第六章(2)
冒険者に寄せられる依頼の中でも護衛は「儲かる」仕事とはいえない。
魔物や盗賊の討伐のように確実に戦闘を伴うものではなく、古代遺跡の探索のように危険な罠が待つ可能性も低いけど、その分、報酬は控えめだ。
冒険者にとって危険は回避するものではなく乗り越えるべきもので、その先に約束された応分の報酬がボクたちを惹きつけるのである。その点から見ても護衛は仕事としての魅力が薄い。
とはいえ少ない危険で堅実に稼げるので街から街への移動のついでに冒険者が行き先の同じ旅人の護衛を請け負うのはよくあることだし、逆に、ついでであっても
結局、護衛の依頼を受ける受けないはそれぞれの好みだ。
今回は敵軍が迫る状況で老人や幼い子供を中心とした千人もの避難民を守る依頼である。
冒険者ひとりにつき金貨百枚という報酬は並みの護衛依頼の五倍から十倍というところだけど、ヘタをすれば帝国軍を相手に戦うハメになる。
戦争には関わらないことが信条であるはずのボクたち冒険者が、である。
キーヴァンさんの酒場に戻って、ユーヴェルドが双塔の街からの依頼を伝えたとき、冒険者仲間は皆、困惑した。
悩んだ末に、あくまで戦争には関わらず依頼を断ることを決めた者もいれば、普段は護衛の仕事はしないのにユーヴェルドが引き受けるならばと協力を申し出た者もいた。
帝国領出身の冒険者が祖国の兵隊とは戦えないと言えば、帝国諸侯から何度か魔物や盗賊の討伐依頼を受けて顔が利くという者が同行を宣言した。
冒険者の中には双塔の街出身の者も六人いて、そのうち三人が街に留まり自分ができることを探すと言って酒場を出て行った。
あとの三人は複雑な顔をしていたけど、どちらが正しいかなんて他人に言えることではない。
武器や防具を修理のため街に預けていた冒険者たちが、ユーヴェルドにたずねた。
「俺たちの得物を取り戻すために護衛を引き受けることにしてくれたのか?」
「それもないとは言わない。帝国軍が迫って街の側もなりふり構っていられなかったのだろう。預かったものは返すべきだという理屈は通用しない。向こうの顔も立ててやる必要があった」
ユーヴェルドは答えて言う。
「だが、いままで世話になってきた街の連中に負い目を感じたまま逃げたくない気持ちが強かった。一緒に戦ってやることはできないが、家族だけでも逃がしたいと言うなら手を貸してやりたかった」
「きのうの夜は得物だけ取り戻したら、さっさと街を離れる話だったのにな。だが、そういう心変わりは嫌いじゃない」
ノアルドが言って、唇の端を吊り上げた。
「帝国の諸侯には自分もいくらか知られた顔だ。役に立てることはあるだろう。依頼を受けさせてもらう」
「避難民に巡礼装束を着せるのは、良い考えだと思います。聖主様のお膝元である龍首の半島で巡礼姿の者に危害を加えることは帝国側の兵たちにもためらわれるでしょう」
エシュネが言う。
「ですが申し訳ありません。わたくしは昨夜のうちに依頼を受けて、キーヴァンさんの一家に同行することになりました。近くの村に済む弟さん一家と、息子さんのお嫁さんのご両親も連れて、キーヴァンさんは半島を南に下って落ち着き先を探すそうです」
うーん、エシュネのヤツはボクが知らないうちにそんな依頼を受けていたのか。
ボクがまた酔っ払って覚えてないだけかもしれないけど。
ルスタルシュトが言った。
「仕事にはそれぞれ好みがある。ましてや今回はワシらが普段関わらぬ戦争絡みだ」
冒険者仲間を見回して、
「街の依頼を受ける受けないは自由。得物だけ取り戻したら立ち去るのもよかろう。怨みごとはなし。いずれまた、どこかの街の酒場で顔を合わせたら酒を酌み交わそうじゃないか」
そして冒険者たちは、それぞれ宿に戻って旅支度を整えることになった。
それが済めば、そのまま街を去るのも自由。
昼まで待って得物だけ取り戻したら去ることもルスタルシュトの言う通りに自由。
街の依頼を引き受けるのも自由。その意志がある者だけが避難民の護衛に参加するのだ。
ボクは仕立てを依頼した「黒革の切れ端」を受けとるため、しばらく街に留まってマレアちゃんとの連絡手段を探すつもりだとユーヴェルドに告げた。
ユーヴェルドは少し驚いた顔をしたけど、
「そうか。うまくいくといいな」
と、親指を立ててくれた。
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