s1.4 割れたチョコチップクッキー。

 朝食のあとの紅茶。ストレートは苦いのではちみつが入っている。甘ければ甘いほど良い。

 一息ついて、お父様に視線を向ける。


「お父様、書庫に入る許可をください。」

「書庫?、どうしてだ?」


 お父様はソーサーにカップを置く。予想通り理由を尋ねられた。今迄いままでは本に興味を示していなかったのだから当然の疑問だ。


「何か学びたいと思いまして。」

「家庭教師に不満があるのか?」


 わたしには家庭教師が付いている。だから学びたいなら家庭教師に聞けばいい。


「先生には沢山学ばせていただいています。

 しかし、色々な人から聞いた方が良いという話を聞きました。

 なのでわたしは本を読むということもしてみたいのです。」


 お父様はお爺様をうかがう。お父様が当主とはいえ、公爵を無下むげにはできない。貴族は面倒ごとの上で成り立っている。


「私は良いと思うよ。自主性はとうとばれるべきだ。」


 お爺様はわたしの味方だ。お父様も敵ではないけれど、お父様には当主としての責任がある。


「そうですか。公爵がそう仰るなら反対する理由はありませんね。」


 よかった。許可は無事に貰えそうだ。


「チェルシェ、書庫に入ることは許可する。ただ、一つだけ注意してほしい。」


 お父様は真剣な表情でさとす。


「本というものは高価なものだ。一つ一つ時間とお金をかけ作られている。それでも本を作るのは、知識を文字という不変のもので書き留めるためだ。

 だから本を手荒に扱ってはならない。それと禁書と呼ばれる、外に持ち出してはならない本もある。

 司書によく聞き、規則を守って使用するように。」

「はいっ。」


 素直にうなずく。これでわたしは書庫を利用できる。


「それではわたしは部屋に戻ります。授業の準備がありますので。」


 うきうきした気持ちで席を立つ。


「それとあと一つ。本棚の上の方は手が届かないだろう。でも危ないから、チェルシェは梯子はしごに登らないように。司書やメイドに頼みなさい。」

「わかりました。ありがとうございますお父様。」


 いっぱいの蔵書。楽しみだ。





 知らないことが多くては、どれほど強い決意も意味がない。わたしは復讐のために学ばなければならない。


 まず第一に、殺人犯は誰か。現状、ほとんど情報がない。


 判っていることは、殺人犯は間違いなく前世の記憶を持っているだろうということだ。正確には原作の知識を持っている。

 なぜそう言えるのか。なぜなら、原作のお母様は生きているからだ。原作を知らないのにストーリーを変えることはできない。わたしが殺人事件だと確信したのも、ストーリーが変わっていたからだ。

 量子論的な考え方をするなら、未来は確定しない。全ての事象が確率で決まる世界なのだから、大抵のことは確定していない。しかし、わたしが原作とあまりにも似通った世界に生まれたその時点で、科学的な理屈はあまり意味をなさない。この世界の理屈こそが重要だ。


 勉強する第二の理由は、殺人の手法を調べるためだ。


 お母様はどのようにして逝かれてしまったのだろうか。わたしは何も知らない。毒殺なのか。感染症なのか。予想だにしない死因なのかも知れない。わたしは無知蒙昧むちもうまいだ。

 執事に言いくるめられた頃のわたしではないのだから事実を確かめよう。そして殺人犯が使った方法を見付けよう。


 公爵家は犯人を捕まえていない。それどころか犯人の存在を認識してすらいないのだろう。わたしの敵はそれほど強大なのだ。けれども、わたしなら復讐を成し遂げられる。


 本当ならば、今日すぐにでも書庫へ行きたかったが、今日は先生が来る日なのだ。応接間に留まって先生を待つ。


「お嬢様はクッキーがお好きですね。」

「チョコクッキーが特にね。」

「割合を増やしますか?」

「このままでいいよ。それより種類が増えたほうが嬉しいかな。」


 待っている間、わたしはクッキーを食べていた。テーブルの上にはプレーンのクッキーとチョコチップクッキーが並んでいる。とてもおいしい。当家のシェフの料理はなんだっておいしいのだ。


「どういったクッキーが良いですか?、シェフに伝えます。」

「……クッキーってどんなのがあるの?」


 そういえばクッキーの種類ということを考えたことがない。前世ではおいしそうなパッケージを選んで買っていた。もしくは有名な商品を買っていた。


「たとえば……、今日のクッキーはドロップクッキーと呼ばれる種類です。

 軟らかめの生地をシートの上に落として作ります。」

「型を使ったクッキーもあるよね。」

「ロールクッキーですね。

 固い生地をロールで引き延ばし、金型でくり抜いて作ります。」


 ポピュラーなクッキーは形からしてこの二種類だったように思う。他はなにがあるのだろうか。


「ほかには?」


 クッキーを半分に割りながら、リラに尋ねる。


「そうですね……、バークッキーという種類があります。

 一口大にしてから焼く。これがクッキーの基本的な作り方です。バークッキーは焼いてから一口大にカットします。手順が逆なんです。」


 あまり想像ができない。口に含んだ半分のクッキーを飲み込んでから質問する。


「えっと、どんな見た目なの?」

「焼いた後に切りますから、バークッキーには断面があります。なので簡単に見分けられます。

 それと軟らかいものが多いですね。」

「……クッキーなのに軟らかいの?」

「はい。」


 クッキーは固い物ばかりと思っていた。このさくさくしたクッキーのように。さくさく。うんおいしい。


「クッキーと聞くとクリスピーなものを思い浮かべますが、小麦を使った小さな焼き菓子のことをクッキーと呼びます。ガリガリとした食感のクッキーも、ふわふわのクッキーもあるのです。」

「ふ~ん。」


 感心する。この世界でもお菓子のレシピ本があるのだろうか。書庫で探してみよう。シェフの口伝ではないと思いたい。


「詳しいんだねリラは。」

「趣味で作っていましたので。」


 何でもそつなくこなすリラが手作りしたクッキー。 

 ……興味がある。食べてみたい。


「じゃあ明日、楽しみにしてるね。」

「はい。……え、私が作るんですか?」


 明日が楽しみだ。






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「s1.4 の pv が +1 増えました。」


 感謝に堪えません。耐え切れずクッキーを食べます。

 ついつい食べ過ぎちゃうね。

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※次話更新は 9/10 (金) です。

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