第43話 戦争のおわらせかた⑪ ネニング平原会戦⑥

 ―――四月一三日。

 アンファウグリア旅団は、ネニング平原西部北方のリナイウェン湖まで達し、同湖畔の河港街エーレンを襲った。

 後年、オルクセンで製作された戦記物や映像作品などでは「堂々たる騎兵の大集団」などと描かれることが多い。

 だがこれは視覚的なイメージに過ぎず、実際にはアンファウグリア旅団は元より諸兵科連合部隊であり、山岳猟兵連隊もいれば、砲兵大隊もいて、また工兵隊や衛生隊、輜重の弾薬縦列や補給縦列も附属している。

 グラックストン機関砲隊の増設や猟兵連隊の戦時動員などもあり、戦争のこの時期には九〇〇〇名を超えていた。

 この遠大な騎兵浸透作戦を決行したときには、各兵当たり騎兵で弾薬四〇発、猟兵で七〇発、携行食糧及び馬糧一日分を帯び、縦列に各兵充て二〇〇発、糧秣四日分、鉄道破壊用爆薬、医薬品等を備えてもいる。

 自然、その隊列は延々と伸びた。

 この前日一二日の朝には、同じくリナイウェン湖畔の街バルン南方の街道上でエルフィンド軍騎兵斥候約一個中隊と遭遇しているが、この中隊で捕虜となった者は、

「リナイウェン湖の大堤防が動いているのかと思った」

 という。

 それほどの大集団だったということだ。

 また「堤防が動いている」という表現には、俊敏さより重々しさを感じるところがある。

 騎兵というものは駈歩かけあしや襲歩で移動しているわけではなく、そのような運動は戦闘の類をやるときだけであり、実際には常歩なみあしでゆっくりと行軍している時間ばかりだから、言い得て妙な証言であるのかもしれない。

 では、アンファウグリア旅団の持つ「機動性」とは一体何だったのか―――

 この点に関して言えば、旅団関係者が後年面白いことを述べていて、

「ほぼ同じだけの打撃力を持つ強力な支隊を、三つ作れたからだ」

 ここに秘訣があったのだという。

 アンファウグリア旅団の基幹になっている騎兵連隊は三個ある。これに猟兵連隊所属の三個大隊を分割してそれぞれに着け、工兵小隊一個、山砲隊二門、野山砲隊六門、グラックストン機関砲隊二門、弾薬及び補給縦列という具合にあてがう。

 支隊長は、各騎兵連隊の長である。

 この三つの支隊を、前衛、本隊、後衛という風に動かしてみたり、一支隊が小規模な敵と遭遇すればこれに対させ、残り二隊でする。また強力な敵と遭遇すれば二支隊以上で合同するか、あるいは他支隊から増援した。

 こうして、結果としてどれかの隊が継続して動いているから、集団としては常に前へと進んでいることになる。

 ディネルースの旅団本部はこのうち一つの支隊を直接率いる格好になっていて、猟兵連隊長や砲兵大隊長は、他の二支隊に次席指揮官として着いていき、難事に遭遇したとしても各支隊の指揮能力を維持できるようにした。

「あれは本当に優れたやり方だった」

 と、旅団関係者たちは証言している。

 では彼女たち自身が考え出した方法なのかと聞かれれば、きっぱりと否定した。

 アンファウグリアは編時点から、そんな支隊編が出来るように作られていたからやれたのだ、と。

 似たような真似は、オルクセンの野戦師団も出来た。

 彼らの場合、師団に属する歩兵科の旅団二つそれぞれを中心に据えて、師団隷下の砲兵や工兵をあてがい、師団を二つに分割するような運用をすることが多かった。「半師団」であるとか、旅団長の名前から「〇〇〇支隊」などと呼んだ。

 連隊単位でやる場合もあったが、おおむねベレリアンド戦争当時のオルクセン軍は旅団単位で考えた。

 一隊が敵と遭遇すれば、もう一隊が運動を継続して迂回や繞回をやる、というような戦法は彼らも同様にやれたが、アンファウグリア旅団のやり方と比べれば、やや柔軟さを欠いている。

 師団司令部が自らの手元に予備兵力を握っておこうとして、どちらかの支隊から一個連隊や一個大隊という具合で、兵力を引き抜くことが多かったからだ。

 すると、両者の戦闘力には偏りが出る。

 どちらか一方が「主力」、もう一方が「助攻」役を引き受け続けるといった、固定化した使用法にならざるを得ない。

 ずっと後年になって戦術上の考え方が発展発達したとき、オルクセンは師団の基幹を三つの歩兵科連隊に改編し、これに他兵科部隊の支援をつけるという格好で、それぞれを中心にした均等な支隊を作れるようにし、総体的な戦闘力を向上させたが―――

 つまり、アンファウグリア旅団の支隊運用法は、当時としては先駆的だった。ずっと後年の、戦術上のやり方に近い。

 一二日昼、エルフィンド軍騎兵斥候隊と遭遇したときには、前衛役のアンファウグリア騎兵第一連隊を中心とした支隊をかなり前進させて配しており、素早く攻撃している。

 敵斥候と遭遇するということは、その後方に対して警鐘を鳴らしめるということだ。

 ネニング平原会戦におけるアンファウグリア旅団の役目は、敵後方に浸透し、耳目を集め、圧迫を与えることだった。だからこの作戦中のアンファウグリア旅団は、あまり行動の隠匿性は気にしていない。

 ただし作戦緒戦のこのときは、バルン、エーレンの両市を襲撃する直前であり、出来ればその二つの街に僅かながらも存在した守備隊の警戒を買いたくなかった。

 三〇〇騎弱のエルフィンド騎兵は、アーウェン・カリナリエン中佐指揮する騎兵第一連隊に包囲され、近くの寒村へと追い込まれて、更には第一連隊後方から追従していた七五ミリ野山砲中隊六門の砲撃に遭った。

 カリナリエン支隊の動きは巧みであり、容赦もなく、まるで獲物を追い込む猟犬の群れのようであった。あるいは彼女たちの部隊名由来となった神話伝承上の怪物に従うなら、狼と呼ぶほうが相応しいかもしれない。

 斥候隊指揮官は部下たちとともに、とある農家に追い立てられ、籠城した。

 エルフィンドのこの地方の農家は、おおむね石造りだ。ネニング平原では冬季の厳しい季節風に耐えるため、どっしりと頑丈でもあるし、場合によっては囲壁もある。

 生半可な銃撃戦には、持久することが出来る―――と、思われた。

 ところがカリナリエン支隊は、七五ミリ野山砲でエルフィンド斥候隊を一方向に追い込むと、そうして作り上げた死角から、後続して追いついた猟兵大隊による焼き打ちを行った。

「積み上げたる藁殻炎上、たちまち寒村火焔の包むところとなり、また砲火のため藁屋根及び梁木材等延焼し、その家屋に対し約三〇分銃砲火集中す」

 エルフィンド兵が堪りかねて飛び出したところを、撃つ。

 斥候中隊は殆ど壊滅にちかい状態となり、中隊長まで斃れ、その混乱のなかで戦死一三、負傷四七、捕虜四一名という「鏖殺」になった。

「我らダークエルフは、一部の鳥類を狩るとき、樹上の巣穴を火でいぶして中にいる親鳥を追い出し、雛鳥を一網打尽にする。あれを参考にしたのだ」

 と、カリナリエン中佐はのちに語ったものだった。

 この場合の「雛鳥」たる捕虜は、丁寧に扱った。

 決して粗略には扱わなかった。

 貴重な情報源であり、彼女たちの衝撃の去らぬうちに尋問を重ね、リナイウェン湖畔周辺の最新敵状を探っている。

 この小さな戦闘の背後では、アンファウグリアの他の二つの支隊は前進を継続していた。

 そうしてディネルース率いるこの二つの支隊は、間隙を与えることなく一二日午後にバルンの街を襲っている。

 バルンの街は、俄な敵出現に仰天した。

 住民数約二万のバルンには、国民義勇兵から成る僅か一〇〇名ほどの守備隊しかいない。

 この街は、かつてはリナイウェン湖の河港として栄えたところだ。だが川砂の堆積によってやがて舟の出入りができなくなり、河港としての役割を新興のエーレンに譲っていた。

 ただし新たな時代の新たな交通手段、つまり鉄道の操車場が存在した。操車場の規模は慎ましいものではあったが、この路線がアシリアンド軍の補助的な兵站線になっている。

 アンファウグリア旅団はこれを襲ったのである。

 旅団の受けていた命令は、


「北翼端より敵後方に長駆し、

 一.成し得れば敵鉄道線の破壊

 二.成し得れば敵糧秣庫の焼却

 三.成し得れば敵野戦電信線の切断

 四.成し得れば敵鉄道線鉄橋の爆破

 上記を以て敵後方兵站線及び連絡線を擾乱せよ」


 というものであったから、この目的に合致している。

 占領を企図したものではなかったので、バルンの襲撃には砲火を用いた。

 バルンの街では、一〇〇名の守備隊と、僅かな臨時招集国民義勇兵とが懸命の防禦を図ったが、多勢に無勢である。

 鉄路に、転車台に、車庫に、給水塔に、炭庫に、次々と七五ミリ野山砲弾が命中した。

 機関車や貨車なども損傷を受け、なかには再起不能となったものまである。

 脚柱をへし折られ、倒れた給水塔の横で、穴だらけになった機関車が危急を知らせる汽笛を、終夜鳴らした。

 これほどの損害を与えながら、アンファウグリアは次の襲撃目標へと迅速に転進、これを更に西方のエーレンに定めた。

 エーレンには、エルフィンド軍の兵站司令部のひとつが築かれていた。

 ネニング平原会戦の始まる前、オルクセン総軍司令部がその存在を見落としていた、河川輸送の元締めということになる。

 中佐の階級を有する兵站司令官がいて、流石にバルンからの襲撃報を受け取っていた。彼女は総司令部へと急報を送るとともに、防禦陣地の構築や傷病者の隔離、市民の避退、国民義勇兵の編入を行ったが、それでも防備兵力は三百名余りでしかない。

「リナイウェン湖畔に、オルクセン騎兵だと・・・?」

 ディアネン市のネニング方面軍司令部が「敵浸透騎兵集団」の存在を知ったのは、このときである。

 しかもその数が見誤られていて、「約一万五〇〇〇」という膨大な兵力が報告され、ネニング方面軍司令官サエルウェン・クーランディア元帥と幕僚たちを驚かせるとともに、懊悩させた。

 ネニング方面軍司令部では、戦線の北翼と南翼で起こったオルクセン軍の攻勢転移に対し予備兵力を送っており、またこのとき、その情勢に新たな変化が更に起きていて、リナイウェン湖方面に増援を差し向けたくとも余裕がなかった。

 仮に差し向けることが出来たとしても、間に合うとは思えない―――

 一三日午前九時。

 アンファウグリア旅団は、まず鉄橋と同守備隊を襲った。

 エーレン市西郊外に流れる、リナイウェン湖水系ケルラウヴ川に鉄道橋が架かっている。約五〇名の守備兵がおり、哨所と兵舎を築いていた。

 襲撃を行ったのは、隊でもっとも攻撃的な性格だと評されていたエラノール・フィンドル中佐率いる、騎兵第三連隊を中心とした支隊である。

 本当は払暁に強襲を行うつもりだったのだが、この日の朝はリナイウェン湖及び同水系で霧が出て遅れ、エラノールを苛立たせた。

 彼女はたいへん整った顔立ちをしており、ダークエルフ族はおろかエルフ系種族のなかでも際立っていたほどだが、一方でその性格は豪腹にして、磊落、闘将肌である。なまじ顔立ちが整っていただけに、癇癪を起すと夜叉のように見えた。

 ようやく霧が晴れると、その苛ついた感情を丸ごと叩きつけるような、猛烈な襲撃をやった。

 哨所を猟兵大隊のうち一個中隊に襲わせ、対岸にあった兵舎には野山砲隊による砲撃を浴びせている。

 鉄道守備隊側では、バルン襲撃の報が伝わっていて警戒態勢を敷いていたし、フィンドル支隊の接近に気づいており、河岸の堤を利用して兵を展開させていたが、背後で吹き飛ぶ兵舎に動揺した。

 またエラノールは、残る猟兵大隊二個中隊と、騎兵第三連隊から下馬させた三個中隊を河岸に散開させ、

「各隊は厳に濫射を戒め、一〇〇メートルに接近するを待ち、俄然猛烈に射撃し撃退す」

 という小銃射撃戦で、守備隊を追い散らした。

 そうして工兵小隊を中心に鉄道橋爆破隊を編成して、爆薬を仕掛ける作業を急がせた。

 エーレン鉄橋は、幅約三メートル、長さ八〇メートル。途中橋脚一本。

 このときアンファウグリア旅団が用いたのは、「一五キログラム爆薬缶」と呼ばれていた爆薬器材である。文字通り、金属缶にそれだけの黒色火薬が詰まっている。これを工兵隊は三つ一括りにして、更に三列ひとまとめにして支間中央部と、橋の両端に設置した。

 一方―――

 このころ、ディネルース率いる本隊は、エーレン市を襲っていた。

 やはり占領など望んでもいなかったから、河港の糧秣倉庫群を主目標として、砲撃を用いた。

 糧秣倉庫は炎上し、あるいは屋根が崩れ落ち、また河港にまで叩き込まれた榴霰弾は、小さなものばかりであった川船に次々と破孔を開け、空船はもちろんのこと、積み込まれていた荷ごと水没した船もあった。

 断続的な砲撃を約一時間で切り上げると、夕刻までに全隊が渡河し、待ちかねていた工兵隊の手により緩燃導火索に点火した。

 盛大な爆発と轟音が起こり、爆煙が上がって、その様子は恐怖に震えていたエーレン市街からも観測できた。

 エーレン鉄橋は崩れ落ち、それそのものがエルフィンド軍に対する甚大な打撃となったが、ケルラウヴ川へと構造材が落下してこれを塞いでしまい、川舟による船舶輸送が不可能となったことが、何よりもエーレンの兵站司令官に衝撃を与えた。

 エルフィンド軍は、一日当たり一個半師団分以上の後方兵站機能を失ったことになる。

 この日のうちに、リナイウェン湖畔エーレンから少しばかり南にある交通の要衝キヴィネンという村へと到達したアンファウグリア旅団は、同地周辺の大規模農家を占拠し、翌日以降の行動に備えた。

 アンファウグリア旅団は、この長駆行に際し特徴的な措置をひとつ採っている。

 エルフィンド通貨の使用だ。

 オルクセン軍は、現地調達には代価を支払う。

 だが遠く敵地奥深くに浸透した場合、果たしてオルクセン通貨が通用するか疑問であった。

 本質的には代用通貨に過ぎない軍票など、まず受け入れられないであろう―――

 この懸念は、長距離挺身騎兵斥候を放った三月ごろにはもう持ち上がっていて、そこで旅団会計費の一部を、第四軍団司令部の許可と、オルクセン国有銀行及び郵便公社の協力とを得て、わざわざオルクセン通貨ラングからエルフィンド通貨ティアーラに両替して運んでいる。

 兵馬一組当たりの糧秣に一日二ラング必要になると仮定して、作戦計画一〇日間のうち六日分。一二ラング相当のエルフィンド通貨を用意した。

 オルクセン軍兵卒の月棒が、一〇ラングから一二ラングという時代である。

 支払いには金貨や銀貨だけでなく、少額貨幣の銅貨も要するだろうと準備していて、総じてみればたいへんな重量になった。これを紙幣用箱や貨幣袋に入れ、会計用の輜重馬車で運んだ。

 だが苦労の甲斐あって、舎営地では、この金貨や銀貨、銅貨が実に有効に働いた。なかでも金貨の効果は抜群であり、このころ、もはやエルフィンド国内ですらエルフィンド紙幣の信用度は下がっていたから、同額の決済でも兌換貨幣のほうが威力があった。

 このような舎営の大規模農場で―――

 ディネルースは、ある重大な決断をしている。

 同地で隊を二つに分けたのだ。

 まず、同行していた支隊の本来の指揮官、騎兵第二連隊長アルディス・ファロスリエン中佐を呼んだ。そして、ネニング平原西方端にあるシスリン川のヴィハネスコウ大鉄橋を襲撃し、破壊を試みるよう命じた。

「・・・シスリン川」

 アルディスは驚いた。

 もう、ネニング平原としては本当に西の果てで、首都ティリオンの属する行政区との境界付近にあたる。

 ティリオンと、現在エルフィンド軍が総司令部を置いているディアネン市を結ぶ鉄道主線の延長線上にあった。

 これを破壊出来れば、確かにネニング方面軍後方兵站に大打撃を与え得る。だが、当然ながら警戒も敷かれているだろう―――

「どうだ、やれるか? 隊は好きなだけ連れて行けばいい」

「・・・では。現支隊を丸ごと使わせて頂ければ幸いです」

「よろしい」

 ディネルースは机に広げた軍用地図を示し、旅団の本来の襲撃目的地の一つであるネニング平原西方中央カナヴァの街で、四月一七日まで合流を待つとした。

 後年、ヴィハネスコウ大鉄橋の襲撃という大胆な発想そのものを、ディネルースはこの舎営の農場で思いついたかのように、伝説化して語られた。

 ところが実際には、その可能性をこの騎兵作戦の検討段階から着想していて、とくにアルディスには事前研究を命じていた。

 であるから、アルディスの驚きは「いよいよ決行するのですか」という意味に近い。

 このアルディス・ファロスリエン中佐を長駆襲撃の指揮官に選んだ事をこそ、ディネルース・アンダリエルはその将才の一部として語られるべきであろう。

 アルディスは、たいへん寡黙な指揮官であった。

「極く口数の少ない性格で、ちょっと見ると騎兵将校としてはどうかと思われるほど寡黙」

 などという、同僚たちの記録が残っている。

 偉ぶった真似をすることも、ことさら勇壮な振舞いをすることも、好まなかった。

 派手好みや闘将肌の多い騎兵科の幹部将校には、珍しい性格であると言える。

 例えてみるなら、黙々と農家が日々の天候を見ながら作物を育てるような、そんな指揮をとった。

 またこの戦争では、ほぼディネルースが直率した支隊の指揮官で、殆ど目立って来なかった。

 ―――だから、ディネルースはこのとき彼女を選んだ。

 本来なら、万事やりにくい立場にあって黙して任務をこなし、必ずそれを完遂させてきた指揮官であると、高く評価していたのだ。

 アルディスという部下には「常に感服し」、彼女は「実戦に強い」と、周囲に語ったほど信頼を寄せていた。

 有能で、強弱緩急どんな指揮でもやれてアンファウグリアの主力であり続けた「万能選手」アーウェン・カリナリエンでもなく、「無茶をするほどの闘将」で激しい戦闘をやったエラノール・フィンドルでもなく、「寡黙な完遂者」アルディス・ファロスリエンを選んだのである。

「いいか、アルディス。頼む。頼むぞ」

「はい、旅団長」

 この夜、ディネルースはまだ手をつけていなかった火酒の封を開け、旅団参謀長イアヴァスリル・アイナリンド中佐なども交え、アルディスと杯を重ねた。



 ―――ネニング南翼戦線。

 オルクセン軍が反攻を開始し、丸一日が経過した四月一三日正午ごろ。

 両軍は会戦開始当初の位置まで復し、睨み合う格好になっていた。

 エルフィンド軍側は、攻勢限界点を迎えると自ら戦線を縮小し、イヴァメネル支隊のような精鋭に遅滞戦闘を取らせながら、攻勢部隊を引き上げていた。

 ネニング方面軍司令官サエルウェン・クーランディア元帥とその司令部幕僚たちは、浸透攻撃の失敗という戦況、更にはオルクセン軍が北翼でも攻勢に出た点を鑑み、下手に進出地域で俄な防禦体制へと転換させて持久させるよりも、自軍の冬営位置に築かれていた比較的堅固な防禦陣地に素早く部隊を収容して、敵軍に対して迎撃の体制を採るほうが良策だと判断したのだ。

 元々、クーランディア元帥は、オルクセン軍相手には塹壕及び堡塁といった堅固な防禦施設に籠り、迎撃に努めたほうが良いと思っていた。なにしろ彼女は、迎撃戦法により勝利を収めたあのロザリンド会戦の総指揮官である。

 のちの世に彼女の名をとって「クーランディア攻勢」と呼ばれた浸透戦術採用による攻勢作戦は、言ってみればダリエンド・マルリアン大将の手による策であり、また戦況の逼迫により自軍から攻勢に出ざるを得なかった経緯に依るものであって、ここにきてクーランディア元帥自身の戦術思想に回帰したともいえる。

 アルトカレ軍司令官コルトリア中将は同命令を受け、一一日夕刻には、

「全軍攻勢発起点まで後退。砲兵及び輜重部隊を先に撤退させ、資材搬送に全力を挙げよ」

 と、下令した。

 エルフィンド軍の判断は、比較的正しかったと言える。

 彼女たちが冬営を行っていた地域には、オルクセン軍が丘陵地帯を防禦上の支撐点としたように、防禦戦闘の支えとなる地域及び地形が幾つか存在した。

 ひとつは、交通の要衝イーダフェルト。

 ここにはエルフィンド軍なりに最善を尽くした、糧秣、弾薬、医薬品といった戦闘上必要になる物資が蓄積されていて、アルトカレ軍の拠点となっていた。

 またひとつには、ケルラウヴ川支流であるエルムト川。

 川幅約三百メートルから四百メートルあり、南北を若干蛇行するように流れていて、これを一種天然の障碍物とすることが可能だ。

 そして、地元地名「ヴィアキスタルの丘」と呼ばれた一個の丘陵である。

 イーダフェルトのやや北側、オルクセン軍から見ればエルムト川を挟んだ対岸に位置し、標高三三四メートルあり、オルクセン側は現地語の発音の難しさもあって「三三四高地」と呼んだ。

 周辺を管制できる緊要地形であるうえに、観測所を置くにも絶好の箇所であり、エルフィンド軍はここに「アルトカレ軍第一六号堡塁」と呼称する、角面堡と二重の掩体壕を構築していた。

 オルクセン第一軍に従軍していた、キャメロット紙「イラストレイテッド・ログレス・ニュース」特派員フレデリック・ヴィリヤーズは、この三三四高地を実見している―――

 この日午前、前線観戦を許可された彼は、他の従軍記者、観戦武官たちの幾人かと、第五軍団担当区に赴いた。

 第五軍団長キルヒバッハ大将は、彼らを慇懃に迎え、

「諸君。諸君は、遠旅遥々と我がオルクセン軍の活動を報道するために従軍してくれた。本職は諸君の勇気を称賛するものである」

 一人一人に握手をした。

「ただし、ここはいわゆる前線だ。くれぐれも危険は冒さぬよう、留意してほしい」

 大将の配慮であったが、ヴィリヤーズなど従軍記者たちは元より前線視察を希望してやって来ている。無垢で、新鮮な報道を本国に送りたい。

 ヴィリヤーズの眼には、キルヒバッハ大将の顔貌はいささか青白く、悄然としているように見えた。

 オーク族はみな健康的な薄桃色の肌をしているが、そのようななかにあって血色が良くないように観察できたのだ。

 ―――無理もないだろう。

 と、やや憐憫の情を覚えた。

 第五軍団はクーランディア攻勢でもっとも大きな損害を受けたことを、事情通のヴィリヤーズは知っている。

 ようやくこれを押し返したところであり、これからは敵の防禦陣に攻め込もうという戦局だ。ここで戦果を挙げておかなければ、将軍にとって名誉回復の機会は遠のくであろう。緊張や焦燥を覚えて当然だ・・・

 ヴィリヤーズのそのような推察が実際に合っていたかどうかはともかく、キルヒバッハ大将はすぐに会見の場を辞し、代わりに軍団司令部参謀の一名が案内役として着いてくれた。

「それでは皆さん、最も戦場を眺望できる場所にご案内しましょう」

 ひどい低地オルク語訛りがあったがそれでもキャメロット語を駆使して、参謀は彼らを馬車に乗せ、そうして連れていかれた先がユーダリルであった。

 会戦当初オルクセン軍が守備についており、第五師団が浸透戦術を浴びた結果エルフィンド軍の手に落ち、反攻に依って再びこれを奪還した、あの丘である。

「皆さん、いまからこの丘を登ります」

 と指し示され、ヴィリヤーズはげんなりとした。

 標高は二三六メートルあった。

 実は従軍記者ヴィリヤーズは肥満体で、あまり運動は得意ではない。

 既に丘陵地ゆえに大いに揺れた輜重馬車に苦しんだあとで、更にこれを登るのかと暗然とした。

「へい、大将。登らないのかい?」

「うるせー」

 仲間内に囃し立てられ、諦めて登攀を始めた。

 巨躯のうえに肥満体であった彼は、従軍に着いた冬営対峙戦のころ、あっと言う間に「大将」という綽名を仲間内から捧げられた。「オーク族の大将」の意である。

 ボーマルシェ紙特派員リスナール、ハーバー・ニュース通信社特派員スミス、メトロポリス・トリヴューン紙特派員モーガン、アーカム・クロニクル紙特派員バリー。彼ら仲間内の従軍記者に次々と先を越され、引き離され、ヴィリヤーズは肩で息をし、喘ぎつつ、どうにか着いていった。

 戦場清掃は既に行われていたものの、ユーダリルでは両軍が銃砲火を交えたから、そこかしこに心なしか血腥さがあった。崩壊した壕や、掩体などもある。

「・・・・・・」

 登りきると、息を飲むほど素晴らしい眺望が広がっていた。

 戦場は、手にとるようである。

 なだらかな起伏があり、ところどころに森や、防風林や、湖沼の点在する平原。

 きらきらと春の陽光を浴びて煌めく、エルムト川。

 大河というほどではく流れも緩やかだが、それでも川幅はそれなりにある。

 そのエルムト川沿い両岸に、複雑な形状を描いて構築されたエルフィンド軍とオルクセン軍の陣地。

 南西の方角に、こんもりと高い、樹のない丘が見えた。ユーダリルより少しばかり標高があるように思える。

 ヴィリヤーズは、オルクセンにやってきてから入手した双眼鏡を取り出し、眺めた。

 呻く。

 中腹に雷状のかたちをした塹壕が二重に取り巻き、頂上近くには角面堡がある。

 つまり、かなり巧妙に思えるエルフィンド軍の陣地が存在した。

「あれが三三四高地か」

 同時にユーダリルへと登ってきたキャメロットの観戦武官が小さく呟いた。

「これを渡るのは至難の技だな」

「頗る困難だよ・・・」

「無謀としか思えん」

 アスカニア、オスタリッチ、センチュリースター合衆国の武官たちが声を低くして続いた。

 オルクセン軍がこの眼下のエルムト川を渡河するのは、相当に難しいという指摘である。

 エルフィンド軍は撤退に際し、エルムト川に架かる橋梁の幾つかを爆破してしまった。他国でいえば近衛にあたる精鋭騎兵集団がそれを成したと、ヴィリヤーズも耳にしている。

 すると、オルクセン軍はこの川に架橋をしなければならない。

 敵陣地の眼前で。

 しかもあの緊要地たる三三四高地の、監視のもとで。

 何者も見過ごされまい。

「ねぇ、少佐―――」

 ヴィリヤーズは、傍らに立っていた案内役のオルクセン軍参謀を呼んだ。 

「あれは勝敗を決する丘だ。これは中々の難敵じゃありませんか?」

「ええ。否定はしません」

 参謀少佐は頷いた。

「そこで我が軍は―――」

 彼はちらりと考え込む仕草をしたあと、とっておきの秘密ですよとでも言うように背後にあたる東北東の方角を示した。

「砲兵陣地を構築し、火砲を集中してあの高地と敵防禦線を砲撃し、また大量に用意した架橋器材で一挙に複数個所から押し渡る作戦です」

「おい―――」

 センチュリースターの記者が、彼の国の人間らしい大袈裟な仕草で指さした。

「みんな見ろよ。なんてことだ、もう砲兵が進出している」

 ヴィリヤーズも再び双眼鏡を構えた。

 本当だった。

 オルクセン軍の砲兵だ。

 大きな重砲と、比較的小さな臼砲を曳き、展開を始めていた。

「野戦重砲第一四旅団です。一五センチ榴弾砲を二四門と、鋼製九センチ臼砲を一二門持っています」

 ヴィリヤーズは二重の意味で驚いた。

 センチュリースターの記者が言うように、もうこんなところまで重砲隊が進出している事実と、オルクセン軍の被服の効果に瞠目したのだ。

 オルクセン軍が、かつてあれほど愛した漆黒の戎装を捨て、採用し、第一軍では全軍に行渡った青灰色の軍服。これが星欧の大地には、まるで溶け込むようであった。

 母国キャメロットの軍隊が、海外植民地で採用しているカーキ色の軍服もそのような迷彩効果は高かったが、オルクセン軍もなかなかのものだ。動いていなければ、わかりにくい。

「ああ、あちらには歩兵隊がいる」

 仲間たちの声に導かれるように、丘陵地帯の小さな窪地を覗いた。

 味方砲兵に援護されて「一気に押し渡る」ことになる歩兵たちなのだろう。大地に横臥し、昼寝をしている。

 彼らはまるで動いていなかったから、さっぱりと今まで気づかなかった。

 たいへんな数だ。

「それで、少佐。攻撃はいつです?」

 ヴィリヤーズは興奮気味に尋ねた。

「明日です。明日の早朝にまずは砲戦をやります。何もかも不自由でしょうが、麓の村に一晩お泊り頂ければ、この特等席から御覧いただけますよ」

 ヴィリヤーズは、またこの丘を上り下りしなければならなくなる事実など、まるで念頭になく、強く頷いた。

 ただ、少しばかり。

 少佐の顔貌に、攻撃計画への潜み隠れた焦りと恐れの色があり、それが気にかかった。

 彼もまた強がってはいるが、眼前のエルフィンド陣地と天然の障碍が強固かつ堅牢なものである事実を、認めているようであった―――



 実際のところ、オルクセン軍はエルフィンド軍エルムト川沿いの防備をかなり脅威に感じていた。

 この会戦が始まる前、総軍司令部が攻勢作戦計画を立案したとき、第四軍団を中心とした北翼での繞回進撃を企てたのは、そちらには自然障碍たる河川が存在しなかったことも理由のひとつになっていた。

 クーランディア攻勢が頓挫し、反攻に転じたのちの情勢下でも、その辺りの事情は基本的には同じである。

 あれほど猛烈にアルトカレ軍を押し返した第一軍団の攻勢転移もまた、堅固なイーダフェルトの防備と、その一部で第一八師団の正面に位置した三三四高地のために、一三日朝には攻勢は停滞した。 

 砲陣地の再構築と、砲弾の追送を待ち、第五軍団とも協同した作戦を立て、翌一四日の攻撃を目指した。

 ところが―――

 と最初に感得し始めたのは、戦線最南端に位置していた第一七山岳猟兵師団であった。

「閣下?」

「わからんか? こいつは妙だ・・・」

 師団長ヴァイス中将は、時が経つにつれ正面の敵―――イーダフェルト方面の「匂い」に不可解さを感じていた。

 あれほど堅固に思えた敵陣地が、慌ただしい。

 動揺しているような。

 具体的にいえば、敵陣地にあってアルトカレ軍に俄な配置転換が起こっているらしいのだ。

 ヴァイス中将は、「ロザリンド会戦世代」でもなければ、ぎりぎりのところで「デュートネ戦争世代」でもない。

 師団長としてはかなり若く、彼の「匂い」を感じ取れる能力は天性のものであった。

 勘、などと呼ばれるものに近いのかもしれない。

 まったく、彼のような牡に備わった感覚を表現することは難しい。

 例えてみるなら、完全な闇夜の海辺にあって、潮の満ち引きを感じるようなものだと言う者もいる。

 その表現に従えば、ヴァイス中将がこのとき感じていたものは、敵が攻勢に出るという満潮でもなければ、撤退を図っているというような引き潮でもなく、激しく波が騒めいている如き気配であった。

 夜半に入ると、今度はイーダフェルト方面で魔術通信妨害が発生した。

 ―――すわ、またぞろ敵の攻勢か。

 エルフィンド軍が翌朝のオルクセン軍の攻撃準備に気づき、何らかの対抗に出ようとしているのだという解釈は、十分にあり得た。

 前線各師団は騒然としたが、魔術通信妨害は断続的に続き、強弱、方角といった具合がまた妙であった。

「こいつは、いったい・・・?」

 ヴァイス中将は首を傾げつつ、ともかくも隷下各隊に警戒を強めるよう下令した。



 この一三日午後には、オルクセン軍総軍司令部でもちょっとした「動揺」があった。

 果たしてこのまま、このネニング平原の会戦を現方針のまま継続してもいいのか、という論争である。

 それは総参謀長カール・ヘルムート・ゼーベック上級大将から、作戦部長エーリッヒ・グレーベン少将への質問というかたちで始まった。

「総参謀長も、そう思われますか」

 グレーベンは、我が意を得たりという風に頷いた。

 このネニング平原会戦は、敵の攻勢で始まった。

 そこをオルクセン軍が殴り返し、押し返して、面目を施したところである。

 軍としてはこのまま北翼の攻勢を強め、南翼も押し進め、両翼包囲に持っていきたい。

 だが―――

 これは理想である。

 既に会戦が始まって五日だ。

 クーランディア攻勢で受けた傷も決して浅くないというのが、正直なところだ。

 このまま現作戦を続行すれば、北翼の攻勢は上手く行くだろう。

 しかし、南翼はどうか。

 各軍団各師団ともに、大小の差はあるものの損害を受け、疲労し、銃砲弾薬も消耗している。

 果たして、軍を前進させても敵を包み込めるだろうか。

 それならいっそ有利に立った現時点でこの会戦を終結させ、本国からの増援で回復を図ったのち、後日、再度の決戦を挑んではどうか―――

 この疑問には、グレーベン少将も頭を悩ませていた。

 彼は、天才的であって、頭の回転が速かった。

 古今東西、陸上戦闘には明確とした結果がつかぬまま、両者痛み分けというような終局を迎えたものも多い。

 このままいけば、この会戦はそのような、ぐだぐだの結末を迎えるかもしれないと思えてきていたのである。

 しかしながら―――

 では、この会戦を現時点で終結させた場合、敵はどう出るだろう。

 ネニング方面軍は、この会戦での消耗もあって、オルクセン軍に対し寡兵に陥る。彼女たちにとって現在位置での対峙戦を継続すれば、不利でしかない。

 おそらくだが、首都ティリオン方面へと撤退を図るのではないか。

 これもまた、グレーベンなどから見れば面白くない。

 エルフィンド首都ティリオンは、ベレリアンド半島随一の大きさを持つシスリン湖の畔にあり、また三方を山脈に囲まれた山間盆地である。大軍が運動戦をやれる余地がまるでなかった。

 俗に言う「守るに堅く攻めるに難しい」という地形をしていて、オルクセン側としては再度の「決戦」の地として選ぶには、ふさわしくない。

 この懸念があったからこそ、グレーベン率いる作戦部は、ネニング平原会戦が始まる前に立てた攻勢作戦計画に、アンファウグリア旅団による後方進出を組み込んだ。

 兵站線とは、これ即ち行軍路である。

 敵の退路を、物理的に遮断する効果も狙ったのだ。

「では、続行か・・・?」

「なんとか両翼包囲戦に持ち込めないかと思っておりますが・・・」

「ともかく一度、陛下の御裁可を仰ごう」

「はい」

 両者の謁見をしたグスタフ・ファルケンハインは、説明にじっと耳を傾け、聞き終えると、しばし沈思し、

「・・・続けるしかあるまい」

 決断した。

 その理由を、彼は簡潔に述べた。

「我が軍も苦しい。だが敵も同様だろう。私は軍事には素人だが、その苦しさに対して先に音を上げたほうが、これ即ち敗者になるのだと思っている。苦労をかける兵たちには誠に・・・誠に申し訳が無いが―――」

 グスタフは目頭を揉んだ。

「これは、決戦だ」

 後年になって、「グスタフ王の不退転」と称されることになる決断を、彼は下した。

 ネニング平原会戦における、この瞬間のためにこそ総軍司令官としての彼は存在したのだとまで記した歴史学者もいる。

 ―――「決戦」。

 しばしば、世に多用される言葉である。

 だがグスタフ王の声の響きは重々しく、この言葉が本来なら軽々に用いられるものではないことを示していた。

 彼は、「この戦争の帰趨を決定付けるもの」として使った。

 ネニング平原会戦はそこまでの意味を持っている、と。

 エーリッヒ・グレーベンなどは、改めて王の統率者としての姿勢に対し感銘を受け、この席を辞したものだったが―――

 同日夕刻。

 総軍司令部の置かれたネブラスに同じく駐屯する大鷲軍団第二空中団司令部から、転がり込むように同軍団司令部付オーク族将校が駆け込んできて、衝撃的な情報が齎された。

「・・・・・・」

 グレーベンはその報が記された、第三軍司令部から飛来した大鷲による空中伝令通信文を読み、茫然とした。

 何度も何度も読んだ。

 いったい、こんなことがあり得るのかと、信じられなかった。

 だが、これが現実に起こっている事態なのだと認識すると、立ち上がり、叫んだ。

「ああ。ああ! なんてことだ、なんてことだ! 総参謀長に・・・いや、陛下に! もう一度謁見だ!」



 ―――翌一四日、早朝。

 まだ陽も昇りきらぬころ、篝火を焚かれた第二空中団大鷲発着場から合計四羽の大鷲編隊が飛び立った。

 彼らはそのまま真西に進路を取り、オルクセン軍最前線を飛び越え、更には敵アルトカレ軍の根拠地であるイーダフェルト郊外上空すら越え、西に向かった。

 この朝。

 ネニング平原はそのほぼ全てが包み込まれるほどの、たいへんな濃霧であり、彼らは高度を取っている。

 まるで、真っ白な海が眼下に広がっているかのようであった。

 イーダフェルト周辺に差し掛かると、エルフィンド軍の魔術通信妨害を感得した。

 彼らが探し求める何かと、関係があるのは最早明白であった。

 二羽と二羽のロッテを組み合わせ、ゆるい鏃状を描くように、彼らのシュタッフェルは間隔を広げ、高度を落とし始めた。

「ローター・フルス〇一。各、各。どうだ?」

「〇二、感度なし」

 〇三が率いるロッテからの応答がなく、ローター・フルス〇一―――アントン・ドーラ中尉は魔術上の集中度を高めた。

 まだ、ちりちりとした偏頭痛のように、エルフィンド軍による魔術通信妨害の影響が入る。

 ドーラの背、首の付け根あたりでは鞍に座ったフロリアン・タウベルト兵長が、軍用地図と、コンパスと、時計とを使って懸命に位置を確認していた。

「そろそろのはずなんだけれど・・・」

 やや自信なげに彼が呟いたとき、

「・・・ローター・フルス〇三より、〇一。見つけた」

 待望の報せが入った。

 イーダフェルトより西南西、約六・五キロの地点だった。

「間違いないのか? 〇三」

「ああ、間違いないよ。こりゃ一〇〇〇や二〇〇〇どころじゃないな。少なくとも一個師ってところか。とんでもない数だ、〇一」

「エルフィンド軍じゃあるまいな? 〇三。しっかり確かめろ、交信できたのか?」

「まだだ、〇一」

 ドーラは焦れた。

「じゃあ、なんでエルフィンド軍じゃないとわかるんだ、〇三?」

 彼の頭蓋に、ローター・フルス〇三の笑い声が響いた。

「ふふふふ。ふははははは!」

「〇三、報告はしっかり上げんか!」

オルクセンの栄光オルクセン・グロリアだよ、オルクセンの栄光オルクセン・グロリア! なんてこった、盛大に演奏しながら行軍してやがる・・・間違いなく第三軍だよ、第三軍! ああ、ああ・・・こいつらいったいどんな魔法を使ったのやら! 本当に駆け付けやがった!」


 

(続)

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