s1.3 令嬢とはちみつ。

 自室の扉からノック音がする。専属のメイドがわたしを起こすために部屋に来たのだ。


「おきてます。リラ、入って。」


 応答すると扉があいた。原作のメモは本に挟み、本棚に隠した。掃除をしたところで見つかりはしないだろう。


「おはようございますお嬢様。今朝はお早いご起床ですね。」

「目が覚めたのでおきました。」

「良いことですね。」


 リラは作り笑顔を浮かべる。メイドはいつだって笑顔だ。12才は小学六年生程度の年齢だ。そう考えると、リラは実に大人びている。幼少から貴族に仕えるとそのように成長するのだろうか。

 じいぃと鑑賞してもリラは表情を崩さない。


「どうしましたかお嬢様?」

「なんでも。」

「それでは着替えましょう。」


 そういうとリラはドレスラックの1着を手に取った。白い簡素なドレスだ。そういえばドレスラックには白が多い。パジャマも白かった。誰の趣味だろう。


「今日はこれに致しましょう。」

「……なんでそのドレスを選んだの?」

「他のがよろしかったですか?」

「そのドレスが嫌いなわけじゃないよ。

 でも、何でそのドレスにしたんだろうって、すこし気になったの。」


 わたしのドレスは誰が選んで誰が買ったのか。今迄いままでは気にも留めていなかった。でも着たい服を着るために見識を深めておきたいのだ。


「ここにあるドレス、どれもわたしのものでしょ?

 どれだってわたしのために作られたドレスだよね。

 でもリラはいつも、たった一つを選ぶ。それが不思議なの。どうやって選んでるの?」

「そうでしたか。お褒め頂きありがとうございます。

 しかし、それほど難しくはありませんよ。ドレスの選び方はとても単純です。実はというと、順番に着ていただいているのです。」


 人差し指を立て、リラは得意げに語る。いつもは冷たい印象の彼女も、褒められると嬉しいようだ。


「順番?」

「現在12着をご用意しています。12日ごとに同じドレスになりますね。」

「気付かなかった。わかれば簡単だね。」

「季節ごとに取り換えたり成長に合わせて新調することもございますから、全く規則通りとはいきません。けれど基本的なルールは変わりません。」


 この世界にも季節はある。衣替えは必須だ。

 今は夏。レパートリーには白や青を基調とした涼しい服が多い。秋になれば少し厚い服に変わっていく。気温を肌で感じ、主人に最適な服を選ぶのは難しいことだろう。


「もちろんいつだって、お嬢様に最適な一着をご用意いたしていますよ。お嬢様のため、一つの手も抜きません。」

「陰で色々してるんだね。」

「お嬢様が仰るならいかなるご命令でも従います。なんなりと。」


 本当に彼女は命令を実行するだろう。真剣な瞳に嘘の色はない。


 ここは12才の少女が完璧なメイドをこなす世界だ。日本人としての感覚も、庶民としての感覚も、面白いほどあてにならない。だからこの世界について学ぶ機会を作ろう。それが復讐劇のプロローグだ。



 会話ののち、わたしはリラに着替えさせてもらった。いつも通りの日常である。ドレスを着ることも、着替えを任せることも従順にこなす。手を横に伸ばして立っていれば終わるのだから、苦労など何もない。


 着替え終えると、食堂へ向かった。朝食を食べるのだ。

 朝食は毎朝食堂で取る。我が家は毎朝同じ時間に同じところに家族が集まり、朝食を取るのだ。この習慣はわたしが物心ついたころには既に定着していた。


 食堂へ歩く道すがら、お母様の油絵のかかった壁を眺める。カーテンが掛かっているので油絵を拝むことはできない。しかしその奥には昨晩見たお母様のご尊顔がありありと思い浮かぶ。赤いカーテンなど障壁に成り得ない。


 こころざしを新たに屋敷の廊下を歩く。天井まで届く大きなガラス窓があるので朝の廊下は明るい。朝は自然光を豊かに取り入れられるよう、この屋敷は設計されている。照明に乏しい世界だから、窓は大切だ。


 食堂の両扉をリラに開けてもらうと、お父様とお爺様は既に席についていた。早起きしても、食堂はいつもと変わらぬ風景だ。


「 お父様、お爺様、おはようございます。」


 席には厳格なルールがある。上座に座っているのはお父様だ。公爵たるお爺様ではない。なぜなら、ここは侯爵家が所有する邸宅であり、お爺様は客人なのだ。客人は主人の左前に座り、娘のわたしは右前に座る。それがルール。


 リラが椅子を引き、わたしは定位置であるお爺様の真正面に座る。


「 おはよう。」

「 おはようチェルシェ。今日はいつもより早く起きたのかな?」

「 はい。 」


 リラに続きお爺様も、わたしが早く起きたことに言及してくる。食堂へ赴く時間がそれほど違うのだろうか。顧みると確かにのんびりしていた。ベッドから起き上がるのも着替えるのも時間をかけていた。元来く性格ではない。


 そう思うと、いつも食堂に着くのはわたしが最後だ。いつも待たせてしまっていたのだ。辟易とした気配を微塵も見せない二人はやはり貴族なのだと実感する。

 だから時計を買ってもらおう。気配に出ないからといって家族に甘えない。そう心に決めた。


 席に着くと料理が運ばれてくる。当家のシェフが作った料理だ。

 朝食といって思い浮かぶのは何だろうか。日本ではご飯と味噌汁と漬物、つまり一汁一菜が伝統的だ。ただ一汁一菜の日本人は少ない。現実は食パンを一枚、何かを塗って食べるのだ。人によってはゼリーを呑む。海外だとどうだろう。イギリスは豆だと耳にした。アメリカではシリアル?、それともベーコンエッグ?

 しかしここは欧米でも日本でもない。日本人が作った小説の中の貴族の朝食である。


 ゆえに当家の朝食はフレンチトーストなのだ。


「 神の恵みを頂戴いたします。」


 お父様の食前の挨拶を聞いて早速、フォークとナイフを手に取る。たまごの黄色に粉砂糖の白が映える。


 食器は一度置いて、木製のハニーディッパーを掴む。零さないよう、はちみつをいっぱいトーストにかける。甘いものは美味しい。粉砂糖がはちみつに溶け、トーストが艶めく。


 ナイフ越しにやわらかさを確かめながら半分に切る。パンはふわふわだ。フォークで抜け落ちないようしっかり刺す。準備万端。


 大きく口を開けてフレンチトーストを口に突っ込むと、その甘さが口いっぱいに広がる。美味しさは甘みだけではない。パンは焼いてこそ美味しい。十分な仕込み時間と最適な焼き加減がこの美味しさを作り出す。フレンチ液はまんべんなく浸みこみ、焦げた所はない。シェフの繊細さがもたらす味だ。


「おいしいかい?」

「はい!、お爺様も早くお召し上がりください!」

「そうしようか。」


 お爺様はいっそう笑みを深めた。






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「s1.3 の pv が +1 増えました。」


 感謝に堪えません。耐え切れずはちみつを飲みます。

 結晶化したはちみつが好みです。

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