第8話 アルカナを持つ者

 首にロープを食い込ませた男は充血した目で僕たちをにらんでいる。

「葉子は僕のコレクションだ。返してもらおうか」

 ふひゅうふひゅうとあの呼吸音混じりに犯人Aは言った。


 夢食みジャックはちらりと僕たちを見た。

「どうだい、あんなざれ言を言っているがそうなのかい」

 と訊いた。


「そんなことあるものか。僕たちの命は僕たちのものだ」

 僕は答えた。

 白猫のヨウコも牙をむき出しにして、怒りもあらわだ。

 そうだ。

 一度、葉子はあの男に命という何物にも代えがたいものを奪われている。

 今度、また、ヨウコの命まで奪われてなるものか。

 僕の怒りに震える肩を夢食みジャックは優しく撫でた。

「ああ。ああ、わかったよ。アタシにまかせな」

 夢食みジャックは酒焼けした声で言った。


 なんて頼りがいのある言葉だろうか。

 僕は思った。


 そんな僕たちを分厚い刃を持つナイフの刃を舐めながら、その男は高笑いした。

 甲高い笑い声が公園内に響く。

「わかってないな、おまえたち」

 完全に見下した声で犯人Aは言った。

「この集合意識の世界では精神の力が全てだ。選ばれた僕は貴様らなど思いも知らない力を持っているのだ。夢魔となった者の上位種だけが持つ力があるのだ。貴様らはその力の前に僕のコレクションになるのだ」

 犯人Aは締め付けられた喉からふひゅうふひゅうと呼吸音を鳴らしながら、わけのわからないことを言った。


 犯人Aがその言葉を言った後、彼の目の前が眩しほど光った。

 その光の中からあるカードが浮かびあがった。

 そのカードにはロープで首を吊られた男がデザインされていた。

 その絵はどことなく犯人Aに似ていた。

「これが選ばれた者だけが持つことを許されたこの集合意識の世界の力を濃縮させたものだ。吊られた男ハングドマンのアルカナだ」

 なおも犯人Aは高笑いを浮かべる。


 そのカードにどんな意味があるか分からなかったが、その禍々しさからとんでもないものに思えた。

 僕は生物が持つ本能的な部分で恐怖を感じた。


 夢食みジャックはそのカードを見て、どこかあきれた顔をした。

「なんだい、そんなものがおまえの自信の源なのかい」

 あきれた顔で夢食みジャックは言った。


 彼女はマントの内側からなにかを取り出した。

 それはあの犯人Aが出したものと酷似していた。

「それならアタシも持っているよ」

 夢食みジャックは三枚のカードを空中に放り投げた。

 カードは横並びに浮遊する。

「アタシも持っているのさ。女教皇ハイプリーステス死神デスムーンのアルカナをね」

 にやりと笑いながら、夢食みジャックは言った。



 三枚ものアルカナと呼ばれるカードを見て、犯人Aは驚愕し、恐怖し、最後に怒った。

「くそ、そんな訳あるものか。僕こそが選ばれた人間なんだ」

 そう言い、首のロープをふりほどいた。素早くロープの先端にナイフを繋げるとすさまじい力でふりまわした。

「僕こそが、僕こそが選ばれた人間なんだ。おまえは僕の世界から出ていけ」

 振り回したナイフが夢食みジャックの顔めがけて襲いかかる。

 文字通り必殺の攻撃だ。

「まだわかってないようだね。おまえはおまえが思うほど特別ではないんだよ。おまえはたいしたことのない存在なのさ。それを教えてやるよ。さあ、夢刈り。悪い夢を刈り取るよ」

 夢食みジャックは深い胸の谷間からスキットルを取り出した。

 中身をぐびりと口にふくむ。

 口にふくんだ物を一息に右手の白蕪のランタンに吹きかけた。

 赤い炎が一瞬にして目の前に広がった。

 紅蓮の炎の中から巨大で凶悪な鉄鎌が出現した。


 夢食みジャックはそれを手にとるとぐるりと回転させた。

 ロープにつながれたナイフはその大鎌に弾き飛ばされる。


 炎に燃える大鎌を持つ夢食みジャックのその姿はまさに死神そのものであった。

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