第六話(6)
「元」キーヴァンさんの酒場へ戻ると、厨房の前に冒険者仲間が集まっていた。
ボクも人垣の間から覗いてみると、仕切り壁の向こうでトポルザンが
それがずいぶん香ばしくて、いい匂いなのである。
「トポルザンって料理できたんだ?」
ボクがちょっと驚いて言うと、ユーヴェルドが苦笑いで、
「野営のときは真っ先に酒が入っちまって、料理番なんてしてくれたことないからな」
「冒険稼業に就く前は船に乗っていた。髭も生えない小僧の頃だ」
トポルザンがこちらを振り向いて笑った。
酒の入っていないときは、ずいぶん朗らかな笑顔を見せるのだ。
「そこで料理のワザを叩き込まれた。チビの痩せっぽちじゃ戦う役には立たなかったんでな。もちろん魔道士としての才能なんて周りも自分もまだ気づいてなかった」
「それがいまじゃ大酒飲みの韻紋遣いとはのう。せっかくの料理の腕を腐らせちまっとるのか」
ルスタルシュトが言って、トポルザンは笑顔のまま大鍋に向き直り、
「腐らせたかどうかは食べてみて判断してくれ。いまいる仲間は何人だ?」
「七十……に少し足りないほどか。門の外の宿屋や酒場で働く連中を護衛すると言って出発した者もおるからの」
「その人数だと炒めたそのままで出すには量が足りないな。キーヴァンが残してくれた食材は使い切った。やはり汁に仕立てよう」
もう一つの竈で火にかけていた鍋から、トポルザンはお
じゅわっと音がして湯気が上がり、香ばしい匂いも広がった。
ノアルドが唇の端を吊り上げて、
「たまらなくいい匂いだが、この人数で分けるには大鍋一つ分じゃ足りなくないか?」
「キーヴァンが焼いていってくれた
トポルザンの答えに、エンノとトンノが、
「キーヴァンの麦餅は食べたことがないが、ヤツの作ったものなら期待できるだろう。もちろんトポルザンの料理も楽しみだが」
「うむ、キーヴァンの作ったものなら期待してよいだろう。もちろんトポルザンの料理も楽しみだが」
「いかにもキーヴァンは、いい料理人だ。新しい店ができたらぜひ訪ねなければならぬのう」
ルスタルシュトが眼を細める。
冒険者仲間の誰かが口を挟んだ。
「船というのは海賊船か?」
「こちらではそう呼ばれているな」
トポルザンは大鍋に四杯、五杯とお湯を注ぎながら首をかしげる。
「だがトポルザンの故郷──首長国では、異教徒への海賊行為は聖戦として扱われた」
「商船や客船を襲って積み荷を奪い、船員や乗客を捕らえて奴隷に売り飛ばすことが聖なる戦いなのか?」
言っているのはレッセルという若い冒険者だった。
まだ二十歳そこそこだけど幼い頃から
「おい、よさんか」
ルスタルシュトが、たしなめた。
「冒険者になる前のことは、皆それぞれ事情を抱えとる。詮索などしないのが仲間としての礼儀だ」
「構わないさ。誇りとは思わないが恥じてもいない。小僧の頃のトポルザンには、それが生きる道だった」
トポルザンは笑みを引っ込めたけど淡々とした口調で言いながら、大鍋にお湯を足していく。
「同胞から奪えば泥棒だ。それが異教徒相手だと聖戦になる。信じる神の違いで線が引かれるんだ。では帝国が双塔の街を攻めるのはなぜだ? 同じ神を信じる同士でどんな理屈が成り立つ? そして街を攻め落とせば略奪がつきものだ。盗賊がやることと何が違う?」
「違いはないね。結局は欲得だよ」
ボクは言った。
「自分の信じる神様を他人に押しつけたい。自分が支配する街や村を増やして、その分だけ税金を取り立てたい。せっかく攻め落とした街から富とオンナと食糧も奪いたい。全て欲望が動機だよ。ところでレッセル、ロレイシア
「うっ……姐さんが呼んでるなら仕方ねえや」
レッセルはそそくさと人垣を離れて「元」酒場を出て行き、彼とつき合いの深い四人の冒険者も、
「
と、それに続いた。
レッセルがロレイシアを姐さんと呼んで慕っていることは冒険者仲間に知られていた。ほとんど
手伝いならすでにベヌシィたちがいるけど、手が増えて困ることはないだろう。
トポルザンの美味しそうな料理をあきらめて一緒について来てくれる仲間が四人もいるのだから、レッセルも悪いヤツじゃないのだろう。
ユーヴェルドがボクの肩を叩き、親指を立ててみせた。
ボクもにっこりとして親指を立てて応える。
本当のところはロレイシアとユーヴェルドは元恋人同士で、ほかの仲間との距離のとり方が難しくなるからと表向き関係は解消したけど、いまでも互いを思いやっていることは彼らと一緒に旅をすればわかる。
ロレイシアがユーヴェルド以外の冒険者の男に気持ちを向けることはないはずで、レッセル君には初めから勝ち目はないのだ。
レッセル自身それは理解していて、でも惚れた気持ちは収まらないってところかもしれないけど。
ルスタルシュトがトポルザンに言った。
「気を悪くせんでくれ。レッセルは
「トポルザンは気にしていない。気にしていないことがレッセルには気に入らないのだろうが。汁に仕立てるなら少し味を足そう」
トポルザンは棚から小瓶に入った調味料や香辛料をいくつか選び、目分量で大鍋に投入した。美味しそうな匂いが強まった。
「さすがにキーヴァンは目ぼしい調味料は持って行ったようだ。だがトポルザンの料理に必要なものは残っている」
「そいつは首長国風の料理なのか?」
ユーヴェルドが言って、トポルザンは首をかしげ、
「どこのものでもないな。食材はこの地方のもの。調味料はあり合わせ。料理人は首長国生まれで食べるのは冒険者だ」
「そういうことだ。それがワシら冒険者なんだ。いろんな土地から集まって、冒険という鍋の中で一つに煮込まれる」
ルスタルシュトが言って、ボクは笑った。
「うまいこと言ったつもりかもしれないけどそれ、たとえ話としては微妙だと思うよ」
「そうかのう」
ルスタルシュトは苦笑いで頭を掻いた。
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