s1.2 わたしは悪役令嬢ではない。
お母様の油絵を鑑賞していたら、いつのまにか寝台で寝ていた。お爺様の腕の中は温かく、心音にはリラックス効果がある。相乗効果で寝てしまっても致し方ないのだ。
誕生日会ではドレスを着ていたが今はドレスを着ていない。メイドの一人がパジャマに着替えさせてくれたのだ。抱いていたのがお爺様だからといってお爺様が着替えさせたとは考えたくはない。
上半身を立てて自室を見渡す。朝日が昇ったばかりでまだ暗く、カーテンから漏れる光は弱弱しい。靴を履き、窓に近づいてカーテンを開ける。光源は自然光しかない。
「眩しい。」
裾を引っ張ってカーテンを開けると、日の光が部屋中に差し込む。窓の高さに苦労した甲斐がある。清々しい。本当なら窓を開け、風を感じたい。けれどガラス戸には手が届かない。
だいぶ早い起床にもかかわらず頭はすっきりしている。でも眩しいから
振り返り、自室をゆっくり一望する。
一角を巨大なプラッシュベアが埋めている。棚には誕生日ごとのプレゼントと本が並び、壁には各地の風景画が飾られている。
これは夢ではないのだ。ただ自分の記憶の中に存在する虚構をまるで実体験かのように経験しているのではない。これは現実だ。
「……記憶の
端的に自己紹介するならば、わたしはマルマスアル侯爵令嬢。お爺様がアール公爵だからアール公爵家の一員ともいえる。公爵は王族の次に高位で、王族の親戚に与えられる爵位だ。
お爺様の子は一人しかいない。そのたった一人がわたしのお母様、フィア・アール・マルマスアル。マルマスアル侯爵であるお父様に嫁ぎ、わたしを産んだ。
「わたしはアール公爵家の一人であり、マルマスアル侯爵の娘。
……そして昨日、男子大学生である前世を思い出した。」
わたしという一人称に違和感はない。もう10年だ。こちらの方が馴染んでいる。前世に固執することはない。
でも前世の記憶の中で一つだけ、看過できない事柄がある。わたしはテーブルに着き、万年筆を手に取った。卓上は窓の採光により十分明るい。
「……異世界転生。特に、原作を知っている
紙に人名を書く。わたしが転生した原作の名称は『完全無欠の悪役令嬢』。その登場人物のうち、わたしは主役令嬢と呼ばれるキャラクター【チェルシェ】に転生した。
「……悪役令嬢ではないので破滅エンドはなし。」
主役令嬢とは『完全無欠の悪役令嬢』の主人公人格が転生しなかった場合の主人公のことだ。つまりチェルシェは原作の原作の主人公といえる。
悪役令嬢の名前は、アルメラ・ペンデ・セオレ。セオレ公爵令嬢であり光魔法への適性がある。光魔法は王家の血筋に継承される貴さの象徴だ。
対するは主役令嬢、チェルシェ・アール・マルマスアル。マルマスアル侯爵令嬢であり闇魔法への適性がある。闇魔法もまた王家の血筋。しかし潜性遺伝なので数が少ない。
「闇魔法。」
原作の原作の名称は『
わたしが転生を確信しているのは、わたしがこの小説の登場人物を覚えているからだ。ファーストネームだけならいざ知らず、登場人物のフルネームが一致する創作物などありはしない。
しかしWEB小説なので、登場人物のイメージイラストは存在しない。つまりわたしは登場人物の姿を知らないのだ。
この部屋には姿見があることをわたしは知っている。わたしはテーブルから立ち上がる。
「……まぁ、いつも見ている訳だし?、物珍しさはない訳だけど。」
毎朝見ている身体だ。しかしこれほど真剣に見定める機会はあっただろうか。なんせ自分の身体だ。最も身近でありながら凝視することは余りない。
「うん、この顔なら自信をもってかわいいって自己評価できる。」
過剰な自己評価はナルシストと呼ばれる。だからわたしは客観的に妥当で正しい評価を心がける。
姿見に映るわたしは小さく幼い。白いパジャマを着た金髪の
「着替えようか。……いや、貴族たるもの一人で着替えてよいものか。」
わたしはわたし自身で着替えるということをしない。服を選ぶということも殆どしない。子供のセンスなど当てにならないし、大人になれば専門家に任せればいい。それが貴族だ。
だから今日、一人で着替えていたら大騒ぎになるだろう。他人任せというのは前世を思いだしたからには抵抗がある。男子大学生、着替えを手伝ってもらった記憶などとっくに忘れた。しかし小さな抵抗だ。10年の令嬢生活の
原作のチェルシェは10年も令嬢生活をしていない。よって、わたしは原作より令嬢らしい令嬢なのである。
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「s1.2 の pv が +1 増えました。」
感謝に堪えません。耐え切れず唸ります。
電車でニヤついてもマスクで隠れるよ。
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私に極上のエサをください。
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