牛の首(2/3)

  

(へえ。綺麗だな……)

 素直にそう思った。

 

 写真は一枚の浮世絵を、画面いっぱいに写したものだった。

 どこか歌川広重を思わせる様な、青が印象的な風景画だ。

 

 河原で子ども達が笑顔で何かを囲み、木の枝でつついている。

 画像を拡大して見たが、黒っぽい何かという事しか分からない。周囲の子ども達の頭と同じくらいの大きさだろうか。

 絵の左上には「牛ノ首」とだけ細い筆で書かれているので、その黒っぽい何かが刎ね落とされた牛の頭部なのではないかと想像しそうになり、軽く頭を左右に振った。

 

(うーん、歌川に影響を受けた絵師なら天保かな……? 骨董品の鑑定練習にはうってつけの物かもしれない)

 

 ポコンと音を立てて、次の画像が送信されて来た。

 2枚目の画像はいわゆる美人画だった。

 背景が無く、着物を着崩して片方の乳房を出した女性が一人。こちらを向いて立っている。

 

(正面って珍しいな。着物の模様が異様に細かく描写されてるし。鳥居清長みたいな頭身だけど、顔の描き方が浮世絵っぽくないな……。海外の絵に影響を受けて浮世絵として描いた割と最近の絵……?)

 

 この絵にも、左上に細い筆で「牛ノ首」と記されている。

 

(筆跡が同じ……。画風がかなり違う気がするけど、同じ絵師なのか。なら一枚目も、天保ではなくもう少し後の物なのかな?)

 女性の顔、着物、そして左上の文字を見た後、再度女性の頭部に視線を向けると、うっすらと首に一本の線が引かれている事に気付いた。それは筆で引かれた線ではなく、紙についた折り目にも見えた。

(あれ? さっき、こんなのあったっけ? 着物の模様に気を取られてたから気付かなかっただけか……?)

 

 ポコン。

 3枚目の画像が送られてきた。

 

 3枚目もまた風景画だったが、次は真っ赤な山が描かれている。おそらく紅葉こうようを描いたのだろう。

 画面の右寄りに丸みを帯びた山が一つあり、上から赤、茶、緑、白といった具合にグラデーションに色が置かれている。その下を左下に向かって流れる川らしきものがくにゃくにゃと描かれている。

 川の水面には、おそらく映り込む山の木々を表現したかったのだろう。

 青ではなく赤が使われ、まるで山から血が流れだしている様にも見えた。

 

(なんだこれ? 同じ絵師にしては1枚目と3枚目の画力の差がすごいな。本当に山と川なのか疑問に感じるくらい……下手だ……。もしかして下書きとかラフ画ってやつか?)

 やはり左上には同じサインが入っているので、同一人物が描いた絵なのだろう。

 

 ポコン。と4枚目が届いた。

 

(………え…………?)

 4枚目は真っ黒に塗られた長方形の紙だった。

 

「あ。絵、か……。写真撮るのミスったのかと思った……」

 筆を使って墨でぐちゃぐちゃと塗り潰したのだろう。よく見ると、ところどころ色にムラがある。

 左上に微妙に墨が薄くなっている箇所があり、「牛ノ首」と書かれている。

 

(うーん……。やっぱり最近の人が描いた物かな? 前衛アートとかのつもりなんじゃないかな)

 後輩はこの絵のどこを見て浮世絵だなんて思ったのだろうか。

 

 ポコン。と最後の画像が届いた。

「やっぱ、これ最近描かれた絵だろ」

 5枚目は、浮世絵よりも最近の日本画に近い気がした。

 岩絵具を使いキャンバスに描かれた抽象画やデザイン画にしか見えなかった。

 

(なんだこれは)

 赤黒く塗られたキャンバスに、インクを垂らしたり飛ばしたりした様な白い点が飛び散っている。

 白い点は全て微妙な楕円になっており、短い糸クズを表現している様にも見えた。

 ニカワで貼り付けられた絵具が剥がれかけているのだろうか。それとも、影も描かれているのだろうか。

 拡大して見るが、判断が出来なかった。やたらと画質が悪い気がする。モザイクっぽく見える部分も全て描かれた物なのだろうか。

 

(なんか気持ち悪いな……)

 

 糸の下にある影のせいだろうか。

 ずっと画像を眺めていると、まるで騙し絵の様にその糸がピクピクと動いている様な錯覚に襲われた。

 

(牛ノ首。同じ絵師のサインか。1枚目と2枚目はそれなりに上手いと思ったけど……。美大生の孫でもいて、有名な絵画を模写練習した物を祖父母が記念に保管しておいた……て感じかな?)

 

「骨董品としての価値は無さそうだな。それより、もう3時になるじゃないか。俺は寝るぞ」

 メッセージを打ち込み、今度こそ眠ろうとした。

 

 

──────ポコン。

 

 着信音がしたが、開いたままのメッセージ画面には新しいメッセージや画像は届いていない。

  

 ポコン。

 ポコン。

「……?」

 

 ポコン、ポコン、ポコン。

 

 ポコン、ポコン、カポン、カコン、ポコン。

 

「え、えっ? 何だ?」

 ポコン。ポコン。ポコン。

 ポコン、カポン、コポン。

 メッセージの着信音に設定してある木魚もどきの音は、一種類だ。

 別の音が混ざる事など有り得ないが、木魚よりももう少し軽い物を叩きつけた様な音も聞こえる。

 

「バグか……? 一回電源落とすか」

 メッセージアプリには5枚目の画像以降、何も送られてきていない。

 かなり前にもゲームアプリがバグって、アプリを閉じているのに音だけが鳴り続けるというい事があった。

 俺は一度スマホの電源を落とし、再び電源を入れた。

 

 ポコカポコポン。

「えっ……? スマホじゃない…………?」

 電源を入れたばかりのスマホはまだ起動中だ。黒い背景にスマホ会社のロゴマークが浮かび上がっているだけで、ホーム画面が表示されるまでまだ10秒程かかるだろう。

 

 耳を澄ませば、ポコンという何かを叩く様な音は部屋の外から聞こえて来る。

 ポコン。ポコン。

 カポン。ず……っ、カツン。

 コツ。コツ。ず……っず……っ、カコン。

 

(な、何か居る…………)

 ベッドの上でスマホを握りしめたまま、少し上半身を起こした。

 実際にはほんの数秒だったのだろうが、酷く長い時間、自室のドアを見つめたままそうしていた気がする。

 

 ポコン!

 

「ひっ!」

 今度は本当にスマホからメッセージの受信音が鳴った。

 思わず裏返った声が出た。

 

 ポコン。

 ポコン。ポコン。

 

 ポコン、ポコン、…………ポコン。

 

『先輩』

『そっちに行ってますよね』

『消えてます こっちの絵の中からは』

『ごめんなさい』

『ごめんなさい』

 

『全部早く誰かに転送してください』

『そこに居るんです、中に居るんです』

『見えましたよね?』

『赤ん坊を蹴る子ども達、首を吊っている女の人、』

『袋詰めの頭部』

『こちらを覗く眼球、湧き出る蛆虫』

 

 

 

 ポコポコポコポコポコ

 

 ポコン。

 

『こっちにはもういません、そっちにいったんです』

 

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