第33話
(33)
比嘉鉄夫は自分の躰の筋肉が突然硬直したのが分かったかもしれない。そう、自分の驚く顔をすら頬の筋肉一つ動かせないことに。
彼は僕の造り出した円の世界に踏み込んだのだ。その縁の中には僕の魔術によって『魔力』が発動した石が無数に散らばっている。
そしてその一つでも彼が触れてしまえば、瞬時に身体の筋肉は硬直し、動けなくなるだろう。
神の言葉(ルーン)が彼の中で何を起こすのか分からない。神経を麻痺させるのか、それとも言葉通り彼をある物事に対して、動くことすら許されぬ世界へ導くのか。
僕は魔術師。
ただ神の言葉をこの世界に発動させるだけの存在。
それが僕の仕事なのだ。
現実世界と並行する非現実世界を生きる存在としての。
魑魅魍魎のうごめく足音がやがて聞こえなくなった。彼等は主人である僕の縊死に沿う様に暗闇の中に消え去ってゆく。
――感謝スル。
闇の住人達。
僕は黙礼すると動かなくなった比嘉鉄夫に触れた。
身体は温かい。
そうとも、生命を奪うつもりなどは無いのだ。
僕はあくまで捕縛するだけが最初からの目的なのだ。
その時、突如、車のクラクションがけたたましく鳴った。
そしてライトが僕を照らす。強い明かりに僕と硬直した比嘉鉄夫が映し出された。それを見たのか、車から人が降りてくる。
恐らくこの異常ともいえる状況に驚いているに違いない。
僕は眩しいライトに向かって手をかざした。
背丈の低い男の影が近づいてくる。僕はこの状況をどう取り繕うべきか、頭脳を切り替えなければならなかった。
だが、それは不思議というべき声を聞いた時に、霧散した。
「いや、お見事です。こだま君」
ライトの強い光源で見えなかった男の姿が、その声で僕の網膜にありありと浮かび上がった。
短く切りそろえられた髪と鋭そうな眼差し。それでいてどこか人に嫌味を与えないような猿顔がジャケットから覗いている。
そう、僕目の前に立った人物こそ。
「松本…さん…?」
僕は少し驚きの声を上げたが、だが先程までの戦闘で張りつめた感情が一気に緩むのが分かった。
つまり、もうここは戦場ではなくなったのだ。
松本の登場は場面を切り替える演劇の緞帳のような役割だった。そして彼はのんびりと言った。
「さっきLINE貰った時、丁度新幹線の米原だったんですよ。そしてまさにジャストでここに着きましたね。やっぱりこの『魔術師の目(マジシャンズアイ)』は優秀ですね。こだま君の位置を正確に割り出せて、僕をここに連れてこさせたのですから」
その時、松本の手元から見えたスマホのアプリ『魔術師の目(マジシャンズアイ)』が起動して、僅かに僕を見て目が動き、ウィンクしたように見えた。
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