s1.5 家庭教師のアルクセラ。

「おっはよーございますっ!」

「おはようございます、アルクセラ先生。」


 蝶番を破壊する勢いで両扉を開け放ち、先生が登場した。定刻ピッタリであってもクッキーをたしなむ時間が壊されてしまったことに変わりはない。


「''アリー''って呼んでよチェルシェ。」

「あなたさまは我々の要たる国王陛下、その妹ではありませんか。

 わたくしめのような侯爵の娘には受容いたしかねます王妹殿下。」

従姪めいが固い!」


 この騒いでいる女性は、アルクセラ・ルクメスク。現王の妹でありわたしの先生だ。血縁関係でいうなら、先生はお母様の従妹いとこだ。


「ではいつもどおり先生と呼びます。それでいいですね。」

「姉のように慕ってほしいのに……。 

 いつになったら私は''アリー''と呼ばれるの……?」


 がくりと肩を落とすアルクセラ先生はもう21歳。わたしより11歳年上だ。それにしては幼く見える。彼女が年下だからだろうか。違うだろうな。


「アルクセラ様。地位を正しく認識することが大事だと教えたのは貴女あなた様ですよ?」

「それはそうなんだけど。……リラ、貴女なら''アリー''って呼んでくれる?」


 今度はメイドに懇願している。地位の認識はどうした?


「今後立場を気にしなくなりますが、それでもいいですか?」

「……お試しとかありますか?」

「今日一日だけといたしましょう。」


 頭の低い王妹だ。リラは人差し指を立ててにやりと笑う。


「そこまでして呼ばれたいのですか?」

「はい!」

「じゃあ早く授業始めてください、アリー。」

「あ、そうですねはい……。なんか思い描いていたのと違う。」

「頼んだのはアリーですよ。一日我慢しなさい。」

「あい……。」


 12才に弄ばれている21歳。わたしはニコニコと寸劇を眺めていた。クッキーと紅茶がおいしい。

 とはいえ、話したいことがあるから切り上げよう。


「授業始める前に、提案があります。」

「ん?」


 荷解きをしていた先生がこちらを向く。


「書庫を見たいです。」

「書庫?、うーん。それは私の一存じゃ決められないよ。バーテルに聞かないと。この家はバーテルの家だしね。」

「お父様の許可は取りました。」

「ほう?」


 先生は持っている本を一度テーブルに置く。クッキーを一枚つまんで口に放り込むと、目を閉じ口をもぐもぐと動かす。


「……ん、それなら、今日の授業は今日は書庫の使い方を学ぶことにしようか。」

「いいんですかっ。」

「学び方を学ぶ日ってことで。勉強はやりたいことをやるのが一番!」


 説得に成功した。リラは渋い顔をしていた。





 この屋敷は広い。だからわたしが踏み入れたことの無い場所もある。書庫もその一つだ。幸いリラが覚えていた。想像だけれど、彼女は全ての部屋を把握しているだろう。


 リラを先頭に廊下を歩く。紙束と筆記具は持っていく。クッキーはアルクセラ先生が奪った。彼女の鞄には紙袋がいつも入っている。授業のたびにお菓子を持って帰るから、クッキーは多めに作るよう頼んでいる。


 カーペットが敷かれた階段を下る。踊り場のステンドグラスが奇麗だ。外光によって輝く鮮やかなガラスに目を奪われる。この美しい色光しきこうは縁どりの黒によって際立つ。光は闇に差し込んでこそ奇麗だ。ステンドグラスは屋内から見てこそ価値がある。


 普段は一階に降りるとそのまま外に行って庭を散策する。でも今日は書庫に行くので、一階の奥へと歩を進める。


 一階の奥には地下へ降りる階段があった。屋敷の中でこれほど暗い場所は少ない。ランプで照らされた階段を下りていく。


「地下にあるんだ。」

「そうです。食糧庫もそうですが、温度管理しやすいので地下に作られていますね。」


 土の中は温度が変化しにくいと聞いた事がある。氷室が一例だろう。冬の氷を洞窟などに貯蔵することで、夏まで氷を保存する。


「湿気も大事だね。地下のフロアは魔導具で調湿しているんだ。」

「詳しいですね先生。」

「まぁ作ったの私だし。」


 先生の魔導具は素晴らしいと聞く。四属性に長ける彼女なら調湿装置などお手のものだろう。


「除湿しないとこういった木製の床も腐ってしまうから、調湿する魔導具はなかなか好評だよ。」


 先生はドンドンと床を蹴る。


「卑しい商人の話をお嬢様にしないでください、アリー。」

「私のことを卑しい商人だと思ってるのリラは。」

「違うんですか。」

「……お金は大事。」



 階下には木製の扉がいくつも並んでいた。

 リラの導きで奥の方へ進む。手前の方は食糧庫などの雑多なものが多く、奥ほど高価なものがあるらしい。


「こちらですね。」


 特徴的なマークがしるされた扉の前に立つ。この記号が書庫を表しているらしい。地下室の扉の形はどれも同じだ。利用者は入口から何番目の扉かを覚えているのではなく、それぞれの扉の記号を覚えているそうだ。


「文字じゃ駄目なのかな。」

「誰でも読めるとセキュリティーにならないからじゃないかな。」

「なるほど。」

「使う人さえ分かればいい訳だし、面白い工夫だね。」


 おちゃらけている先生だが、見識は本物だ。


 扉を開けてもらう。中は小部屋になっていて男性が一人いた。彼が司書なのだろう。武装しており、警備も兼ねているようだ。


「おはようございます、お嬢様。当主様からお話は伺っていますよ。

 鍵をお開けしましょう。」


 司書は椅子から立ち上がる。腰のポシェットから鍵を取り出して扉のカギ穴に差し込む。


「いい鍵使ってるなぁ。」

「……?」


 特別な鍵なのだろうか。手で隠されていてよく見えなかった。


「さて、開きましたよ。」

「ありがとう。」

「ところでそちらの方は?」


 そういえば先生を紹介していなかった。


「はじめまして、お嬢様の家庭教師を任されております。アルクセラと申します。」

「家庭教師の方でしたか。

 ……とすると、王妹殿下ではありませんか。失礼を致しました。」

「いえいえ。……流石にばれるか。」


 むしろ王妹でなければ書庫に入れなかったかもしれない。ばれて良かった。





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「s1.5 の pv が +1 増えました。」


 感謝に堪えません。耐え切れず寝ます。

 夢を見ない深い眠りが好きです。

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※従姪は従姪じゅうてつ従姪いとこめいと読みます。

 続柄としては従兄弟の娘のことを指します。

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