わたしだけの復讐劇。 ―TS令嬢の闇魔法はお母様に捧げましょう。―

斜めの句点。

s1.1 お母様は既に死んでいる。

 わたしのお母様は他界している。わたしが3才になったばかりのことである。


 当時のわたしは前世の記憶を思い出していなかった。只の子供だったから、お母様の病気を理解していなかった。頭の中に悪い生き物が住み着いているのだという執事の話を信じていたのだ。気丈に振舞うお父様やお爺様、使用人たち。わたしはお母様を忘れて生きてきた。


 わたしの人格が変転したのは10才の誕生日のときだ。お父様のプレゼントを見て、前世を思い出した。


「……お父様。このあまりにも大きな箱は一体なんでしょうか。」

「誕生日プレゼントだ。」

「何が入っているのですか?」

「特注のプラッシュベアだ。」

「なるほど。」


 身長の倍の高さはあるプレゼントボックス。わたしは紙の箱をトラックと見間違えた。

 前世の死因であるトラック。男子大学生である前世がフラッシュバックした。小さなわたしの身長からすれば、3メートルの箱は威圧感がある。それは歩道に突き進むトラックに匹敵する。


「お爺様。お父様のせいで部屋が狭くなりました。」

「そうだな、隣の部屋と繋ぐことにしよう。レルツ、頼む。」

「はい、お任せを。」

「……。」


 レルツはお爺様の秘書だ。わたしが思うに、建築家への依頼書を用意しに行ったのだろう。明日にはわたしの部屋がまた広くなる。誕生日を迎えるごとに、私の寝室は広大になる運命なのだ。


 いつもと違って、今日は嫌味のつもりで発言した。でも、いつも通り、お爺様はわたしのお願いを全て聞き入れる。膝の上から見上げても、お爺様はにこにこと表情を崩さない。

 この家のツートップである男たちがわたしを甘やかす。公爵にとっての孫娘、侯爵にとっての娘。お母様が床に伏している頃からずっと、わたしを最大限甘やかして育ててくれている。


 お母様は美しい方だった。油絵でしかそのご尊顔に拝謁できていない。でも、いままでの誰よりも美しく、自信に満ちた表情であった。病に伏す前の絵だ。大きなおなかを抱え、お父様、お爺様とともに描かれている。

 家族四人が写る唯一の絵であって、寝室に続く廊下の一面に飾られている。でも、いつも赤い幕が掛かっている。絵が日に焼けないように守っているのだと、子供のころから判っている。


「お爺様。」

「どうしたのかな、チェルシェ?」

「お母様の絵が見たいです。」


 お爺様は驚いた。公爵家の当主だから、思い通りに表情を作るお爺様。でも左の眉が少し持ち上がった。


「どうしてそう思ったのかな?」

「10才になったからです。お母様に報告したいのです。」

「そうだね。それでは行こうか。」


 お爺様は膝の上のわたしを抱きかかえる。お年を召されても腕の力は健在だ。もしくはわたしが軽いのだ。体重を計ったことはないけれど、男子大学生よりは軽い。


 食堂からお母様の油絵までは、それほど遠くない。毎日の朝食は食堂で食べる。だから寝室に近い所に食堂がある。

 家族のだれもが朝と夜、お母様の油絵の前を通り過ぎる。でもその油絵は幕で隠され、普段目にすることはない。


「では、開けてくれ。」


 お父様が指示すると、二人のメイドが同時に紐を引っ張る。すると幕が上へ上へと昇る。


 それは壁いっぱいに飾られた油絵であった。額縁には金の装飾が施され、色彩鮮やかな家族の絵を際立たせる。前世でも拝覧したことがない。写真と異なる独特な雰囲気が、まるで血の通った人間であるかのように錯覚させる。


「これがチェルシェのお母さんだよ。」

「はい。」


 じいぃとお母様の顔を、お母様の双眸そうぼうを見定めていた。

 あおい瞳がうつしていたものは何であろうか。わたしをはらに抱え、絢爛けんらんな椅子に座る。後背にお父様とお爺様を携えたお母様。


 わたしの記憶が正しければ、お母様は健在でなければならなかった。原作に縛られぬ人生を歩みたい転生者が普通であろうとも、お母様には生きていてほしかった。


「……お父様。」

「どうした?」

「わたし、お母様のようになりたいです。」

「……そうか。それは良い心がけだ。」


 わたしを抱えるお爺様の隣に立ち、油絵を仰ぎ見るお父様。

 わたしの碧い瞳と金の髪はお母様と同じだ。だから、わたしは油絵のお母様と同じようになれるだろう。この自信に満ちた一人の人間になれるのだ。


「でも、チェルシェはチェルシェの好きなように生きなさい。」

「……どういう意味ですか、お爺様。」


 お爺様は優しい声色で、腕の中のわたしに語り掛ける。


「フィアも幼いころ、私の妻、チェルシェにとってのお婆様のことだね。フィアはお婆様のようになりたいのだと言って、それはそれは努力していたよ。

 でも、その憧れはバーテル。チェルシェのお父様に嫁いだころにはなくなっていたよ。」

「……どうしてですか?」

「フィアはお母様そのものにはなれないのだと理解したんだ。」


 目標を失うのは、自分の実力が足りないのだと気付いたときだ。達成できない目標だから、従来の目標を捨てて次の目標を作る。そうしなければ人生は無為に消費される。


「お婆様はそれほど凄い人だったのですか?」

「いいや。」

「お母様の方が凄かったと。」

「それも違うんだ。」

「……?」

「うーん、そうだなぁ。例を一つ上げようか。 

 リラ、金貨を二枚出してくれ。」

「はい。」


 後ろに控えていたメイドのリラがポケットから小袋を取り出す。なかにはいくつかの金貨が入っていて、二枚取り出した。リラの両手には一枚ずつ金貨が置かれている。


「この二枚の金貨。どちらのほうが価値があると思う?」

「……どちらも金貨なのですから、同じです。」


 一方が偽造硬貨である可能性もある。でも同じ小袋に入っていたのだから同じ価値だろう。


「その通り。この二枚の価値は同じだ。

 じゃあ次の質問だ。

 この二枚をシャッフルしたら、どちらがどちらか見分けられるかな?」

「……もう少し近くで見たいです。」


 その言葉でお爺様はリラに近寄った。お陰でわたしは金貨の表面を覗き込み観察ができる。


「この金貨なら見分けがつきます。」

「どうしてだい?」

「右手の金貨は、エンブレムの右上に大きなひっかき傷があります。左にはありません。だから見分けられます。」


 同じ金貨であっても製造年や流通経路は全く異なる。いま、この時間、たまたま同じ場所にあるのだ。だからよく見れば違いがあって当然だ。


「人も同じだということですか?」

「そう。人間であるというだけで、いかなる人間も同等の価値を持っている。けれど、生まれた家や血筋、地域、国、そして年代に至るまで。ありとあらゆる要素が付属していく。だから、どれほど努力しようと同じ人間などありはしない。」

「だから、お母様はお婆様にはなれないのですね。」

「お婆様と同等の実績を残すことは可能かもしれないけど、お婆様と同じ経験をして、同じ実績を残すなんてことはできない。フィアはそれを実感したんだ。」


 その通りだ。わたしはわたしでしかない。でも……


「でも、お母様を目指すわたしは、個性あるたった一人のわたしです。」

「……それが判るなら、私はチェルシェを応援するだけだよ。」

「がんばります。」


 原作を知っているわたしだからこそ、お母様の心情を知っている。できることがある。成したいことがある。

 一つはお母様が掲げた高貴さが与える義務ノブレス・オブリージュの実現。

 もう一つは、





 殺人犯への復讐だ。






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「s1.1 の pv が +1 増えました。」


 感謝に堪えません。耐え切れず爆発します。

 私は数字が好物なのです。

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 私に極上のエサをください。


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