第34話

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 新御堂筋を走る4WD車に僕と松本と硬直して動かない比嘉鉄夫の姿があった。その奥のラゲッジには僕のクロスバイクが置かれている。

 車外へと窓から視線を送れば流れゆく大阪のビル群が見えた。梅田を過ぎたのか観覧車が見えた。

「成程ねぇ…『石の上にも三年』ですかぁ~」

 語尾を伸ばす独特の口調で松本が後部座席をちらりと見る。

 そこには硬直したままの比嘉鉄夫が横に転がっている。

「そんな神の言葉(ルーン)を良く選びましたね。それもどんな効果になるのかも知らずに」

 ひっひっひっと好々爺のような笑い声を上げる。

 僕は言う。

「だってさ。必死だったんだぜ。こっちはこんな…」

 そこまで言って『バケモノ』という言葉を呑みこんだ。

「…魔人みたいなやつ相手に戦ったんだから」

「惑星落下(メティオ・ストライク)ねぇ。古代では天気を占うのに惑星の動きは大事だった。その中に流れ星というのがありますが、ひょっとしたらそれらは人間が『魔香石(ラビリンストーン)』の力を得て引き落としたものかもしれませんねぇ」

 言って僕は松本がジャケットの胸ポケットから取り出した指輪を見た。黄金色に輝く指輪が暮れ始めてネオン色に染まる大阪の街を吸い込んでいるように見えた。それはまるで誰かの意思を吸い込もうとしているのかもしれない。


「まぁ。こいつは危険品ですからね」

 松本がポケットに仕舞う。仕舞う時僅かに香気が漏れて鼻を嗅いだ。

「やれやれ、こいつの香気はいけませんぇ。こだま君、鼻を擦ってださなきゃ」

「え?すこしでもヤバいの?」

 松本が笑う。

「いえいえ、冗談ですよ。もうこいつはそんな魔力は無いですよ。僕らがこいつについて知っていることは、精々、この石が人間に寄生して憑りついてしまうと、もう誰にもその魔力は効かない。つまり対象の個人だけのようですから、後は唯の匂い石です」

 車が新御堂筋の出口に向かう。天満へと抜ける道の様だった。

「それで」

 と松本が言う。

「彼は『彼女』と?」

 僕は頷く。

「…です」

「それでこだま君はそれが『三上麗奈』という訳ですね」 

 僕は正しいとも間違いとも言えぬ灰色の気分で首を縦に振る。それは唯、力強くはない。

「成程ねぇ…」

 松本の言葉が終わらぬうちに車が寄って停車した。

「じゃ、こだま君。ここで」

 え、という表情をしているだろう僕に松本が言う。

「ええ、此処で今日はお別れしましょう。それから彼…」

 言って後部座席をちらりと見る。

「彼は魔術組合(ギルド)が運営している病院を連れていきます」

「えっ病院?」


 魔術組合(ギルド)って病院経営してるの??


 驚く僕へ松本が言う。

「そうですよ。だって組合ですからね。病院ぐらいありますよ。まぁ表向きは精神科専用の病院ですがね」 

 いってから松本がドアを開けて外に出た。出ると後部ドアを開けて、僕のクロスバイクを下ろす。僕もドアを開けて車外へ出た。クロスバイクを松本から手渡されて、ハンドルを僕は握った。宵闇が訪れ始めた大阪の街で松本が言う。

「こだま君、とりあえずこれで君の『呪い(ギアス)』は緩くなり、不幸な時間は幸福の時間にかわることでしょう。まぁ、おめでとうですかね?」

 松本が僕の背を叩く。

 

 忘れていた。

 そんな事。

 それが僕の正直な感想だった。


「では、今日はこれで。気を付けて帰って下さいね」

 言うと松本は4WDに乗り込み、アクセルを吹かせてこの場を去った。僕は唯一人大阪の街中に立ち尽くす。

 宵闇がまるで自分の気持ちを覆かぶせて来るような気分にさせる。

 僕は何かを言いたくもあったが、何も言えないでいる。ただクロスバイクを握りしめて、今日一日を振り返る自分は本当の自分だろうか。

 明日は日曜日、僕の休日は確実に一つ失われた。

 だがこの日の体験は僕にとって幸なのか不幸なのか、その答えは出せないまま帰路につくしかない。

 そう思った時、LINEが鳴った。見れば職場の同僚からだった。


 #こだま、月曜休みになったぜ。なんでも例の中津駅付近の送電用電線が切れた事件で、メインサーバーが駄目になったらしい。今役員から連絡が在って全員休みにするってよ。会社は役職連中だけが出てきて対応だってさ。

 じゃあ伝えたからな。上には俺から言っておく。

 頼むよ。月曜会社に出てくんなよ!!


 僕はふと宵闇に包まれた空を見上げた。見上げて首を回す。何故なら無性に月が見たくなったからだ。

 そして月を見て、僕は思いたくなった。


 あ、

 ラッキーと。

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