第29話

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「これは!?」

「つまりマプリカよ」

 比嘉が嗤う。

「良いか、聞きな。もうこの中津界隈一帯には俺が造りこんだマプリカが何体もいるんだ。お目を見張らせるために。まぁ何人かはマジな人間も居るが、まぁそれは見分けがつかねぇ。それ程精緻なマプリカだからよ。ちなみにそこの道先は中津とは切れた地域にでれるが、だがオメェが走り出したところで、こちらに引き返される」


 僕は不意に走り出す。不意の方が逃げやすい。あいつが言ったことは僕も気づいていた。だから今駆けだした。角を曲がり、光の中へ走り出した。

 だが、何か強力な磁場が働いたのかゴムに押し出されるかのように僕は弾き戻された。

 転がる僕は振り返る。

 

 ヤバイ!!

 これだけは分かる。

 今は絶対的死地に居るってことが。


「はっは、だから言ったろう。そこから先はもうお前はいけねぇ。このジオラマの中には外からは入れるが、中に入りこんだら戻れねぇように力が籠められてる。まぁそれは『彼女』がしてくれたんだかがな。謂わばここは俺と『彼女』の作り出した空間、いや、交わり(セックス)そのものだと言えないか?魔術師よ」

 比嘉鉄夫の声の響きが頬の肉を震わすと同じように、僕の頬にライトが映る。どうやらまた一台こちらに車がやって来た。

 僕はそのライトを見て言う。

「比嘉さん、待て!!」

「何だ?」

「車が来る」

「だから何だ?」

 相手は股間に手を触れている。今全ての力をそこに集中させようとして無数の砕け散った岩石の上を避けようともせず、サンダルで踏みつぶす様に歩いてくる。

「あんた言ったろ?」

「は?」

「つまり全てがレプリカじゃない。マジな人間もいるって」

「つまり?」

 僕は迫りくる何事も知らない車の方を見て指差す。

「つまりあれが本物の人間だったらどうすんだ!!」

 股間を弄る比嘉鉄夫の手が止まった。


 だろ?


 僕は続ける。

「あんた、本物の殺人者になるつもりか?」

 僕は魔人の中にある人間の部分に問いかけた。そう人間としての感情に。

「いいか聞けよ。あの車の中の人にも人生がある。もしかしたらあんたみたいに不幸は無かったもしれないが、精いっぱい努力して幸せに生きて来た人かもしれない。もしもだ、それに対して今あんたが何かを死でかそうなら、それはあんたが少女から受けた仕打ちを何ら変わらないじゃないか?え?そうだろう違うか?」

 車のライトが僕の頬を照らすのが強くなる。それが比嘉鉄夫にも見える筈だ。

「なぁ、比嘉さん。僕もあなたも貴重な時間を過ごした…そう人間なんです、人間なんですよ‼違いますか?それならば、今それをすべきじゃない!!惑星落下(メティオ・ストライク)を発動すべきじゃない」

 僕は今取引をしている、魔人と。

 どんな取引か。

 それはこの絶対的死地から逃げる為の時間を得る為。

 だが、どのようにして逃げるべきか。

 僕の頭脳が回転する。

 見渡せばあるものは暗闇と岩が砕けた石だらけ。その中で魔人から一瞬の隙を得るためには何が必要か。

 それは意外性しかない。

 意外性とは何か?


 考えろ、考えろ。

 鳴り響くエマージェンシーコール。

 奴は僕が逃げると思っている。

 それに対する意外性とは何か?

 それは…

 そう、


 僕ははっと気づく。

 気づくと頬を照らすライトが明るい。もう車がやって来る。

 もし、僕が魔人ならこういうだろう。


 ――関係ねぇじゃん。だから何?


 魔人の声がする。

「だから何だっつーのよ」

 魔人が石の上をサンダルで歩いてくる。もはや石ころの事なぞ眼中にない。ただ完全な勝利者として風格を備えて来る。


 そうとも。

 僕はここにあるものを利用して奴の考える意外性を成さねばならない。それこそこの絶対的死地から逃走でもあり、


 ――勝利でもあるのだ!!


 僕は奥歯を噛みしめた。

 その奥歯の向こうで緑の光体が弾けるのを比嘉鉄夫の理性が捉えたかは、僕には分からなかった。

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