随想録03 鉄仮面たち

 ―――テリーヌは美味い。実に美味い。

 このグロワール風の家庭料理を、いつのころからかディネルースは好むようになっている。

 手間のかかる料理だという。余り技巧に富んだ調理は嗜んでいなかった己には、想像もつかないほど。

 肉や魚、野菜といったものをムース状にし、長方形で陶器製の型に入れて湯煎、あるいは焼き上げて作る。もともとは冬季の保存食だったというから、一週間は保つ。

 パイ生地に包んだパテは晩餐会料理にも供されるのに、ほぼ同じ技巧を使うテリーヌは世間の「食通」たちから見向きもされないというのは、勿体のない話である。

 この日は前菜として、雉肉のテリーヌが出た。

 熟成させた雉肉を丁寧に練り、そのなかにニンジンと、細かく刻んだ豚脂が仕込んである。

 盛りつけられたときの、断面までが美しい。

 そしてその濃厚ながら、しっとりとした味わい。非常にきめ細かく、コクがある。塩と胡椒と、質も素晴らしい豚脂ラルドンの細切れが味付けだ。

 とくに豚脂の効果は大変なものがある。これそのものをメインにして、パンに載せて食べられるほど。スープ、シチュー、グラタン、煮込み、なんでもこれを入れれば旨味が増す万能のもので、考え出した奴に掛け値なしの賞賛を捧げたいほどである。

 ナイフとフォークとを使い、名残惜しみつつ平らげると、

「・・・・・・」

 言葉も出ない。それほどに美味かった。

「アルベルト」

「はい、奥様」

 感嘆の吐息をひとつついたあと、ディネルースは執事長フィリクス・アルベルトに言った。

「コックたちを褒めてやって欲しい。素晴らしい仕事だ、と」

「はい、心得ております」

 深くお辞儀するアルベルトを目にして、ディネルースと向かい合った席にいた夫グスタフは、くすくすと笑った。

「ディネルース、知っているか。ちかごろ君は、司厨部から大層人気があるんだぞ?」

「・・・そうなのか?」

「ああ。美味いものは美味いと掛け値なしに褒めてくれる。そうしてその対象は、ただ豪華な品に向けられるものではない。とくにテリーヌに目がないのは――――」

 王妃殿下は見てくれの豪奢を買ってくれているのではない、我らの腕を買ってくれているのだ―――彼らはそのように喜んでいるらしい。

「そうか」

 満更でもないといったように、ディネルースは頷いた。

「本当に素晴らしい仕事だと思う。私なぞには、どうやっているのか見当もつかない。まるで魔法のようだ」

「・・・そうだな―――」

 グスタフ曰く、彼らはただただ実直に、真摯に、ひたむきに、真っ当なことをやっている、そこが料理の美味さに出ているのだという。

 例えば、このテリーヌにしても。

 良い材料を選ぶ。そうしてその調理は、練るのも、裏漉しも丁寧だ。

 丁寧に、丁寧にやる。

 ポタージュなどもそうだ。何度も裏漉しする。そうすると味わいはもちろんのこと、舌触り一つ変わってくる。

 良い材料を選ぶことは、食材に限らない。

「司厨部の料理は幾らでも入るだろう? 昼食で、もう入らないというところまで食べても、夕食にはもう不思議なほど食べられる」

「・・・確かに」

 弱ったことに、まったくその通りだった。

「油が良いんだ。バターにしても、胡桃油にしても、オリーブ油にしても。彼ら自身が国中をあたって、ときには国外のものすら候補にして、これだと選び抜いたものを使う。だから胃もたれ一つしない」

「なるほど。ただただ丁寧に、真摯に、ひたむきに、か・・・」

 言葉で述べるのは容易い。

 だがそれを実践するということは、大変なことだ。

 そうしてそれを成せる者たちは、「本物」。プロフェッショナルという奴だ―――



 紛れもなくプロフェッショナルと呼べる者たちが、国王官邸には他にもいる。

 国王警護隊KBKだ。

 あのベレリアンド戦争勃発時に臨機な存在として創設された彼女たちは、戦時中には正規のものとなって、その後も存続していた。国王執務室の扉の外に立ち控えているのは、この警護隊から交替で配置に就く二名である。

 その姿はアンファウグリア旅団騎兵科将兵の黒戎装と何ら変わるところがないので、日に一度官邸前で衛兵交替式をやる旅団の騎兵中隊と傍目には見分けがつかず、しかもその存在は秘匿されていたから、一般的に両者はしばしば混同されたものだ。

 確かに名目上は旅団配下であり、予算上の措置もそのようになっていたが、日常的な実態としては国王に直属しており、半ば独立した存在であると言えた。常駐地もヴァルダーベルクではなく、国王官邸の一階部分、それも国王執務室の近くに専用の一区画を与えられている。

 創設以来の部隊長はリトヴァミア・フェアグリンという大尉で、副官部辺りからの密かな綽名は「鉄仮面」。深みのある濃い蜂蜜色の髪は短く、少し切れ長で茶色の瞳は睫毛豊かで、実はかなりの美貌であるのだが、勤務中の彼女は異名通りに表情の変化に乏しい。

 そしてこの異称は、警護部隊全てに捧げられたものでもある。

「・・・・・・」

 その朝リトヴァミアは、いつものように隊の装備点検に立ち会った。

 前夜、非当直の兵たちは夕食後の自由時間に入る前、軍靴、ウェストベルト、拳銃嚢、山刀入れといった皮革装備を各自磨き上げている。下士官から、これらの点検を受けるのだ。

「兵士の優れた姿態は、洗練された教育と肉体鍛錬の結果を示す尺度である。諸君は日々の軍務全ての機会において練磨しなければならない」

 とは、オルクセン軍各教範の最初に記されている言葉で、この点検作業はどの部隊でもやっている。

 しかし国王警護隊に所属する兵は、実戦経験のある者―――それもあのダークエルフ族脱出行で筆舌に尽くしがたい後退戦の経験を積んだような、もっとも階級の低い兵でも兵長級の者たちばかりで、未熟な新兵のように検査に引っかかる者もいなければ、声を荒げられる者もいない。装備検査の様子は、奇妙なまでに静かである。

 兵一名に至るまで拳銃装備なので、小銃や小銃用の弾薬嚢は携えていない。

 しかも官邸衛兵任務の騎兵中隊のようにその日その日で部隊装備の拳銃の交付を受けるのではなく、各自に支給されていて、手入れもそれぞれでやっている。

 点検作業では、この拳銃の検査も受けた。

 釣り紐を首のところにかけたオルクセン軍正式将校用回転式拳銃M/七四を、拳銃嚢から取り出し、肘を曲げた右手で掲げるようにして検査を受けた。これから配置に就く班は、当然というべきか、当直中には強力な一〇・四ミリ拳銃弾―――それも弾頭の被甲を取り去って、内部の硬鉛製弾芯を露出させた実包が六発全て込めてあるわけだ。

 彼女たちは、まるで眉一つ動かさなかった。

 リトヴァミアと同じく、「鉄仮面」の集団。

 一班当たり、八名。

 この八名が、日常的には国王執務室の扉外に二名、執務室のグロワール窓の外バルコニー側に四名配置につく。もう二名は執務室隣の専用の待機室に控える。この待機室は、ちょうど国王夫婦が昼食などを過ごす休憩室の、大理石回廊側にあたった。

 夜間配置に就く者たちは、一階と二階を繋ぐ大階段、国王居室前などに立つ。

 配置中は符丁を用いた魔術通信を使っていて、仲間内でさえ口に出した言葉を交わすことも少ない。

 八時間三交代で、二四時間。

 過酷な仕事と言えた。

 だが彼女たちは、黙々とそれをこなした。

 もし彼女たちがその任務の支えになっているものを開襟したとすれば、それはベレリアンド戦争中、そっと密かに抱くにようになった「誇り」だ。

 彼女たちは、確かに「鉄仮面」である。

 それは当初、本当に彼女たちが表情も感情も起伏に乏しく、無口であったことに由来する。

 ベレリアンド戦争史にもアンファウグリア旅団史にも詳細は記載されなかった白エルフ族による民族浄化と、これに伴うダークエルフ族脱出行―――とくにそのうち遅滞戦闘は、たいへんなものだった。

 彼女たちはその過程で、もっとも過酷に戦い、生き延びたが故に、それまで持ち合わせていた人生の余裕や、仲間、喜び、潤い、他者への感情、希望といったものを喪失した。

 リトヴァミア自身は、己が氏族のなかで母のように慕っていた氏族長を目の前で国境警備隊に連れ去られ、行方不明とされ、自身は後衛戦闘中に多くの白エルフ族を撃った。

 隊の連中も似たようなものだ。エリクシエル剤を用いてさえ跡の残った銃創を負い、もう一生ひとまえでは裸になれないと思っている奴もいる。

 残ったのは、白エルフ族への憎悪であり、自らを生き伸びさせてくれたディネルースへの強い忠誠だけであって、オルクセンやグスタフ王に仕えるというよりも、彼女の私兵のような側面が強かった。

「何の因果かオークの手先」

 自嘲気味に己が境遇を評する者もいて、ディネルースの命だから従っている、そんな調子だった。

 そんな彼女たちに変化が訪れたのは、第一軍の北進開始時だ。

 あのレーラズの森で、寒空に悄然と立ち尽くしているグスタフ王の姿を間近に目撃し、彼女たちの何かが変わった。

 それが一体何であるかと明瞭な言葉に出来る者は少なかったが、「鉄仮面」たちの表情の内側に、王の警護任務への真摯さと、懸命さと、ひたむきさが加わるようになった。

 ネニング平原会戦時には、ネブラスに敵軍の脅威が現実のものとして迫り、王が留まるにせよ脱出するにせよ、その盾となる覚悟を全員が固めていた。

 そうやって、イーダフェルト進出、コンクオストでの調印式、ディアネン、そしてティリオンへと向かう王に従い、護り、成婚式を見届け、帰還を成し遂げた。

 戦後の彼女たちも、日々の鍛錬は欠かさなかった。

 周囲への感覚の鋭敏さ、サーベルの腕、拳銃の射撃術、魔術通信の精度。

 そういったものを主に磨いた。のちの世に言うところの近接戦闘術はこのころまだ存在せず、その萌芽として彼女たちが遠く道洋の武術バリツを取り込むようになるのはこの一〇年ほどあとのことだったが、ダークエルフ族特有の山刀を使える強みは既にあった。

 もし仮に、警護対象である王へと邪心を以て近づく者があれば、これを捕縛するのではなく躊躇わず殺傷することを手段とし、何よりも王へと自ら盾となって覆いかぶさってしまい、彼を護ることをこそ重んじたやり方も、もう確立されていた。

 ずっと後の世になって、何度目かの共和制に変わったグロワールが大統領警護班を作ろうとしたとき、その分野では先達の彼女たちのもとを視察に訪れ、とくにその魔術通信を用いた複雑な連繋に舌を巻き、どうにか参考にしようとしたことからも分かる通り、彼女たちは紛れもない当時一級の身辺警護班だったわけである。

 国王グスタフも、彼女たちの忠誠に答えた。

 これは戦時中からのことだったが、彼女たちには兵に至るまで将校並の給糧予算が与えられた。それだけ滋養のつくものが食べられた。

 独自の付加技能章を造ることを許し、左胸にベレリアンド戦争従軍徽章とともに公式にも着用出来るようにしたので、これは特に彼女たちから喜ばれた。給与に加給がなされることも意味していたし、何よりも彼女たちの誇りを形にしたものとして捉えられたからだ。この技能章は、それ一つで剣術優良技能章と射撃優良技能章、体力有能技能章を兼ね、実態としては部隊章扱いで、アンファウグリア本隊の将兵にも着けられなかった。

 また戦時中には二六名編成だった彼女たちを三七名に拡大させ、少しでも余裕のある勤務体制を可能にした。

 これで八名四隊に、士官二、隊付下士官三名となって、一隊は完全な休養に入ることも可能になったし、リトヴァミアも副隊長役のもう一名の士官に役目の幾らかを分けることが出来るようになった。

「ヘルガ」

「はい、隊長」

 リトヴァミアは、ちかごろようやく打ち解けて会話の出来るようになったこの副隊長を呼んだ。官邸裏庭の北側、リヒター宮殿の一角に用意されている専属のオフィスだ。

 名をヘルガリル・ラムスエレンという中尉で、戦時中はアンファウグリア騎兵第二連隊の中隊長のひとりだった。ヴィハネスコウ大鉄橋の爆破行に参加しており、あの作戦で同僚の別中隊長を失った際、その配下将兵も臨機に面倒を見た経験まであり、胆力も充分な奴だ。

 てっきり立案担当中の訓練計画についてだと思っていた彼女に、そうではないのだと告げる。

 国王副官部から届いたばかりの、クラフト製の書類挟みを広げ、中身を読ませた。

「・・・王妃殿下の単独公務」

 ヘルガリルは片眉を上げた。驚いている。

 彼女は、最初から感情表現が豊かだった。そんな彼女が、隊のこれからにもプラスになってくれるだろうと、リトヴァミアは期待している。

「ああ。初めてのことだ」

 警護隊からは一隊を付けることになった。

 これは難しいところである。戦時ならともかく、平時となれば王族は護衛をあまり用いたがらない。国民との間に「壁」を作っていると捉えかねられないからだ。

 国王グスタフの「朝市通い」など、まさしくそうだ。

 ディネルースはその為もあって、毎朝乗馬のためにヴァルトガーデンに出るし、その際はたった一名しか伴っていない。 

「どうにか、認めてもらえたよ。だから少人数で、万全を期したい」

「なるほど。率いていけ、と?」

「いいね。察しがいい。王妃殿下のお側を離れるな」

「はい」



 ディネルースによる単独公務が行われたのは、このころ、王グスタフがヴィルトシュヴァイン会議の準備のため、多忙を極めていたからだ。

 これについてはリトヴァミアも同様で、彼女は巨狼アドヴィンにも協力してもらい、新規増員が加わったことで練度の低下した隊の再訓練、警備計画の立案をやっていた。

 公務の内容は、首都ヴィルトシュヴァイン南東二〇キロメートルのところに新たに完成した浄水場の竣工式出席だった。

 首都ヴィルトシュヴァインは、新市街形成の最終段階と、旧市街再開発の着手に入っていて、今後のためにも豊富で新鮮な水源が必要だ。

 発展と国威の発揚著しいオルクセンの首都らしく、この巨大な都はここ二〇年というもの、常にどこかが弄り回されている。

 大通りを作り、街区を整理し、遊歩道や公園を作り、市電軌道を据え、鉄道駅、市庁舎、証券取引場、卸売市場、省庁の建物、病院、劇場、警察署、消防署、公立学校、区役所、大学、公共住宅、といった「中枢」を建てて行く―――

 上水網と下水網の構築もその一環であり、当時最新の医学的防疫的見地に基づき、水源は排水の影響を受けていない、うんと上流から取られることになった。

 既に首都再開発計画最初の浄水場は竣工、稼働していて、今回のものはその更に上流に築かれた、二番目のものだ。規模もずっと大きい。

 五か年による事業計画費一〇〇〇万ラング。

 大河ミルヒシュトラーセ川から取り込んだ水を沈殿、濾過し、六基のポンプを据えた給水場を経て、ヴィッセル社製有圧鉄管で首都へと導く巨大計画である。これによりヴィルトシュヴァインの水道供給量は、従来の二倍になる。財源は、実にオルクセンらしく将来の税収増加を見越した、市発行公債。

 王妃ディネルースは、この竣工式でテープカットをやる。

 国王官邸からの出発時、裏門側に用意されたヴェーガ社製の紋付き箱型馬車に彼女と侍女は乗り込み、ヘルガリル・ラムスエレンはその扉がしっかりと閉じられていることを、さっと外側から確認した。車内には既に二名の警護班員が乗り込んでいる。

「・・・ご苦労なことだな。頼むぞ」

「はっ」

 小さな声で気遣うディネルースに、ヘルガリルもまたそのように応じてから、金戎の飾り縫い入り青ジャケットにトップハット、白ズボンという壮麗な制服を着たコボルト族の馭者に頷いた。

 同じ制服姿の馬上従者、従者を乗せた馬車は、静かに裏庭の石畳舗道を滑り出して行った―――

 四騎の騎兵、騎乗の騎兵指揮官、ヘルガリルと六名の警護班員を乗せた馬車が続く。遠く裏門の出入口付近に控えていたアンファウグリア騎兵四騎が、先導のために立つ。

 アルブレヒト駅へと向かい、そこからは国王専用列車センチュリースター号を使って南東線へ。ミルヒシュトラーセ川上流にある湖沼群のなかで最大のもの、アンターレス湖の畔にある街ライヘナウの駅へ。

 現地にはもう、アンファウグリア旅団騎兵の一隊と、馬車と、主催役のヴィルトシュヴァイン市長や水道局長が待ち構えているという寸法だ。



 この王妃ディネルース単独公務は、警護面も含めてたいへん上手くいった。

 警護指揮官役となったヘルガリルには、七・二平方キロメートルあるアンターレス湖の風光明媚さや、その湖畔に築かれた取水設備や沈殿池や濾過池の近代的精緻さ、隣接する巨大なポンプ場に投入された科学技術の巧緻といったものに感想を抱く余裕すらまるでなかったし、立食形式の昼食会のなかでも警備に専心してそっとディネルースの背後に控えていることしか出来なかったが、ともかくも彼女たちもまたも大役を果たしたわけである。

 品のいいドレスに帽子、外套姿であったディネルースの、初の単独公務に臨む態度は「安全運転」で、感想を求められた記者たちからの質問には、

「深く感じ入りました」

 と答えたのみだったが、表情と声が良く、市井で高まるばかりだった彼女の人気と相まって会場の参列者たちを喜ばせた。

 とくに、これからも公債を集めなければならない市長は大いに雀躍して、王妃を迎える場面や、ともにテープカットに臨むところなどを写真に撮らせたものだ。

 警備班は、たいへんな喧噪と雑踏だった会場でも魔術通信による連繋が上手く運んだことに、自信を深めた。

 彼女たちの隊内魔術通信は、魔術力のあるコボルト族などにも聞こえてしまう可能性もあるが、符丁や隠語を用いていて、ただそれだけを「耳」にしても何事か理解できないようにしていた。

 ―――“アドラー”は舞い降りた。

 ―――“清掃”良し。

 そんな調子だった。

 ただし一部の警護班員は、帰路の馬車内で「お前たち。“鷲”というのは私のことか?」とディネルースから訊ねられ、少しばかり返答に窮したが。

 帰りついたころにはすっかり空腹であったものの、矜持にかけて表情ひとつ変えなかった彼女たちであったが、国王官邸で警護隊長リトヴァミアに復命し、全てをやり遂げ、

「ご苦労だった。夕食はたっぷりと用意させてある。食って、休め」

 と告げられたときには、正直なところ安堵し、疲れと、大役を務めあげた満足感がやってきた。

 おまけに白パンにハムやサラミ、バター、ピクルスといった夕食には加給もあり、通常は冷食のみのところを手の込んだポタージュが出て、更には籐籠に山盛りのオレンジがあり、ヘルガリルたちは少しばかり驚いた。

「・・・隊長、これは?」

「ああ。ポタージュは、官邸司厨部からの差し入れ。ニンジンを丁寧に擦りおろし、裏漉しもした、結構なものだ。冷えた体には何よりのもの。オレンジは、温室から同様のものだ」

 国王官邸裏庭に面した南側には、温室オランジェリーがある。ヴァンデンバーデン離宮のものほど立派ではなかったが確かに存在していた。国王グスタフが日常の息抜きとして、庭師たちと共にオレンジを育てている。

「もう、温室物としても最後のものだそうだ。どちらも国王陛下の思し召しだよ」

 リトヴァミアは、彼女にしては珍しく、ややぎこちなくではあったものの微笑んだ。

 古参の警備隊員たちは知っている。

 戦時中からしばしば、隊の皆へと王はそのような気遣いをしてくれたものだ。

「―――有難く頂け。よくやった」



(続)

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