはニガい顔をする。同意見だ。わたしは好きな服を着るのではなく、着るべき服を着なければならない。





 午後からはアルクセラ先生も参加した。


「こんなにこだわる必要あるのかな。」


 ひらひらと腰をひねる。選択肢の中では軽いほうだけど、動くとスカートが脚に纏わりついてくる。


「エリオットに気に入られたいなら最適な服装を求めるべきだね。

 対等な立ち位置を求めるか、庇護欲そそられる女の子を演じるか。王族より上に立つのは誰からも好まれないからやめておきたいところだね。煌びやかにしたところで王族以上にはならない訳だし。」


 この婚約騒動をどう取り扱うか、わたしはずっと考えていた。

 わたしには10才にして婚約するという考えが良くわからない。日本では婚約という文化はとうに廃れている。これは自由恋愛が流行ったからだ。婚約という構造上、婚約する当人が契約するのではなく家長が配偶者を決定する。

 そして婚約という文化が存在するのは家族間の結束を高めるためだ。ヨーロッパの王族、日本の武将の家系図をみてみれば、主要人物は同じ家系図に収まる。条約に匹敵する外交手段だ。


「それで、エリオット殿下はどういった方ですか。」

「興味ある?」

「一応は。」


 エリオット・ラタ・ルクメスク。原作では人の成長を疑わない人物と描写されている。彼は悪役令嬢であるアルメラが投獄される最後の最後まで、アルメラを助けようと努力した。愚か者ともいえるだろう。


「エリオットは嘘という概念を認識していない気があるね。」

「?、どういう?」


 首をかしげる。【エリオット】はそこまで極端ではなかったけど。


「傍から見ていれば、何度も何度も嘘をつかれているというのに、それに気付いていないんだ。」

「鈍感なんですか?」

「鈍感だねぇ。私も差し障りない嘘をついてみたりしたけど、まったくもって気付かない。あれを国王にして大丈夫なのかな。」


 原作では緩和されていたから、今日から4年間で誰かに裏切られるのだろうか。……アルメラ?

 

「大怪我をしないうちに気付くといいですね。」

「私はチェルシェに期待しているんだけど、どうかな。」

「いやです。生涯恨まれそうですし。」

「強要はしないから、ま、好きにやって。」


 婚約してしまえばエリオットを教育しなければならないのかと見積もる。復讐の邪魔をするなら排除したい。でも、次期国王との婚約は貴族社会において絶大だ。


「……今後のことは明日対面してから決めます。」

「それが良いね。私のように結婚しないという手もあるんだから。」


 貴族として結婚しないのは家として多大なる損失なのでは。でも継承しない王家ならある程度大丈夫なのだろうか。結婚外交しそうなものだけど。


「アルクセラ様、私は知っていますよ。」

「……な、なにを?」

「フフフ。」


 リラは含み笑いを浮かべる。何を知っているのだろう。


「あのベーカリー、美味しいですよね。シェフの作ったパンも十分美味しいですが、ベーカリーごとの特色を楽しむのも面白いですよね。」

「美味しさにもバラエティがあるよね。同じ名前の料理でも作る人によって味は違うだろうし、ある人の好みの味がある人は苦手だったり、美味しくてもずっと続くと飽きてしまったり。」

「でもアルクセラ様はあのベーカリーに足繁あししげく通ってますよね。」

「おいしいからね、……そう!ファルマータのパンが美味しいから通ってるんだよ!」


 3人の中でわたしだけ知らないからこだわりがなくとも気になる。


「今度買ってきてほしいな先生。ファルマータのパン。」

「……いいよ。生徒の頼みは聞いてあげよう。」

「たのしみですねお嬢様。」

「うん。」


 本当に楽しみに待ち望もう。美味しさは甘みだけじゃない。けれど甘いものを食べると多幸感があるのも事実だ。


「リラ、少しお腹がすいてきたし、クッキーを持ってきてくれる?」

「はい。ただいま。」


 一礼してリラはクッキーを取りに向かう。


「昨日のことは覚えてる?」

「勿論です。……バークッキーをご用意しましたよ。」


 にこりと笑い、部屋を出て行った。


「バークッキー?」

「焼いてから切り分けるクッキーだそうですよ。」

「そういうのもあるんだ。」


 王族だと料理することもなさそうだから、先生とはいえ知らないことが沢山あるだろう。






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「s1.8 の pv が +1 増えました。」


 感謝に堪えません。耐え切れずワクチンを打ちます。

 貧血みたいな反応が出たよ。血管迷走神経反射かな?

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tips. 戦々兢々、知らなくても雰囲気で読める。

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