第25話 腐霊

「おいおい、、、なんだよこいつら。」


悠は、この非現実的な光景に絶望していた。次々と湧き出てくる人間のような形をしたナニカ。シルエットだけを見たら誰もが疑いようもなく人間と答えるだろう。

しかしそのナニカの纏うオーラ、挙動、その細かな部分を見れば明らかに自分たちとは異なる異物であることが分かる。

そう、いわゆるゾンビのような見た目だ。自我がないのかひたすらに苦しそうに呻き、覚束無い足取りで、しかしその目的は自分たちだということがわかるように確実に一歩一歩距離を詰めてくる。

絶望をしていたのは悠だけではない。俺も美心も、初めて見たこの異物に少なからず動揺をしていた。しかし、そんな俺たちを余所に颯太とユイは明らかに俺たちよりも落ち着いている。


「二人とも、もしかしてこのゾンビみたいなの知ってるの?」


俺が2人にそう聞くと、肯定するように2人揃って頭を縦に振った。


「まぁね、実はここじゃない違う森に行った時、一度だけ遭った事があるんだ。」


「ユイはこれ組織で見た事ある。みんな腐霊フールって呼んでた。」


「じゃあこれはシェルシェールと関係のあるものってこと?」


ユイの発言からシェルシェールと腐霊の関係性を疑った美心は、彼女をきつく睨みつけた。


「多分、、、違う。だってユイたちもこいつらに襲われたから。」


嘘をつけないユイが言うのだから恐らくそうなのだろう。短絡的な思考かもしれないが、今はそう思っていた方が心が楽だ。


「悠。僕達から離れないように気をつけて。」


「あ、あぁ分かった。」


戦う力のない悠にそう忠告した俺たちは、悠を中心に円状に広がって臨戦態勢をとった。


「なるべく距離は離れすぎないように、相手が距離を詰めてきたら反撃する形で行こう。」


「うん、分かった。」


「えぇ、了解よ。」


「ん。」


颯太の提案に賛同した俺たちは迫ってくる腐霊に対して、各々の力を用いて迎撃した。


「くっそ、こいつらしつこすぎない!?」


「そうだ、言うの忘れてたけどこいつら不死身かってくらいしつこいからね。」


燃やしても燃やしても立ち上がってくる敵に、俺は辟易としていた。


「ん、すごく厄介。」


この腐霊たちはユイにとってあまり有利ではなかった。

その理由は腐霊の手にあるものを見れば一目瞭然だ。こいつらはゾンビ見たいな見た目のくせに武器を持っているのだ。

どこから持ってきたのか分からない剣や槍、斧やハンマーなども持っている。1度切りつけられただけで両断されるほどユイの植物はやわではないが、圧倒的な数による同じ箇所への切りつけは中々に応えていた。


いくら倒してもキリがないと感じた俺は、大きな一撃を相手にお見舞するためユイにある提案をした。


「ユイ、植物で腐霊たちを1箇所に纏められる?」


「わかった。緑樹りょくじゅ抱擁ほうよう。」


ユイが四方八方にばらまいた植物の種は、ばらまかれた瞬間ぐんぐんと成長していき、その植物たちによって半数以上の腐霊が1箇所に纏められて俺の目の前へとやってきた。


「出し惜しみしててもしょうがないか。」


自分の中に流れる英精ファージを激しく掻き回し、その英精を勢いのまま握りこまれた右の拳へと凝縮させていく。そこにあるのは、あの大男との闘いで見せた激しく光り輝く焔の閃光。

あの時よりは少しばかり威力を落とし、地面を踏み締め大地を蹴る。

一瞬のうちに腐霊たちとの距離を詰めた俺は、右手に燃え盛るこの焔を容赦なく奴らにぶつけてやった。


「───喰らえッ!!赫焉鳴鐘かくえんめいしょう


放たれた拳はフールたちに触れた瞬間大きな衝撃をもたらし、地面すら揺らしてみせた。


「はぁはぁ、これならどうだ。」


一気に英精を放出したことにより、俺は片膝を地面につく形で何とか気を保っていることが出来ていた。


「うそ、、、これでも倒しきれないの。」


煙の中から出てきた、未だ戦意の衰えた様子のない腐霊たちを見て美心がそう吐き捨てた。


「でも今ので結構数は減ったよ。柊のおかげで大分楽になったね。」


集められた腐霊の全てを倒すことは出来なかったが、颯太の言う通りそれでもだいぶ数は減った。


「しょうがないから回復するまでユイたちが守ってあげる。」


英精の大量放出のせいで体が少し動かなくなってしまった俺と悠を囲むように、三人が三角形を作った。

先程よりも敵の数が減ったのは確かだが、戦力が一人抜けたのは思った以上に痛手だったようだ。それを証明するかのように、三人の間をすり抜けてきた、斧を持った腐霊が俺に対してその得物を大きく振りかぶった。


「───ッ!!柊避けて!」


美心のその発言によって、目の前に迫る腐霊と対峙をしていた残り二人が、柊に迫る危険に遅れて気付いた。


何とか一歩でもその場からずらそうと身体をよじるが、全身が鎖で縛られているように重くて動かない。


(ヤバいっ、これ避けられない!なんか主人公的な展開起これよ!)


自分の身体を裏切り、とうとう神頼みをしてしまった俺は現実から遠ざかるように両手を目の前でクロスさせ、降り注がれる斬撃に備えた。




・・・しかし、いつまで経ってもその斬撃が自分に届くことはなかった。

恐る恐る目を開けてみると、そこには腐霊の片手と首根っこを掴み、地面に腐霊を押さえつける悠の姿があった。


「───ぐっ、俺の力だともう持たない!颯太、こいつに剣ぶっ刺せ!!」


そう叫ぶ悠に圧倒されていた颯太は一瞬現実から引き離された感覚に陥ったが、すぐさま意識を呼び戻し、言われた通り大剣を地面と腐霊を縫うような形で突き刺した。


「・・・驚いた。まさか英呪を持たない人間がこれを抑えるなんて。」


颯太は本当に珍しいものを見たかのように、自然と口から感嘆の言葉が漏れた。


「はぁはぁ、一瞬だけどな。柊、大丈夫か?」


俺は差し出された颯太の手を一瞬の逡巡の後、躊躇いながらも握った。


「あ、ありがと。ごめん、本当は俺がやらなきゃいけないのに。」


「気にすんな。持ちつ持たれつってやつだろ?だから今度はお前が俺を守ってくれよ。」


白い歯を見せながら微笑む悠の顔を見て、改めて彼の主人公属性の強さを再認識をした俺は少しばかりの悔しさと、こんなにかっこいい幼なじみを持てたことを誇りに思った。


「うん、あとは僕に任せておけ。」


まだ身体を完全に自由に動かせるようになった訳では無いが、もうここで守られているわけにはいかない。


(普通の人間である悠が刃物を持つ化け物に立ち向かったんだ。それなのに俺がこんな事でビビってるなんて、そんなダサいことは出来ないよな。)


そう自分を奮いたたせ、何とか立ち上がることが出来た俺は、戦線に復帰して残っている英精を絞り出しながら必死に応戦した。

その光景に影響を受けたのか、颯太もユイも美心もどんどん勢いが増していった。


俺は両の拳に焔を纏わせ、腐霊たちに津波のような勢いで攻撃を食らわせていった。

美心は自由自在に王流の三叉槍トリアイナを操ることで次々と敵を串刺しにしていき、ユイは袖や地面から生やした多種多様の植物によって、しびれ粉のような特殊な粉を撒き散らしながらムチのように植物をしならせて攻撃をする。


「柊、俺の剣に焔を纏わせることって出来ないかな?」


数多の剣を自分の体の一部のように操りながら敵をどんどん切り倒していく颯太が、俺の方へ顔を向けながらそう言った。


「・・・エンチャント、やってみたい!」


様々なファンタジー作品で見てきた憧れのエンチャント。それが現実で可能かもしれないと思った俺はこんな状況にも関わらず興奮してしまった。


「やってみるよ!」


俺は数ある剣の中の10本ほどに意識を傾け、女性の柔肌を撫でるかのようなイメージ(実際に触ったことは無いが)で、その剣身に焔を纏わせていった。


「おぉ!やっぱり柊はセンスがあるのかもね。」


「ま、まぁね!このくらい楽勝だよ!」


颯太もこの現象に興奮しているのか、声色がいつもより少し高くなっている。


「よし、あとは任せてよ。こいつで全て決める。」


颯太は焔がエンチャントされた剣を自分の背中に放射状に展開し、右手にも同じく焔の剣を握りしめ、残り少ない腐霊の軍勢へ突っ込んでいった。

そこからの展開は圧倒的だった。荒ぶる剣から巻き起こる焔の嵐は瞬く間に敵を殲滅させていき、気付いた時には全ての腐霊が動かぬ骸となっていた。



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