第5話 人と世界と

「この本はね、要するに人間でいうあかちゃんなんだよ」


は?・・・開口一番に意味のわからない事を言われた。

赤ちゃん?本?どういう事だろう?・・・


「ええと、教授それはどういう意味でしょうか?」


全然見当も付かなかったので素直にそう聞いた。


「人間の赤ちゃんは何もわからないし、何も知らない。だからこそ何にも染まらない真っ白とも言えるだろう?この本も同じなんだよ」


ますます分からない・・・いや言っている事は分かるんだが、なぜ人間の赤ちゃんと本が結びつくんだ?


「この本はまだ生まれていないのさ、だから何を書こうと真っ白になってしまうんだ。まだ生まれていない赤ちゃんに何かを教えようとしても無理だろう?それと同じだと言っているんだよ」


なるほど・・・言いたい事はなんとなく分かるが、それでは説明にはならないと思う。


「つまり・・・この本はなんだというのです?」


結局のところそこが知りたいのだ。回りくどい言い方をするのはいつもの事なのだが流石に先が知りたい。


「君は相変わらず頭が固いねぇ・・・、そんなんだから彼女も出来ないんだぞ」


それは関係ないと思う。

とは言え、最近気にしているので結構刺さる一言だった。


「まぁ、何にでもなるし、なんでもできるという事さ」


要はわからないって事なんじゃ・・・いや俺の理解力がなさすぎるだけなのか!?


「私の口からはこれ以上は言えない。世界は広いんだ、自分の目で見て確かめてみるといい。見えているだけが世界じゃない・・・もう一度言うぞ。世界は広い」


世界は広い・・・?いやそりゃあ面積的に見てもかなり広いと思うが。

なんなんだこの人、言えないんじゃなくて本当にわからないからそういう言葉遊びに走っているだけなんじゃ・・・?

神話好きを拗らせすぎてるだけなのではないかとも思いつつも、冷静に考えてみる。

「世界は広い」言葉だけをみるならばありのままを言っているだけだ。

と言う事は、既に見えている部分で考えてはダメなのだろう、とすると宇宙って事だろうか?

あれやこれやと思考を巡らせ始めた所で教授が更に言葉を付け加えてくる。


「世界という概念そのものを君は固定観念に囚われすぎて考えている。前にも言った事があっただろう?人は目で見て体験した事しか記憶できないし、想像する事が出来ないと。君が知らない世界を君がどれだけ考えても答えは出ない。だから自分の目で見ろって事だよ」


つまりは、俺の知らない事ということか・・・それも遺伝子レベルで?ちょっと待て、じゃあ教授はそれを見たってことか?俺の知らない何かを。

けど、それって・・・。


「この本は君が持っているといいだろう、シグには私から言っておこう」


そう言いながら本を差し出してくる。

教授は、話はこれで終わりと言わんばかりに席を立ち酒の瓶を手に取り始めた。

その姿は先ほどの教授とは全く違っていつも通りになっていた。

その後2時間程だろうか、教授の酒の相手をしてから家に戻ったが帰路についても頭からずっとあの言葉が離れなかった・・・。


「世界は広い」

果たしてどういう意味なのだろうか?、結局この日は眠れなかった。

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