第六話(5)

 

 

 

 キーヴァンさんが鍵をユーヴェルドに預けたので、いまは「元」キーヴァンさんの酒場ということになるけど、そこに戻る前にボクはもう一度、東門の様子を見に行くことにした。

 門の前には再び幌馬車と、徒歩または騎乗の旅人が集まっている。いまさっき東門外の宿屋を出て来たヒトたちだろう。

 四台連なる幌馬車はどうやら旅芸人一座のもので、荷台には解体した舞台装置の間に団員たちが縮こまって乗っている。

 そのほか装備の買いつけに来た傭兵らしい武装して騎乗した一団、街の外で夜を愉しんだのであろう不心得な白い巡礼装束の男たち、画架がかを携えた若者と獣人の少年のふたり連れは芸術家とその使用人だろうか。若者は弟子をとるほどの年齢ではなく、獣人が芸術家として身を立てることも難しい。

 衛兵たちは彼らに街への立ち入りが認められないことを告げている。

 しかし帝国軍の襲来とは言わず、街で「ちょっとした事件」があったとしか説明しないので、みんな困惑するばかり。

 ロレイシアが道の端に立ってその様子を見守っている。ほかに三人の女冒険者が一緒だった。

 

「また冒険者捜し? きのうの夜も途中で出て行ったよね。よその酒場で飲んでる仲間がいないか捜しに行ったんでしょ?」

 

 ボクが声をかけると、ロレイシアは照れたように笑った。

 

「何人か知った顔を見つけてキーヴァンの店に引っぱって来て事情を伝えたわ。たまたま昨夜は違う店で飲んでただけで仲間外れにできないでしょ」

「さすがねえさん、面倒見が最高ッスよ」

 

 戦士兼韻紋遣いのベヌシィが言った。

 茶褐色の髪を短く刈り、並みの男に劣らぬ長身で筋骨逞きんこつたくましく、これで軽装鎧でも着けていれば男と間違われそうだけど、胸の谷間まで露わな肌身に韻紋をいくつも刻んでいる。

 得物の長剣は背中に負うので、さやの位置だけは韻紋を刻んでいない。

 

「いまァも淫売屋でェ夜を明かしたスケベェ連中が起き出して来ないかァと待ってるのサァ、ヒィヒィヒィ♪」

 

 昔ながらの魔道士姿のリセルサが言う。

 つまり、黒い法衣ほういに全身を包んで目深まぶかに頭巾をかぶっている。しかし頭巾の下の顔は眼がぱっちりとして愛くるしい美少女そのもの。

 本人は千年生きている不老の魔女を称しているけど、まだ幼さを残した五年前──当時推定十三、四歳──から冒険者稼業を始めて順調に成長している姿は周りの仲間が見ている。

 仲間内では「まだ若くて可愛いのに残念な子」という扱いだ。魔道士としての実力は皆も認めているのだけど。

 

「……眠い」

 

 冒険者らしからぬ普段着姿のファニリョンが、ぽつりと言った。

 普段着といっても袖のない服で、むき出しの腕にびっしりと韻紋を刻んでいる。腰まで届く長さの波打つ金髪は顔の前にも垂れていて目障りだろうに本人は気にかける様子はない。

 明るいところで見れば妖精めいた美女であることがわかるけど、夜更けに遭遇すれば乱れた髪に顔が隠れて亡霊かと思ってしまうかもしれない。

 ロレイシアが言った。

 

「昼近くなると今度は近くの街を今朝早く出発した冒険者が到着するはずだから、できれば仲間に加えたいと思ってるの。キーヴァンさんたち東門の外の宿屋や酒場の人の護衛で何人か抜けたから、その穴埋めになれば」

「この街の出身で、ここに残ると言った仲間も何人かいたけど、みんな中に入れたのかな」

「それは衛兵に、この街の者だと言えば通してもらえたみたい。正直に旅人だと言うと通せんぼされるけど」

「ずいぶんまあ、いい加減なものだね。それだけ衛兵たちも混乱してるのだろうけど」

 

 ボクは笑って、

 

「ところでキーヴァンさんの芥子菜汁は、みんな頂いた?」

「飲んだ飲んだ、あれでだいぶ眼が覚めた。今朝はみんなと一緒に起きれなくて出遅れちゃったけど」

 

 ロレイシアは苦笑いして、ベヌシィが、

 

「姐さんは夜中まで冒険者仲間を捜して回ってたから仕方ないッスよ」

「最初はァ淫売屋ァまでェ乗り込もうとォしてたのさァ、余計なァ騒ぎになァるんでェ止めたけどネェ、ヒィヒィヒィ♪」

 

 リセルサが言う。

 言行はともかく見た目は美少女である彼女が淫売屋なんて言葉を口にするたび、どきりとさせられるのだけど。

 そしてファニリョンがまた、誰にともなくつぶやいた。

 

「……いまなら立ったまま眠れる」

 

 そのとき、街の中から何やら声高に言い合いながら七、八人の男たちが出て来た。

 東門が開いて最初に通行を許された農夫たちのようだけど、荷馬車には乗らず徒歩である。

 

「何が適正な取引だ! 荷馬車まで取り上げやがって!」

「明日からもう野菜を売りに来ないでいいってこったろ! こっちから願い下げだけどな!」

「それにしても使い込んだ荷馬車に結構な値をつけたぜ。そんなに馬車が入り用なのか? まさか街ごと夜逃げでもすんのか?」

「まさか、戦争でも始まるのか……?」

 

 農夫たちは顔を見合わせる。

 その会話を聞いた旅人たちが、農夫の周りに集まって問いただした。

 

「おい、戦争が始まるって本当か?」

「わかんねえよ、街のヤツら何も言わねえから。でも朝市に店を出すつもりで広場まで行ったら役人が待ち構えてて、持って来た野菜を荷馬車と馬まで全部まとめて買い上げるとか言ってきて」

「そりゃ戦争の準備じゃねえか。食糧も馬も必要になるだろ」

「おい、どういうことだ衛兵さんたち! 本当に戦争になるのか!」

 

 旅人たちが今度は衛兵を問い詰めるが、衛兵たちは厳しい口調で言い返す。

 

「そんなことは誰も言ってない!」

「街には立ち入りを許さない! それだけだ!」

「戦争になると思うなら、あんたらは好きに逃げたらいいじゃないか!」

 

 若い衛兵が青ざめた顔で叫ぶ。

 本心では彼自身が逃げ出したいのだろう。周りの衛兵もそれは同じなのか、若い仲間をとがめはしない。

 ファニリョンが、ぽつりとつぶやく。

 

「……言っちゃった」

 

 旅人たちは顔を見合わせた。

 

「それ本当に戦争になるってことか……?」

「冗談じゃねえぞ、どこから攻めて来るんだ……?」

 

 巡礼装束の男たちが言えば、

 

「マジで戦争かよ……村のみんなに知らせねえと……」

「クソッ! だったら死んでも荷馬車を渡すんじゃなかった! 汚ねえぞ街のヤツら!」

 

 農夫たちは慌てて走り出す。

 旅芸人一座の団長らしい男が先頭の幌馬車から飛び降り、最後尾の幌馬車に駆け寄って、

 

「後ろから一台ずつ来た道を引き返せ! 焦って馬を暴れさせるな!」

「ど、どうしますか師匠……?」

「とりあえず開いてる酒場か食堂を探して朝食にするか。朝市の屋台で何か買って食べるつもりだったのになあ」

 

 うろたえる獣人の少年に、芸術家の若者は浮世離れした答えを返す。

 言っていることは大物で、いずれ名のある芸術家になるかもしれない。

 傭兵らしい一団から男がひとり、馬を降りてこちらに近づいて来た。丸刈り頭で鍛えられた身体つきの美男子だ。

 あいにくとたくましいオトコは見慣れている女冒険者が相手では、さほどの威光はないけど。ボクから見ても鍛え方がまだ足りていない。

 

「勇ましいお姉さんたちだな。冒険者かい? さっきからそこに立って誰かを待ってる顔だけど、何か事情を知ってそうだな?」

「そちらはどこの傭兵団?」

 

 ロレイシアがたずねると、にやりと男は笑って、

 

「【五連星旗団ごれんせいきだん】だ。俺は副団長のタイヅァンってもんだ」

「私でも知ってる程度に有名どころの傭兵団ね。確か【煙岳えんがくの街】に本拠を置いて、いまの雇い主は聖主様だっけ? そちらには何も情報がなかったの?」

「残念ながら。何か知っていたら、こんな状況のところには来てないさ」

「それもそうね。帝国軍が南下して来るのを見た仲間がいるの。おそらく街にも共和国から同じ情報が入ってる」

「そういうことか。話の辻褄つじつまは合うな」

「念のため、たずねるけど、この双塔の街に雇われるつもりはない?」

 

 ロレイシアが言うと、タイヅァンは苦笑した。

 

「まさか。帝国が相手だろ? 最初から街の側についていたとしても手を切る口実を探すところだぜ。いまから味方する傭兵はいないだろうさ」

「そうでしょうね」

 

 ロレイシアは同意する。

 リセルサがタイヅァンにたずねた。

 

「するってェとォいま共和国についてる傭兵団もォ裏切る可能性がァあるってェことかァネェ?」

「裏切りっていうか……ん?」

 

 タイヅァンがリセルサの素顔──見た目だけなら美少女──に気づき、三文芝居に登場する怪しい老婆みたいな口調との落差に困惑したようにロレイシアを見る。

 ロレイシアは微笑み、

 

「気にしないで。そういう子だから」

「まあ、冒険者にいろんなヤツがいるのは承知しているが……。裏切りといっても帝国に寝返るまでのことはしないだろうぜ、外聞がいぶんが悪すぎるからな。だけど契約条件のどこかに正当に契約を解除できる抜け道はないか必死になって探すはずだ。いま共和国側についてる傭兵団は、龍首の半島での内輪の争いに生き残るため共和国と組んだんだ。そこに半島の外から帝国が攻めて来たんじゃなあ」

「帝国が共和国を攻める可能性を考えてなかったってんッスか? そっちのほうが驚きッスよ」

 

 ベヌシィがあきれた顔をすると、タイヅァンは苦笑いで、

 

「そうは言っても、ここ三十年は何事もなかったんだ。みんな平和に慣れすぎたってことだろう。最後に帝国と共和国が争ったのは、ちょうどこの双塔の街で市会が大神官と喧嘩したときさ。帝国が和平の仲介という名目で兵を送って寄越したけど、それより一足早く共和国が介入して大神官を追放させたんだ」

「鐘楼の一つが落雷で半壊したときだね」

 

 ボクが言うと、タイヅァンはうなずき──今度はボクの顔を見て眼を丸く見開いた。

 

「あんたは獣人かい? それで韻紋遣いとは驚いたな。ホントに冒険者ってのは、いろいろいるもんだ」

「どうも」

 

 ボクは、くすくすと笑う。

 タイヅァンは顎の先に手をやり思案する仕草で、

 

「当時の皇帝は先代だが、面目を潰されたことに激怒して共和国を攻めようとした。だけど諸侯は猛反対。そのちょうど十年前にも帝国は、共和国の都の浮島の港を攻めたんだが大損害を出して撤退してるんだ」

「そんなに守りが堅いッスか?」

 

 ベヌシィがたずね、ダイヅァンはうなずく。

 

「周囲が一面の干潟なんだ。歩いて近づけば足をとられたところを弓矢と魔法で狙い撃ちされる。船が通れる水路もあるけど地元の船乗りにしか見分けられず、彼らを買収するのはまず無理だ。住民ひとりひとりまで豊かな街だから故郷を裏切る理由がない」

「それなのにまァた帝国が共和国を攻めようとしてるってェのは、どういう了見かネェ?」

 

 リセルサが言って、タイヅァンは首を振った。

 

「さあな。だけど帝国にしてみれば、王国とは和睦が成立して背中を刺される心配が薄らいだ。だったら先代にできなかった共和国攻略を自分がやってみようって気になったんじゃないか、いまの皇帝は」

「うん? 四十年前は共和国が勝ったなら傭兵団だって裏切る理由はないんじゃないッスか?」

 

 ベヌシィが首をかしげ、ボクは笑って答える。

 

「共和国は勝ったわけじゃないよ。浮島の港まで攻められたけど守りきったというだけで。今度も帝国軍は浮島の港の攻略には手こずるだろうけど、その前に攻撃を受けるのは、この双塔の街や落果樹の街だ」

「……この街は裏切らない?」

 

 ファニリョンが口を開き、振り向いたタイヅァンが、ぎくりと身をこわばらせる。

 明るいところでも亡霊っぽく見えちゃったか。普段着姿で腕にだけ刻んだ韻紋も、ちょっとおどろおどろしいからなあ。

 

「あんたたち何というか個性的だな……。帝国領から浮島の港を目指すにはいくつか道があるが、この双塔の街を通る街道が一番整備されてるんだ。だから共和国と手を切って降参したところで帝国軍は、ほぼ確実にこの街を通過する。略奪が徴発という名目に変わるだけで何もかも奪われてしまうことには違いがない。食糧も財産も、たぶんオンナたちもだ。生命いのちだけは助かっても死ぬほどツラい目に遭わされるってことだ」

「帝国が連れて来る傭兵団は、こちらさんのような話が通じるヒトたちじゃないのよ」

 

 ロレイシアが言った。

 

「戦争は副業で本業は略奪、戦争がなければいつでも盗賊に早変わりする、タチの悪い連中よ。帝国は領土は広いけど、その大部分は寒冷で貧しい土地なの。だから食い詰めた庶民が傭兵団に加わって、よそから奪って腹を満たすのよ。王国と戦争を繰り返したのも、そうしないと失業した傭兵団が自国の領内で盗賊稼業に転じてしまうからという理由もある」

「じゃあ帝国側としては相手が誰だろうと戦争を続けるほかはないってことッスか?」

 

 ベヌシィがあきれきった顔をして、ボクは、にっこりとしてうなずく。

 

「傭兵たちにしてみれば、浮島の港を攻めあぐねて損害を重ねるよりは、王国相手に慣れた戦場で戦い続けるほうがマシだったかもしれないね」

「四十年前に帝国が浮島の港を攻めたときは、この街はどうしたッスか? やっぱり帝国軍の通り道にされたッスよね?」

 

 ベヌシィがたずねて、タイヅァンは肩をすくめる。

 

「それなりにヒドい目に遭ったさ。でもまだその頃は大神官が街を支配していたから、聖庁と本気の喧嘩をしたくない帝国軍は、そこそこのところで切り上げて共和国へ向かった。俺のオヤジは当時聖庁に雇われてこの街に派遣された傭兵だったが、いまでも酒が入るたびに自慢するんだ。帝国の盗賊傭兵から大聖堂を守りきったのは自分たちの部隊だってな」

「同業者としてどう思うか聞きたいんだけど……」

 

 ボクはタイヅァンにたずねた。

 

「いまこの街に雇われてるリット傭兵団が契約解除の口実が見つからなくても、兵士に疫病が流行っているとかリット卿自身も急病だとか適当な理由で動かなかったら、評判はどのくらい落ちるもの? 傭兵稼業が続けられなくなるほどの信用問題か、それとも帝国相手なら仕方がないって話になるのか」

「あんたイヤなこと聞いてくるな」

 

 タイヅァンは苦笑する。

 

「もちろん、この街の後ろ盾になってる共和国が、そうした背信は許さないだろう。根っこが商人の彼らにとって、契約は神聖にして冒すべからざるものだからな。今後は一切、共和国との外交交渉はもちろん、経済的な取り引きも成り立たずに仇敵扱いだろう。それは報復ばかりが目的ではなく、ほかに裏切り者を出さないための見せしめさ。とはいえ、まともに帝国と戦っても勝ち目はない。だからリット卿にとって利口なやり方は、お義理で兵は出すにしてもなるべく損害を出さないように立ち回り、機を見てさっさと撤退することだ。いちおう戦ったという実績だけ残してな。そこまでやれば周りもみんな、帝国相手では仕方がなかったと思ってくれるさ」

「いずれにしろ、戦力としてアテにできないってことね」

 

 ロレイシアが言って、ボクは肩をすくめた。

 

「それでも兵を出すことでちょっとでも帝国軍への牽制になれば、いないよりはマシなのかな」

 

 

 

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