■■の首【都市伝説】

栖東 蓮治

牛の首(1/3)

 

 2021年7月。

 確か28日だった。

 28日になったばかりの深夜2時過ぎ。

 

───ポコンッ

 ヘッドボードに置いてあるスマホが、木魚を一回叩いたような軽い音を出した。

 メッセージアプリの着信音だ。

 

『先輩!』

『見つけました、牛の首!』

『牛の首ですよ!』

『本当に存在したんです!!』

 

 普段はいくつかの用件を一つの文章に収めた、長々とした文章を送って来る後輩から断続的なメッセージが届いた。

 よほど興奮しているらしい。

 ポコポコポンと連続で着信音が鳴ると、まるで枕元で坊さんが木魚を奏でている様だった。

 

『怪談話なので古書や巻き物だと思うでしょう?』

『なんと! 牛の首は浮世絵だったんです!!』

『絵の中に見つけたんです!』

 

『いま、田舎のお婆ちゃん家に泊まりに来ているのですが』

『お婆ちゃん家の近所……といっても車で往復1時間以上かかる様な離れた位置にあるのですが。田舎は山1個に対して一軒家が数軒って感じですからね。これでも一番近いご近所さんなんです』

『で! そのご近所さんが岡山だったかな。忘れちゃいましたが。とにかく高齢だし、他県に住んでる娘夫婦の家で同居しようって事になったらしく。今の家を引き払う為に家具やら何やらを処分するというので、片付けの手伝いに行ったんですよ』

『お屋敷って呼べちゃうような結構大きな家で。蔵まであるんです』

『僕が大学で骨董品同好会に所属してるって話をしたら、蔵の中に残っている物は全部廃棄するから好きに持ち帰って良いって言ってくれて。もちろん漁らせてもらいました(笑)』

『さすがに値段が付きそうな物はすでに運び出された後でしたけどね』

『残ってたのは古い家具に、割と最近の量産品の食器とかばかりでした』

『ただ、その中に結構な枚数の絵がありまして』

『曾祖父だったかな? 昔、無名の浮世絵師が描いた絵を趣味で集めていた人が居たそうで。一応全て鑑定には出した後で無価値な物しか無かったらしいのですが。万が一、もしかしたら掘り出し物があるんじゃないかな~って思って、まとめて貰って来たんですよ』

 

『今、全部の名前を調べ終わったんですが、本当にゴミしか無いみたいです』

『ただ、その中の5枚だけ。絵師の名前に気になる物がありまして』

 

『絵師のサインだと思われる場所に書かれた文字が、牛ノ首……』

 

『サインではなくて絵のタイトルの可能性もありますが。5枚全てに書かれているので、絵師の名前だと思うんですよね。僕は』

 

 ポコンポコンと一定のリズムで木魚を鳴らし続けるスマホを握ったまま、俺は半分眠りに落ちていた。

 俺が興味あるのは骨董品であって、古い怪談話ではない。

 そもそも牛の首というのは、内容が怖すぎて恐怖で死んでしまう人まで出てしまい、世に広めるのは危険だと判断した当時の人達が後世に語り継がれぬ様に、わざと隠して消された怪談───という設定の創作話だ。内容など最初から存在しない。存在しないという部分までが牛の首のストーリーだ。

 

(後輩がフィクションと現実の区別もつかない阿保だったとは驚きだ)

 

 うるさい眠らせろ。とだけ送りつけてから、スマホの電源を落としてやろう。

 そう思い、ほぼ閉じていた目蓋をこじ開けてメッセージアプリの画面を見ると、一枚の写真が送信されていた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る